第85話 武家見学8
滞在7日目ともなれば場の空気に馴染んでくる。
豪勢なスタミナ料理の並ぶ食卓を囲み、仕事終わりの食事を楽しんでいる大人達。
俺もその輪に加わって、美味しいハンバーグに舌鼓を打っている。
「おっ、聖君今日はお父さんと一緒に食べるのか」
「はい」
今日、俺は大人達の食卓へお邪魔することにした。
『お父さんと一緒に食べたいです』
と言ったらすんなり通った。
子供の体万歳。
幅広くコネを作りたいという、強欲な俺の望みを叶える欲張りプランとなっております。
マンネリな日常に彩りを加えるゲストの存在を、大人達が放っておくはずもなく、俺は今日も色々な話を聞くことができた。
その途中で、親父と親しい丸顔の陰陽師が俺に問いかける。
「なぁなぁ聖君、卵は大きくなったか? 模様がついたって本当か?」
「あっ、それ俺も気になってた。よく思い出したな」
「ほらあれだろ、ドッグショーじゃなくて」
「そう! ちょうどこの間、霊獣品評会があったからさ」
霊獣品評会?!
そんなものがあるのか。
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、近くに座る他の陰陽師達も耳を傾け始めた。
「品評会なんてやってるのか?」
「知らないのか。今年は安部の黒狼が参加したって話題になってたぞ」
「うわ、見てみたかったな」
俺も見てみたかった。
霊獣がずらりと並ぶ光景はもちろん、黒狼だけでもお目に掛かりたかった。
黒狼といえば霊獣ガチャの大当たりとして親父が名前を上げていたやつだ。
卵の将来像として、大きな黒い狼に騎乗して戦う姿は何度も想像したことがある。
すると今度は、途中から卵の話題を聞きつけた声の大きい陰陽師が参加してきた。
「なんだなんだ、あの時の卵持ってきてるのか?」
「なら俺も見たいな」
「俺も!」
いつしか宴に参加する全員がこちらに注目し始めていた。この流れを止めることはできそうにない。
「お父さん、見せてもいいよね」
「あぁ、構わない」
即答だった。
そうそう壊れるものでもないし、戦友に頼まれたら見せるくらい吝かではない、ということか。
「「「ごちそうさまでした!」」」
今夜の食事タイムも有意義な時間となった。
夜勤の親父はこれから仕事なのでここでお別れ。子守りを頼まれた白石さんを筆頭に、子供好きな人たちがビルまで連れて行ってくれた。
さてさて、ご期待に応えないとな。
一足先に階段を登った俺は、親父の部屋から卵を持ち出した。
お母様謹製の巨大ナップザックを背負い、エレベーターを利用して1階へ戻る。
ゆっくりと開く扉の先で、感嘆の声が上がる。
「おぉ、あの時の卵がこんなに大きく」
待ちきれなかったのか、エレベーター前で霊獣好きの陰陽師が待ち構えていた。
彼はちょっと先のエントランスに移動するまで俺の後ろに張り付き、布越しの卵の大きさに感心しっぱなしだった。
「あの、直接見せますから。はい、どうぞ」
「「「おぉ!」」」
エントランスの待合席に腰を下ろした俺は、みんなの視線が集まる中、ローテーブルの上で卵を取り出した。
その反応は顕著で、皆一様に目を見開いている。
「本当に模様が出てる」
「しっかり色がついてるな。普通こんなもんなのか?」
「いや、早すぎる。出るにしてももっと後だし、こんなに色が濃くはならない。ここのところグラデーションになってるな。それほどたくさん見たわけじゃないから比較は難しいが、模様も普通とは違うはずだ。おぉ、おぉぉぉぉ」
やはり一番興奮していたのは霊獣好きの陰陽師だった。
親父の反応から成長が早いことは知っていたが、そうか、いろいろ普通とは違うのか。
それはいいぞ。
普通の霊獣じゃあ最強の陰陽師に相応しくない。俺に欠けている威厳とか風格を補うような、特別な霊獣が欲しいと思っていた。
「あの、触ります?」
「いいのかい?!」
そんなに目を輝かせて指までワキワキさせていたら何をしたいかくらい分かる。
別に触るくらいなら問題ないですよ。
みんなローテーブルを囲み、興味深そうに卵を撫でていく。市販の卵と同じように滑らかそうな外見にざらついた感触、淡い茶色の複雑な模様は、いつしかはっきりとした茶色の閉曲面へ変わっていた。いったいどんな原理で模様が変わるのやら、霊獣の卵には謎が多い。
それでも模様ならウズラの卵にだってある。もっと理解できないのはサイズが変わることか。殻が大きくなるのはどういう仕組みなんだ。
謎といえばもう1つ疑問がある。
「そういえば、なんで皆僕の卵を知ってるんですか?」
「そりゃあ、君のお父さんが任務中に見つけたからだよ。おかげで全員臨時ボーナスだ」
「御剣様が強に売ったって話も聞いてたし、買った本人も強いのが生まれそうってたまに自慢してるし」
親父、職場で自慢してたのかよ。
通りでちょくちょく観察するわけだ。仏頂面の下では、観察日記をつける子供のようにワクワクしていたのだろう。
「霊獣の卵を買ったらそりゃあ自慢するだろ。人生の中でも有数の大きな買い物だし」
なるほど確かに、車好きが超高級車を買ったら自慢したくもなるか。いや、10億円の車を買ったら車好きでなくとも自慢するだろう。
陰陽師の場合、車が卵に代わるだけのことである。
「しかもまだ5年程度だろ? これからさらに成長するからなぁ。俺の知る限りこんなに大きいのは初めてだ」
「大きいと強いんですか?」
「強い」
「強いな」
大金を払ってなお、弱い霊獣が生まれることもある。
その賭けに勝ったとしたら、ギャンブラーでなくとも狂喜乱舞するだろう。
むしろ親父は落ち着いている方だったのか。
「鬼を見ただろ? 体が大きいってだけで脅威なんだ。上に向かってパンチするのと、下に向かってパンチするんじゃ腰の入りが違う。それに、大きい霊獣はなんとも言えない美しさを持っててな〜」
だんだん話が逸れはじめた。
美しいと言われてもよく分からないのですが……。
「詳しいんですね。霊獣持ってるんですか?」
「いや、値段が値段だから、流石に手が出ない。個人的に好きなだけだよ」
霊獣マニアかな。
お金の問題なら、もっと安価で手に入る式神がいる。どちらも似たようなものだし、それで満足できそうなものだけど。
そう尋ねてみたら、強烈な反論を受けた。
「違う、違うんだよ! 確かに式神も召喚者の言うことを聞くし、外見が霊獣に似てたりする。だが! 生まれた時からそばに居て、最初に霊力を注いだ人にだけ懐く一途なところとか、他の人には見えない繋がりによって2人だけのコミュニケーションを取れるところとか、死ぬその時まで一緒に戦ってくれるところとか! そういうところが良いんだよ!」
お、おぅ。そうか。
メリットは理解できるが、彼の情熱までは理解できなかった。
そんなに好きなら、うちの子が生まれたら会わせてあげようかな。喜んでくれそうだ。
ビルに泊まる人達が一通り卵を観察し、霊獣マニアさんが満足してくれた後、部屋に戻った俺は卵を撫でながら語りかける。
「みんなお前の誕生を楽しみに待ってるぞ。たくさん食べて大きくなれよ」
見世物となって大人達と交流の機会を作ってくれたお礼に、今日は奮発して重霊素を注ぐ。
他の卵と差が生まれたのは間違いなく霊力の量と質だろうし、さらなる強化を期待してるぞ。
マニアさんの言っていた“目に見えない繋がり”のおかげか、卵からなんとなく嬉しそうな感情が伝わってくるのだった。
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また次週、もう1つの企画について詳細を公開いたします。
お楽しみに!
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