第141話 キャリア
仕事部屋での手伝いが終わり、これから霊力精錬の指導を始めようと差し向かいに座ったところで、こんなことを言いだした。
「
親父から告げられた言葉に、俺は驚いた。
改まって話を始めたから何かと思えば、予想外の告知である。
え、本当にいいの?
「お母さんが反対しそうだけど」
「反対していたが、納得してもらった。将来の安全の為、私の目が届くうちに経験を積んでもらう、と」
いつかは俺も独り立ちする。
なんなら今からでも独り立ちできる。
近い将来、俺が一人で妖怪退治を始める前に、たくさん経験させて生存率を上げる。
とても親父らしい説得の仕方だが、お母様はそれで納得したのか?
「人前で精錬霊素を使っていいってこと?」
「構わない」
真守君の時は功績を隠していたというのに、最近になってそれがなくなってきた。
俺が大きくなったからか、力を認められたからか、理由は分からないが、方針転換するきっかけがあったのだろう。
「私が精錬の修行を始めて6年経つが、未だに習得できない。見て盗める技術ではないのだ。隠すまでもない」
親父は苦虫を噛んだような顔でそう言う。
未だに第壱精錬すらできないのだから、然もありなん。
才能がないのか、若さが足りないのか、原因は不明だ。
しかし、親父の6年間も無駄ではなかった。
つい最近、ようやく自力で霊力を動かす感覚を身につけたのだ。
『月光浴と共に修行すると、ほんの僅かにやり易くなる』
とのこと。
俺も試してみたが、違いがわからなかった。
そんな成長を見せた親父だが、第壱精錬は霊力をぶん回して霊素を取り出す必要がある。
今の親父にはそこまでの回転力はなく、ドリンクバーのシャーベットをかき回す機械くらいの速度しか出せない。
親父が精錬霊素を使いこなせる日はもう少し先になる。
「とにかく、私がいる時に緊急出動の連絡が来た場合は、聖にも同行してもらう」
「うん、望むところだよ」
話はこれで終わり、親父の精錬訓練に移る。
今日も特に成果はなかった。
〜〜〜
満月の夜。
縁側で月明かりを浴びていると、お母様が飲み物を持ってきてくれた。
内気習得のために瞑想していたのだが、お母様の接近に気を取られるあたり、まだまだ集中力が足りていないのかもしれない。
「隣に座ってもいいですか?」
「うん、もちろん」
今家にいるのは俺と優也とお母様だけ。
優也はもう寝たから、母子2人きりでのお月見だ。
お茶を一口飲んで喉を潤し、俺はお母様に問いかける。
「お母さん、どうしてお父さんの指導方針を認めたの?」
親父に話を聞いた時から聞こうと思っていた疑問。
こんな危険な話、お母様なら反対するはずだ。
親父が巧みな話術で説得したなんて考えられないから、何かしらお母様の心境に変化があったに違いない。
「聖はお父さんの方針に賛成ですよね」
「うん、妖怪と戦ってみたい。できれば安全に」
妖怪退治の経験を積むなら、親父のバックアップという安全マージンをとっておきたい。
いずれは未知の敵と一人で戦うとしても、今はそんなリスクを負うことなく、経験を積んで場慣れしていくべき時期だ。
それは親父も理解しているし、お母様も知っていた。
ゆえに、先ほどの質問はただの確認でしかない。
「聖は強いと、お父さんからよく聞いています。最近は安全なお仕事もしっかりこなしていますし、私が聖のキャリアに口を出すのは間違っている気がしたんです」
普通は9歳の子供にキャリアなんて言葉使わないよな、なんて現実逃避気味に考えてしまう。
そう、俺は普通の子供じゃない。お母様の言葉は冗談じゃなく、真剣に考えたうえで出した結論だ。
それはなんだか、「もう子供ではなく大人として扱う」と言われているようで。
嬉しいような、寂しいような。
精神年齢的には正しいのだが、このぬるま湯生活が終わると思うと素直に喜べない。
「そっか」と返す俺に、お母様が続ける。
「実は私、ほんの少しだけ霊感があるんですよ」
えっ、そうなの?
唐突な話題変更も相まって、俺は驚いた。
「逢魔時など、条件が整った時に、ほんのうっすら見えるだけなのですが」
そういえば、妖怪被害に遭った人間は霊感に目覚めることがあると聞いた。
妖怪がこの世に存在すると確信を得て、知覚能力が上がるのではないかと俺は考えている。
お母様も親父と出会ったときに妖怪と遭遇しているから、ありえない話じゃない。
「この間、聖たちが依頼人の女性を助けに行った時、式神の姿がうっすら見えました。とても大きな蛇とは聞いていましたが、実物を見るまで実感がありませんでした。まだこんなに小さな聖が、あんな大きい蛇を従えて、空まで飛べるようになって……。もう、私が守ってあげられる時間は過ぎてしまったのだと、そのとき気づきました」
守られているよ。
生まれ変わってから今日までずっと、お母様が守ってくれたから生きてこられた。
そして、これからもきっとそれは変わらない。
「陰陽師として働く聖は、もう立派な峡部家の跡取りです」
「……」
家を継ぐ覚悟はしていたが、改めてそう言われると不安になる。
前世で家系を途絶えさせた俺が、峡部家を継いでいいのだろうか。
峡部家当主として、恥じない生き方ができるだろうか。
峡部家の歴史が肩にのしかかってくるようで、凡人の俺には荷が重い。
そんな悩みを抱える俺に、お母様が言葉を贈る。
「ですが、聖が大人になっても、どんなに強くなっても、お母さんはあなたの味方ですよ。辛いことや逃げたいことがあった時には、いつでも頼ってくださいね」
「……うん」
あぁ、そんなこと言われたら、うぅ、泣きそうになってしまうじゃないか。
歳をとると涙脆くなるんだぞ。
お母様はこういう言葉をさらりと口にするからずるい。
「聖はしっかりしているから、私が心配する必要はないでしょう。でも、なんでも卒なくこなすからこそ、大きな挫折をした時に立ち直れなくなりそうで心配です。失敗しても良いのですよ。必要以上に責任を感じる必要もありません」
「うん」
大丈夫。前世でたっぷり挫折してきたし、人生甘くないって、嫌というほど知っているから。
今だって内気を習得できずにいるし。
「聖のやりたいことを、やりたいようにやってください。もしも誰かに迷惑をかけたら、その時はお母さんも一緒に謝りますから」
「うん、わかった……ありがとう」
お母様に見られないよう、俺は触手で涙を拭った。
幾つになっても、両親から貰う大きな愛情は胸を熱くさせる。
手櫛で優しく髪を整えてもらうこの幸せな時間も、あっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。
(どうか、この穏やかな時間がいつまでも続きますように)
なんて、柄にもなく月へ祈ってしまった。
知っているよ。
この願いは決して叶わないってことくらい。
それでも、祈らずにはいられなかった。
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