第86話 内気訓練4



 かれこれ10日ほど訓練漬けの日々を送っている。

“過酷な“という修飾語がつかなかったのは、ひとえに身体強化のおかげだ。


 俺が身体強化と呼んでいる陰陽術は凄まじい。

 パワーアップは言わずもがな、肉体の限界を超えた強靭さと驚異的な疲労回復力、スタミナの増強など、自分で認識できる範囲だけでもこれだ。

 転生してこのかた一度も風邪をひいてないのも、身体強化のおかげかもしれない。


 だからこうして、自分が跳べるギリギリの距離の岩へ飛び込める。

 たとえ失敗して岩にぶつかったとしても、この体なら骨折すらしないかもしれない。


「もっと限界へ挑戦しなさい。無難なところに落ち着くのが君の悪いところだよ。失敗や痛みの恐怖を乗り越えてこそ、気を習得できるからね」


 訓練後に先生から頂いたお言葉がこれである。

 おかしい。俺はかなり限界を攻めたつもりだったが?


 2日目からずっと指導していただいている引退武士の先生。

 穏やかでいい人なのだが、指導の言葉に偽りがなさ過ぎて心に刺さる。

 「君には才能がないから、命を懸けて訓練しなさい」なんてしょっちゅう言われている。御剣様が見つけてくれたオススメの内気訓練法も同じような理屈だった。

 だから、縁侍君の後ろについて行って冷や冷やしながら岩を跳んだというのに……解せぬ。


 遠的当ての訓練場に移動した俺達は小石を拾い、思い思いに投げ始める。

 ただこの訓練、足元に石がなくなると石ころ探しの時間となる。

 精神統一するか忙しなく体を動かすかの二択しかない訓練において、数少ない交流の機会となっている。


「この辺りに住む人は皆んな“御剣”なんですよね。全員武士なんですか?」


 近くで石を拾っていた縁侍君に話しかける。

 以前、夕食の時間に聞いてふと思いついた疑問だ。


「そんなわけないだろ。武士の中でも適性のある人は全員うちに勤めてて、内気を多少使える程度のやつは他の仕事に就いてるんだ」


「適性って?」


「気を修めることは当然として、妖怪に立ち向かえるかどうか。俺は一撃入れたことあるんだぜ」


 縁侍君は自慢げに語る。

 朝日様に連れて行かれ、山に現れた脅威度4の妖怪の体に傷をつけたという。


「まぁ、大人たちが封殺してたけど、背後からの不意打ちだったけど、結構怖かったけど……」


 言い訳が後に続くところが縁侍君らしい。

 いつか自分1人で倒してやると静かに意気込んでいる。

 これが適正というやつか。訓練にやる気のない彼が、妖怪退治に対しては熱意を見せている。

 戦うことが死ぬほど嫌だという人間と比べたらえらい違いだ。


 武士にはなれなくとも、内気を多少扱えるだけでもすごい。

 ここらに住む人は全員俺より強いのだろうか。


「近所の人全員、一度は訓練を受けるんですね」


「まぁ。でも、みんな内気を感じたところで辞めるぞ。訓練がきつくて。内気をまともに使えない奴らにはきついだろうから仕方ないけど、泣くほど嫌がる奴もたまにいて……」


 そもそも続けること自体が関門だったか。

 やはり内気習得は生半可な覚悟では難しいようだ。

 大人の俺が泣いて帰るはずもないが、訓練の時間を霊力研究に回すべきか悩ましい。


「そういえば、お前はよくついてこれたな。もしかして、どっか別の武家で内気を教わってたのか? いや、才能ないって言ってたっけ。あれ? じゃあお前なんで俺についてこれたんだ?」


 正直に「身体強化です」と答えられたらいいのだが、そんなわけにもいかず。

 俺は聞こえなかったフリをして、拾った石を的に向けて投げる。

 そもそも遠すぎて朧気にしか見えない的に当たるはずもなかった。


「なぁ、本当に内気使えないのか? なら何で俺らについて来れるんだよ」


 空気を読んで誤魔化されてはくれなかったか。

 社会人なら踏み込んでこないだろうが、まだ子供だもんな……。


「……運動が得意だから」


「いや、そんなレベルじゃねーだろ」


 ですよね~。


「これこれ、あまり詮索してはいけないよ。陰陽師には秘匿すべき技術が多い。父親に口止めされている幼子から無理に聞き出しては可哀そうだ」


「はーい」


 先生のおかげで、これ以降探られることはなくなった。

 ただ、武士はどうも感が鋭いようで、御剣様に続いて先生にも身体強化系の陰陽術を使っていると薄々バレている。

 とはいえ、彼らも内気という謎技術を使って似たような力を手に入れているし、問題ないといえば問題ない。


 純恋ちゃんが箸を完璧に扱っていたのだって、あの年齢にしては凄いことだ。

 筋肉の発達具合から、5〜6歳程度で練習を始めるのが一般的なお箸教育である。滑る里芋すら掴む華麗な箸捌き、幼稚園児が習得するにはちょっと早すぎる。

 俺が4歳で扱えるようになったのは身体強化のおかげだ。

 彼女の場合、霊力が内気に置き換わるのだろう。

 

 今度は縁侍君が石を投げる。


 カーーン


 高校球児張りの剛速球が遥か先の的に当たり、甲高い音が響く。

 視力と腕力、両方で俺は負けている。

 腕力の方はこれから伸びるとして、視力の方は内気しか期待できない。

 どうしたものか。


 石を拾いながら思案する俺に、縁侍君が問いかける。


「お前よく訓練続けられるな。嫌にならないのか?」


 さっきの問いとは少し違う。

 これなら答えられる。


「新しい力を手に入れれば、陰陽師として強くなれますから」


「早起きするの辛くない?」


「全然」


 社会人になるとね、早起きしなきゃ生きていけないんだよ。

 平日は目覚ましを5分おきに5回セットして、万が一にも寝坊しないように注意するんだ。

 そして、いつしかアラームが鳴る前に目が覚めるようになってしまう。

 悲しき社会人の習性さ。


「ふーん」


 理解できないといったご様子。

 それでも好奇心を満たすことは出来たのか、訓練に集中し始めた。

 

 カーーン


 また当たった。

 見えるのが当たり前、さらにコントロールまで完璧。遠方まで飛ばす腕力も合わさって最強である。

 縁侍君、学校でも体育無双してそうだな。

 円盤投げですごい記録が出そうだ。部活でも活躍を、いやいや、中総体で全国行ってるんじゃ?

 さらにその先――


「オリンピックに出たら優勝できそうですね」


「それはダメだって」


 あっ、やっぱり?


「爺ちゃんが言ってたんだけど『儂らは陰より人類を護りし者。表舞台に出ては要らぬ混乱を巻き起こす』だってさ。御剣家うちはダメだけど、お前の家がどうかは知らない。少なくとも、内気を使うのは禁止されるだろうな」


 前世の高校時代をよくよく思い返してみれば、スポーツ万能なのに運動に興味ない同級生がいた。

 あれはスポーツに興味がないのではなく、関係者だから競技に出場出来なかったのではないだろうか。

 あいつ、武家の人間だったのか……。実力隠してる系主人公かな。


 武家関係者が表社会から身を隠しているのはうすうす気づいていた。じゃなきゃ日本の記録はもっとぶっ飛んだ数字になっていたはず。

 不文律的なものがあるのだろう。


 縁侍君の言う通り、俺はどうなるのだろうか。

 身体強化で中総体無双するつもりだったのだが、内気を修得したら不文律に従わなければならないのか、それとも陰陽師だから別のルールに従うのか。

 そういえば陰陽師も裏社会の存在だし……難しそうだな。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る