第102話 雪合戦



 雪が降っても社会は平常運転である。

 台風が来たって出社する日本人の行動心理は、小学一年生の頃からこうして少しずつ刷り込まれていくのだろう。

 全員無事登校した我がクラスはいつも通り授業を受け、いつも通り給食を頂いた。


 そして、待ちに待ったお昼休みの時間。


「当たれ! 当たれ!」


「なんで聖だけ雪玉当たんないの!」


 何故かって?

 身体能力が段違いだからだよ。


 お昼休みの校庭には、雪遊びに興じる子供達の集団が至る所に見られた。

 その中の1つが俺ら1年生の雪合戦グループである。

 最初はクラスごとに分かれて遊んでいたのだが、「聖だけ雪当たってない!」の一言をきっかけに、いつの間にか他クラスの同級生たちまで合流し、一大勢力となったのだ。


「当てちゃえ!」


「いっせいのせ、で投げよう」


 チームに分かれて戦うんじゃない。

 俺一人VS他全員の構図となっている。

 子供ってこういう残酷なところあるよなぁ。

 下手したらいじめ認定されて学級会議になっちゃうところだぞ。


「きゃはは」


「冷たーい!」


 彼らは覚えていないだろうが、俺らが生まれてこの方、ここまでしっかり雪が積もったのは初めてのこと。滅多に積もらない雪に大興奮である。

 今回も俺が舵取りして、皆に楽しんでもらうとしよう。


「動くの速! ダンスやってるの?」


「すごい、ほんとーに当たんない」


「なんで~」


 夏休み中ずっと武士の卵に囲まれていたので忘れていたが、身体強化を使える俺は圧倒的な強さを持っている。

 しかも、御剣家で訓練したおかげか、どうも体の動きが良くなったようだ。体が鍛えられたのか、成長したのか、子供の体は変化が大きくてよく分からない。

 それに加えて御剣様の不意打ち。あれを受け続けて気づいたのだが、俺は体の近くに物体が迫ると察知できるみたいだ。

 原理も何もさっぱり分からないが、死角から迫る木刀を察知でき、今も全方位から飛んでくる雪玉がなんとなく分かる。

 不意打ちを喰らい続けてその感覚が研ぎ澄まされていったように思う。夏休みを費やした甲斐があった。


(便利だな、これ。ちょっと気味が悪いけど)


 クラゲ妖怪の触手が目前に迫ったあの時、俺の体は思った以上に動いてくれなかった。

 下手をすれば最初の一撃で殺され、2度目の人生が終わっていたところだ。アドレナリンがドバドバ出ていたせいか、当時はあまり気にしていなかったが、今になって思い返すととんでもない大失態である。

 あの時は突発的な戦闘で準備ができていなかったとはいえ、一度犯した失敗を繰り返すわけにはいかない。

 ゆえに、この雪合戦も俺にとっては訓練の一環となる。

 雪玉を妖怪の攻撃に見立て、全力で回避する訓練だ。

 一撃でも喰らえば死につながる。そう意識するだけで身が強張ってしまうのは、俺の臆病さが原因だろうか。

 これから経験を積み、いずれ来る強敵との戦いに備えなければ。とりあえずの目標としては、「クラゲ妖怪の触手に対処できる」と言えるくらいの自信をつけよう。


「全然当たんない」


 「察知できるのは半径1mくらいかな」と感覚が掴めてきたところで、そんな声が聞こえてきた。


 ただ的が逃げるだけじゃつまらないか。

 こういう時にどうすれば子供が喜ぶか、俺は既に知っている。

 タイミングよく俺の顔面めがけて飛んできた雪玉を片手でキャッチし、こう言うのだ。


「ふっ、この程度の攻撃、俺には効かないな」


「「絶対に当ててやる!」」


 よしよし、いい具合に盛り上がってきた。

 またしばらく雪玉を避けていたところで、背後から雪玉の接近を感じ取った。

 あっ、これは体勢的に無理だ。


「俺の雪玉当たった!」


 やられた。


 武士と比べたら非力な子供といえど、1対多数の集団戦になるとさすがに避けきれないか。

 というか、こういう姿勢だと体が動かなくなるもんなんだな。

 人体工学を教わったことがないので、我が体ながら学ぶことが多い。


 とはいえ、子供が全力で握った硬い雪玉でも、俺の強化された肉体なら痣にはならないだろう。

 気を取り直して再開――ドスッ


 うわっ、やけに力強い玉だと思ったら、これは。


「こら! 石混ぜるのは禁止。当たったら怪我するぞ!」


 前世でも同じことをした奴いたっけ。人類は何世代重ねても同じ発想に至るんだな。

 とはいえ、俺もちょっと煽り過ぎたかもしれない。

 俺の運動能力の高さを十分示すことができたし、そろそろ訓練は終わりにして、サービスで雪玉に当たってあげようかな。

 こういう積み重ねがクラスでの地位を盤石にするのだ。ただでさえ異端児な俺がクラスで受け入れられるには、これくらいのアドバンテージがないと。


 昼休み後半に入ると、1人の男子がうずくまる。

 俺が普通に雪玉に当たりだしたからか、この頃には目標を達成した子供達は俺以外の相手を狙い始め、乱戦状態になっていた。


「手、いたい」


 あぁ、やっぱりそうなったか。

「おれ、手あったかいから、手袋なくても大丈夫」なんて意味不明なことを自慢していたわんぱく坊主が手を真っ赤にしている。


「ほら、俺の手袋貸してあげる」


「いいの?」


 1人だけ途中で抜けるのは寂しいからね。

 特別に貸してあげよう。


 お母様が用意してくれた裏起毛の手袋だ。

 どれだけ雪遊びしても冷えない、愛情が詰まった逸品である。


「大切に使ってね」


「うん!」


 次からは彼も手袋をつけてくるだろう。

 ……軍手をつけてきて、また泣きべそかく未来が見えたのは気のせいか?


 この子以外にも、気に掛けるべき子供がいる。

 渋る真守君を俺がちょっと強引に連れ出したのだが、楽しんでくれているようだ。


「ね? 意外と楽しいでしょう」


「はぁ はぁ うん」


 白い息を吐きだしながら、せっせと雪玉を作っている。その雪玉はとても綺麗な球体で、壊すのが躊躇われる美しさだった。

 そんな雪玉もさっきまで俺目掛けて飛んできたのだから、何とも言えない気持ちになる。

 今は狙い狙われの乱戦で動き回り、休憩を兼ねた雪玉補充中のようだ。


「雪合戦よりも雪像作るほうが真守君に合ってそうだね」


「せつぞう?」


「雪で作る彫刻だよ。北海道とかの豪雪地帯でコンテストが開かれたりしてる。ニュース見てない?」


「見てない」


 小学生はニュースに興味持ったりしないか。

 俺みたいにスマホにニュースアプリを入れるのは社会人になってからだろう。

 真守君に新しい芸術の道を示し、俺は再び乱戦に戻った。


 お昼休みはあっという間に過ぎ去り、びしょ濡れの手袋をストーブの前に並べた子供たちは、微睡まどろみながら午後の授業を受けるのだった。


「俺だけ眠くならないのは、霊力のおかげかな」


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