第104話 お人形遊び
「加奈ちゃんの家で遊んでくる」
「はーい、暗くなる前に帰ってきてくださいね」
殿部家とは家族ぐるみの付き合いがあるため、かなり気軽に互いの家を行き来している。
俺はランドセルを下ろし、そのまま殿部家に向かった。
「お邪魔します」
「いらっしゃい! 陽彩ちゃんもう来てるよ」
「早いな」
珍しく加奈ちゃんと一緒に帰っていないと思ったら、先に帰って遊ぶ準備をしてきたのか。
居間に向かうと、そこには紙パックのジュースを飲む陽彩ちゃんの姿があった。
ぱっちりお目々と整った顔立ちに、ガーリッシュな服装がよく似合っている。
ストローから口を離した彼女もこちらに気づいた。
「あっ! 聖くんだ!」
初めて会った時よりも親しげな声で話しかけられた。
あれから1年経ったとはいえ、うちへ挨拶に来た時と、加奈ちゃんが一緒にいる時に少し話したくらいで、大した交流があったわけじゃないんだけど。
なんだろう、やけに親しげな空気を感じる。
「それじゃあ遊ぼ!」
加奈ちゃんが主体となり、早速3人で遊ぶこととなった。
今、女の子2人の間ではお人形遊びがブームらしく、彼女達の舞台にゲストとして
「チリンチリン」
加奈ちゃんの金髪人形が美容室に来店し、人形用の椅子に座った。
「可愛いお嬢さん、今日はどんな髪型にしますか?」
俺はイケメン人形を操りながら、役になりきって接客を始める。
「今日は楽しい気分だから、ヘアカラーを変えようかしら〜」
「ピンク色なんて似合うんじゃない?」
「いいね! ピンク色にします!」
友達が勧めたからというとんでもない理由でピンク色に決まった。リアルにいたら二度見するような髪色だ。
「かしこまりました。可憐なお嬢さんにピッタリなピンク色に染めさせていただきます」
「うふふ」
加奈ちゃんは俺の渾身の演技に満足してくれた様子。
俺とは正反対なキャラクターなので、演じきれているかというと微妙なところだろう。
「カラーリングが終わりました。ご確認ください」
「まぁ、とっても素敵!」
加奈ちゃんの金髪人形は本当にピンク髪に変わっていた。水をスプレーするとリトマス紙みたいに色が変わる仕様なのだ。何度見ても感嘆してしまう。
最近のお人形は凝ってるなぁ。
「またのご来店お待ちしております」
「ありがとう。また来るわ〜」
ピンク髪人形が満足気に帰ろうとしたところで、陽彩ちゃんの人形が何かに気づく。
「あれ? あなたもしかして、アイドルのチャン・ヨンギク?」
「おや、君たちは僕のファンかな。応援してくれてありがとう。でも、僕がアイドルをしていることはみんなに秘密にしているんだ。だから、3人だけの秘密だよ」
なんと、俺の人形には韓流アイドルというとんでも設定があった。どう見ても西洋風な顔立ちだが、
裕子さんの影響で加奈ちゃんのお人形遊びの設定が面白いことになっていた。
子供は親の背中を見て育つというが、思った以上によく見ているようだ。
いつか俺に子供が出来たら気をつけよう。
「はーい、秘密にします」
「アイドルと知り合いになっちゃった」
有名なイケメンアイドル設定なのに、
そして、
「うっ、うあああああ!」
「いけない、チャン・ヨンギクが妖怪になっちゃった! 陽彩、変身よ!」
「ええ!」
いきなりの超展開だが、彼女達にとってはお約束らしい。
イケメンと知り合って、妖怪に取り憑かれ、それを助けてハッピーエンド。
日曜朝の女の子アニメに陰陽師要素が融合している。加奈ちゃんの人生経験が凝縮された作品といえよう。
遊ぶたびに毎回舞台が変わるところとか、子供の想像力凄い。
いそいそ
加奈ちゃん達の変身バンクはお人形の衣装チェンジで行われる。
今日はどれにするか楽しそうに相談中だ。
あれ、よく見たら加奈ちゃんの持っている人形、この前見たのと違うような。
コスチュームチェンジしたのか、新しい人形かは区別がつかないけど、籾さんが買ったんだろうなということだけは予想がついた。
そんなことを考えているうちに変身が終了し、バトルスタート。
バーン
ドカーン
必殺技!
「ぐ、ぐわー! やられたー!」
かくして、悪は滅んだ。
どっちかというと男の子がやりそうな展開だが、最近の日曜朝は肉弾戦上等、グレーゾーン攻めまくりなのだとか。知らなかった。
「あれ、僕はいったい……。君たちが助けてくれたのか、ありがとう! 君たちは命の恩人だ! お礼に、今度のライブへ来てくれないか」
「「わーい」」
実際は生きた人間に妖怪が取り憑いて乗っ取ったりしないんだけど、そこはご都合主義ということで。イケメンのピンチを演出する素晴らしい設定だ。
イケメンは命が助かってハッピー、女の子達もイケメンと仲良くなれてハッピー、ハッピーエンドで幕を閉じた。
イケメンアイドルとか俺と真逆の存在だから、イメージで台詞を当てたが、この演技でよかったのだろうか。
あ、2人とも満足そう。よかった。
これで加奈ちゃんの厚意には報いることができただろう。
今日も陰陽術の勉強しないといけないし、そろそろお暇しようかな。
俺が切り出そうとしたタイミングで、加奈ちゃんが立ち上がった。
「おてあらい行ってくる」
ちょっと待って、加奈ちゃんがいなくなったら俺たち二人きりになるんですが?
さっき想像した気まずい状況が現実になってしまうのですが!
あっ、陽彩ちゃんも一緒にトイレ行ったり……。
「……」
……しませんか。
学校と違って家のトイレは1つしかないもんね。そりゃそうだ。
何とも言えない気まずさを感じていた俺に、陽彩ちゃんが話しかけてくる。
「ねぇねぇ、れーじゅーの卵持ってるってほんと?」
霊獣の卵? なんでこの子が知っているんだ?
別に隠してはいないから、加奈ちゃんから聞いたのかな。
「持ってるよ」
「見せて!」
お断りさせていただきます。と、言うべきかどうか悩む。
正直、この子を家に招きたくない。
親しくないからというだけでなく、峡部家とこの子の御家にはしがらみがあるのだ。
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