第103話 彷徨える魂

 学校の授業が終わり、家に帰ったらどの札の練習をしようか考えながら昇降口に向かっていた時の事。

 階段の下、掃除用具なんかが置かれているその場所に、俺は見知った人影を見つけた。


「加奈ちゃん、そんなところでどうしたの?」


 探検好きな男子が人目のつかない場所で遊んでいるかと思いきや、幼馴染の女の子ではないか。

 俺は何かを見上げている彼女へ歩み寄る。


 加奈ちゃんは俺の方に目もくれず、何かを見上げたまま答えた。


「ここ、なんか変な感じするの」


「変な感じ? ――!」


 不穏なものを感じた俺は加奈ちゃんの前に割り込み、懐の札に手を――


「って、なんだ、幽霊か」


 加奈ちゃんが見上げていたのは、掃除ロッカーの影に隠れた幽霊だった。

 幽霊は何の感情も感じられない無表情のまま、俺たちに反応することもなく、ただただ棒立ちしている。


「加奈ちゃん見えてるの?」


「モヤモヤってしてる」

 

 加奈ちゃんの霊感は視覚より触覚、取り分け肌で気配を感じることに長けている。

 俺にははっきり見える老人の幽霊も、加奈ちゃんにはモヤモヤした何かに見えるのだろう。

 その逆に、俺は全く気が付かなかった幽霊の気配を、加奈ちゃんは敏感に感知したのだ。


 何か変な気配を感じて来てみたら、うっすら幽霊が見えて、観察していたってところか。

 躊躇わず未知に突っ込んでいくその勇気、全くもって恐ろしいね。

 いくら籾さんお手製のお守りを持っているからって、妖怪の魔の手から逃れられる保証はどこにもないのだから。


「加奈ちゃん、あんまり変なものに近づいちゃダメだよ。加奈ちゃんのお母さんも言ってたでしょ?」


「加奈知ってるもん。ユーレイ危ないんでしょ!」


「そう、正解。だから、取り敢えず離れようか」


 加奈ちゃんの幽霊知識の源泉はおんみょーじチャンネルである。過去に幽霊の特集を組んでいた。

 曰く、幽霊自体は無害な存在だが、そこに陰気が集まり、妖怪が宿ると話は変わる。

 現世との繋がりが強まるとか何とかで、普通の妖怪より厄介な存在が生まれるそうだ。

 ――具体的には、成長するらしい。

 幽霊は突然妖怪化する危険があるので、子供には近づかないよう言い聞かせる。

 そして、通学路ならいざ知らず、ここは学校の校舎内。

 子供の無邪気さは、時として恐ろしいほどの負のエネルギーを生み、妖怪発生の原因となる。無害な幽霊といえど、放置することはできない。


「無力な子供には危ないからね。加奈ちゃんは先に帰ってて」


 戦う力のない子供には危険だ。

 というわけで、実戦経験のある俺は簡単なお仕事をこなすとしよう。


「俺の声聞こえてる? おっ、ちょっと反応あるね。幽霊さん、ここにいても良いことないから、あっち行こうか。そうそう、こっちこっち。はーい、俺についてきてね」


 ただ単に迷子になっていた魂なら、誘導すればこうしてついてきてくれる。

 霊感のある人間の声には少し反応するのだ。

 滑るように歩く幽霊の足に合わせ、俺は校舎の外へ向かった。


「聖、危ないんだよ! ママに怒られるよ!」


 さっき俺が言ったことを言い返されてしまった。

 でも大丈夫、俺には札も御守りもあるから。

 そう説明したが、加奈ちゃんはちょっと不服そうだった。


「何してるの?」


 彼女は先に帰ることなく、俺の後ろをついてくる。

 まるで弟が悪さしないか監視する姉のようだ。


「天橋陣の方角に誘導してるんだ。加奈ちゃん天橋陣知ってる?」


「知ってるよ! ……ふわふわピカピカするやつでしょ!」


 加奈ちゃんは自慢げに答えてくれた。

 我が家同様、籾さんに連れられて見学したのだろう。

 俺は加奈ちゃんの問いに答えながら校舎の外へ出た。

 人目につかないよう、こっそりスマホを取り出して天橋陣の方角を調べる。


「何してるの?」


「加奈ちゃんはちょっと待っててね。……幽霊さん、あっちに向かってずーっと真っ直ぐ進むと、湖にお友達がたくさんいるから。そこで待っててね。分かった? うん、そうそう、そっちだよ」


 気分は老人の介護である。

 思い出すのは前世の病院で同室になった男性だ。彼は認知症を患っていて、反応の薄い彼に看護師さんがこんな感じで接していた。

 それを参考にし、幽霊を誘導するときはいつもこんな感じで語りかけている。


 俺の言葉が届いたようで、幽霊は天橋陣のある方角に向かって歩き出した。

 これにてミッション完了。

 金になるわけじゃないけれど、陰陽師の卵としてイレギュラー発生予防に貢献できた。

 彼の魂も天に昇り、次の人生に進めるだろう。


「なんで聖はよくて、加奈はダメなの? なんでなんで――」


 加奈ちゃんの質問責めを受け流しながら、俺達は一緒に下校する。

 登校するときは毎朝合流して一緒に向かうけれど、帰りはバラバラなことが多い。

 特に最近は、新しいお友達とおしゃべりしながら帰る姿をよく見る。

 今はまだ俺と一緒に帰ってくれるけど、高学年になったらそうもいかないだろうな。


「それでね、陽彩ひいろちゃんがね!」


「うんうん」


 加奈ちゃんの追求をどうにか躱すと、今度は例のお友達について俺に語り始めた。

 今日一日、2人でどんなことをして何を感じたか、少ない語彙で説明してくる。

 娘の話を聞く父親になった気分だ。本人に会ったことがないのに、陽彩ひいろちゃんについて詳しくなってしまう。


 一通り語り終えたところで、加奈ちゃんに妙案が浮かんだ。


「そうだ! 聖も一緒に遊ぼう!」


 えぇ……加奈ちゃん、それはちょっと。


 2人は今日の放課後、加奈ちゃんの家で遊ぶらしい。

 そこに俺も招待してくれたのだ。

 完全なる善意。1人お友達を呼ぶだけで楽しいのだから、2人呼べばもっと楽しいに決まってる、という加奈ちゃんの考えが想像できる。

 しかし、世の中そううまくはいかない。


「加奈ちゃんや。友達の友達は、友達じゃないんだよ」


「なにそれ?」


 加奈ちゃんは本気で意味をわかっていないようだった。

 そうだよね、加奈ちゃんは人見知りしないもんね。

 でもね、親が挨拶に来たとき顔を合わせた程度の相手と対面しても、気まずいだけなんだよ。単品で美味しいステーキと海鮮丼も、組み合わせたら互いの良さを殺してしまうんだよ。

 加奈ちゃんがトイレに行ったりしたら、なんとも言えない空気に包まれること請け合いだな。


「すぐにうちに来てね! またね!」


「あー、うん。またね」


 元気だなぁ、加奈ちゃん。俺と別れるなりすぐさま自分の家に走っていった。

 お出迎えの準備でもするのかな。

 あまり気乗りしないけど、これは行くしかなさそうだ。



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【ご報告】

皆様の応援のおかげで、書籍2巻の発売が決定いたしました!

ありがとうございますm(__)m

続刊するか不安で購入を見送っていた方も、これを機にご検討ください。

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