第137話 式神出動
既に日も暮れて、夕飯の準備に取り掛かる頃合い。
俺と親父はパソコンに向かい、術具店訪問の予約をしていた。
術具店の店主は相変わらず無愛想だが、着実に親しくなってきている。
昔の恋愛ゲームみたいに、顔を合わせれば合わせるほど親密度が上がるタイプなのだ。
『毎回、毎回、よくもまぁ飽きずに来るな』
『全然飽きませんよ。店主さんの説明が面白いから』
『ふん』
『これ買うので、使い方教えてください』
『ったく……これは霊力の拡散を抑える布で――』
爺さんを攻略するとか、普通なら誰得案件である。
しかし、人生ゲームにおいては爺さん以上のキーパーソンはいない。
御剣様を始めとして、権力者の大半は長年業界に貢献した男性だ。
店主も長年道具を取り扱ってきたプロであり、仲良くなれば使い方を色々教えてくれるので、間違いなく最強のコネと言えよう。
「この時間はどう?」
「帰宅直後の出発か……問題ない」
親父も店主と仲良くなりたい俺の意図を汲み、積極的に連れて行ってくれる。
1人で行けたらいいのだが、9歳の子供が遊びに行くには
空飛ぶタクシーが使えたら、また話は変わってくるのだけれど……世の中ままならないものだ。
入店予約が終わったところで“ピンポーン”という昔ながらのチャイムが鳴った。
それと同時に、お母様が返事をしながら玄関へ駆けていき、すぐに仕事部屋へやってきた。
「あなた、浜木さんがいらっしゃいました」
「会う約束はしていないはずだが」
「たまたま近くに寄ったから、と」
胡散臭い。
十中八九、情報収集に来たのだろう。
うちにちょくちょく顔を出すから、奴の軽薄なノリにも慣れてしまった。
「娘を迎えに来たついでに、挨拶に来ました!」とか抜かしそう。
いや、あの男も仕事でスパイをしているだけであって、好き好んで俺達を探っているわけではないか。
罪を憎んで人を憎まず。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
さて、どちらを適用するべきだろう。
哲学めいたことを考えていた、その時である。
東の方角から霊素の気配が溢れた。
俺の霊素が離れた場所に突如現れるこの現象、体験するのは2度目だ。
他人の霊力はさっぱりだが、自分で精錬した霊素を間違えることはない。
感覚としては、自分の触手が離れた場所に生えるような感じ。
脳内には「こっちだよー」と遠方から手を振ってきているイメージが浮かび上がる。
「御守りが壊された」
「何?」
俺が御守りを渡した相手は限られている。
距離と方角から考えて、今回反応があったのは――
「美月さんだと思う。お父さん、行こう」
「ああ」
阿吽の呼吸で対応を決めた俺達に、お母様が問いかけた。
「浜木さんはどうされますか?」
「お引き取り願う」
親父が即答する。
アポも取らずに来た向こうが悪い。
ただ、浜木家当主を追い返したところで、瞬時にこの場を去るはずもなし。
緊急発進したら大蛇の姿を見られてしまう。
「ダメって言われても使うけど、いいよね」
「構わん。緊急事態だ」
さっすが親父、話がわかる。
どうせ、関東陰陽師会に登録した時点で情報は漏れているだろうし、今更か。
そうと決まれば、さっそく準備にとりかかろう。
2人揃って仕事部屋を駆けまわり、俺は墨壺と筆を手に取り、親父は巨大なロール紙を切り取って中庭へ戻る。
親父が地面に展開した紙へ、俺が召喚用の陣を描く。
筆を止めることなく最速で仕上げた。
緊急事態に備えて練習はバッチリである。
墨汁のボトルを何本も空にした甲斐があったというものだ。
「峡部 聖が命ず。疾く姿を現し、力を貸し給え。急急如律令」
緊急事態なので召喚も略式である。
この場合、支払う霊力が多くなってしまうが、仕方がない。
休出手当のようなものだろうか。
詠唱の終わりと共に白い霧が立ち込め、気がつくとそこに式神が現れる。
召喚は問題なく成功した。
中庭に呼び出された大蛇が、その白い巨体をうねらせる。
「すぐに出発するから、待機」
この間に親父は再び部屋へ戻り、緊急事態用のバッグを持って来ていた。
中には俺と親父が作った札が収められている。
これらを使えば、美月さんを庇いつつ、妖怪から逃げる時間くらいは稼げるだろう。
俺達は準備万端で蛇に乗り込んだ。
「いくよ」
「ああ」
「キュイ」
傍で控えさせていた
触手シートベルトで体を固定し、いざテイクオフ。
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「おとーさんとお兄ちゃん、浮いてる! おかーさん、浮いてるよ。見て!」
騒ぎを聞きつけた優也がお母様の隣ではしゃいでいる。
大蛇が見えない2人には、俺達が何もないところで浮いているように見えるらしい。
心配そうなお母様と興味津々な弟に見送られ、俺達は現場へ急行した。
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