第84話 内気訓練3
出遅れた俺は腹をすかせた子供達に置いて行かれてしまった。
玄関へ着くころには、俺の傍には縁侍君しかいなかった。
「そっちじゃない、こっち」
大人達と一緒に食事をした大広間へ向かおうとして、縁侍君に呼び止められる。そういえば、子供や女性陣は別の場所で食事を取っていたんだっけ。
大広間の入り口を横切り、さらに奥へ進んだところに台所があった。
大人数の腹を満たすための調理場は、台所というより厨房と呼ぶべき設備である。絶賛稼働中の大型調理機器はどれも最新型で、美味しそうな匂いがこちらまで漂ってくる。
オーブンからトレイを取り出している女性はたしか、御剣家当主の妻、
線の細い女性だが、重そうなトレイを軽々持ち上げる辺り内気の使い手なのかもしれない。俺が厨房の入り口から覗いている間に、彼女はローストチキンを大皿に手際よく盛り付けていく。
「お母さん、お手伝いするね!」
「ありがと。これを持って行ってくれる?」
「はーい!」
俺の横をすり抜けて蓮華さんに近づき、お手伝いを申し出たのは娘の純恋ちゃんだ。
子供に持たせるには重そうなお皿だが、こちらもひょいと持ち上げてしまう。
料理を崩さないように慎重に運ぶ姿は年相応にも見え、何とも不思議な光景だ。
俺もお手伝いして好感度を稼ごうかと思ったが、厨房の向かいの部屋から手招きする縁侍君を無視するわけにもいかず、今回は諦めることにした。
子供達の食事場所は大広間の小型版で、大きなテーブルを囲んでの賑やかな食事であった。
特に低学年組の高い声が食卓に活気を与える。
「いただき!」
「あっ、それ僕のなのに!」
「里芋おいしいね」
「わたしはポテトの方が好き」
皆がそれぞれ好きな料理に箸を伸ばし、午後の訓練ですっからかんになった腹を満たしていく。
ただ、お行儀の悪い食べ方は決してしない。
蓮華さんと幸子さんが目を光らせているというわけでもないのに、年少組も綺麗に食べている。
周囲を観察していると、俺の隣に座っている純恋ちゃんがこちらをのぞき込んで聞いてきた。
「ひじり君は里芋好き?」
「うん、好きだよ。トロトロで美味しいよね。純恋ちゃんも好き?」
「うん、好き!」
食事の前になってようやく彼女らへ自己紹介することができた。
なんやかんや全員訓練に集中していて、交流する暇がなかったのだ。
注意散漫な同級生たちと比べ、彼らは大人びている気がする。前世のクラスメイトにも武道を習っている子がいたが、周りよりも精神的に成熟していた。
朝の挨拶もしっかりしていたし、これも指導の賜物か。
自己紹介によって、訓練仲間の学年が分かった。
純恋ちゃんと百合華ちゃんは双子で、来年から小学生。
小学2年生の男の子2人、小学5年生の女子1人、小学6年生の男女。
計7人が今のレギュラーメンバーらしい。
ここに俺のようなゲストがたまに加わり、メンバーに適した訓練を行うのだとか。
そして、自己紹介を聞いてもう1つ気付いたことがある。
「みんな苗字同じなんですね」
この場にいる人間は俺を除いて全員“御剣”を名乗っていた。
全員蓮華さんの子供……なんてはずもない。
俺の質問に答えてくれたのは御剣様の妻、幸子さんだった。
「この辺りに住むのは御剣家の関係者だけだから。知ってるかしら、大昔の平民には苗字がなかったのよ。武士階級だった貴方達のご先祖様は昔から“御剣”と名乗っていたのだけど、ここに移り住んでしばらくしたら村の人全員親戚になってて、明治時代に苗字が広まったとき、全員“御剣”を名乗り始めたの」
俺への回答というより、中学2年生の縁侍君辺りに教えようとしている説明だった。
車に乗ってここへ来る途中、麓の辺りに田んぼに囲まれた小規模な住宅街があった。
おそらく、あの辺りが昔あった農村の名残で、村民と御剣家の血が混ぜ混ぜされたのだろう。
同じ苗字を名乗り始めたのも、血縁関係と共に、自分たちを守ってくれる武家に対し憧れがあったのかもしれない。
何とも想像が捗る。
御剣家とこの土地の歴史を知ったところで、空腹を満たした低学年組が俺に興味を示す。
「なぁ、ひじりってどっから来たの?」
地名を言っても分からないだろうし、かみ砕いて説明するか。
「そうだなぁ、都市部の住宅街。車で1時間くらいかな」
「じゃあモールとか家の近くにあるのか?!」
「あるよ。街中に出れば、遊ぶところならたくさん」
男の子2人は揃って「「いいなぁ」」と羨ましそうに言う。
スマホで確認したが、この辺にはスーパーとか生活必需品を扱う店しかないもんね。
武士の関係者しか住んでいない過疎地には、子供が楽しめるような娯楽施設までは揃っていなかった。
「休みの日に遊びに行ったりしてんの?」
「ううん。休みの日は陰陽師になるための勉強してるよ。たまに幼馴染と遊んだりするけど、家から出ることはないかな」
「えぇ、もったいない!」
「僕ならまいにち遊びに行くのに」
残念ながら現実は甘くない。君たちのお小遣いでは一日と持たないだろう。
それよりも、大人になってから自分で稼いだお金で豪遊する方が楽しいぞ。
この2人は年齢相応にやんちゃな男の子だ。
小学校低学年なら、本来これくらい元気いっぱいなのだろう。
前世の記憶がある俺には真似できない、心の若さを感じる。
さて、ここまであまり会話のなかった高学年組にも話を振ってみよう。
「お兄さんとお姉さんは内気使えるんですか?」
「それはとっくの昔に。俺は最近外気を取り込めるようになったところ。2人はまだ練習中」
「絶対すぐ追いつくから」
「頑張ってるんだけど……ね」
6年生の女の子は男の子に張り合い、5年生の女の子は気弱な感じだ。
後者は武士の適性が低そうに思える。妖怪と戦えるのだろうか。
「どうやって内気を感じ取れるようになったんですか?」
「俺は撃ち込み稽古で」
「私は岩跳び」
「えっと……瞑想だったかな」
人によって適性のある訓練が違うというのは本当のようだ。
じゃあ次は。
「毎日訓練してるんですか?」
「夏休みの間はほぼ毎日だな。学校のある日は無理だから、土日だけ」
「家でも自主練してるよ」
「私たちはね。こいつは友達と遊ぶので忙しいみたいだけど」
なるほど、自主練か。怪我をするような訓練は別として、瞑想するだけなら毎日ここへ来る必要もない。
俺も家に帰ったら自主練しよう。
「いや、自主練はお前達が勝手にやってるだけだろ」
「自主練もしてないこいつに負けてるのがムカつく」
「それは酷くね?」
高学年は高学年で仲がいい様子。低学年組よりも会話が通じやすくて助かる。
ただ、内輪のノリについていけないのが玉に瑕だな。
現状俺は余所者だから、仕方ないのかもしれないけど。
コミュ力低めな俺は潔く退散し、また視線を動かす。
4つ隣の席で御剣家当主の妻、蓮華さんが娘に料理を勧めていた。
「百合華、これ美味しいわよ。一口食べてみて」
「えぇ〜やだ〜」
百合華ちゃんのお皿を見るに、和風より洋風な料理が好きなようだ。
俺から見れば美味しそうなきんぴらごぼうも、彼女の好みには合わなかったらしい。
どうしても大人目線になってしまう俺は、蓮華さんに同情してしまう。
百合華ちゃん、バランスよく食べて健康に育つんだよ。
それを見ていた純恋ちゃんが、里芋の煮っ転がしへ狙いを定める。
お箸を巧みに操り、掴んだ里芋を自分のお皿……ではなく、隣に座る俺の小皿へよそった。
「はい、これあげる。食べてみて!」
「ありがとう。いただきます」
別に分けてもらう必要はないのだが、可愛らしい少女の好意を無碍にすることもない。
加奈ちゃんと同じで、お母さんの真似をしたがる時期のようだ。
「お兄ちゃんも、はい」
「自分で取るからいいって」
あぁ、そんな冷たい態度を取ったら将来嫌われちゃうぞ。
面倒見の良い縁侍君も、思春期真っ盛りの中学2年生。家族からの干渉を嫌がるお年頃だから、仕方ないのかもしれない。
「どうしたの、縁侍。なんだかご機嫌斜めね」
「別に……。それにしても、爺ちゃんの木刀を止めるとか、お前の結界凄いな」
「あれは咄嗟に体が動いただけです。強いてあげるなら、お父さんの指導のおかげでしょうか。手加減したとも言ってましたよ」
「いや、爺ちゃんの木刀を止められる子供がいるとは思わなかった。俺だって……」
ん?
なんだろうその顔は。
「何かあったの?」
再び幸子さんに聞かれた縁侍君は、渋りながらも先ほどの出来事を説明した。
「爺ちゃん、俺が止められるかも試したんだよ。全然反応できなかったから……俺の負け」
「訓練をサボらないようにって釘を刺されちゃったわね」
なるほど。
だからあの時、バツの悪そうな顔をしていたのか。
不意打ちにそんな意味もあるなんて、御剣家の家族交流の形が武闘派過ぎて予想だにしなかった。
「「「ごちそうさまでした」」」
大人組に続いて子供組の雰囲気がわかったところで、今日の夕食は終了。
後は親父の部屋に帰るだけ。
「みんなはこの後どうするの? お泊り?」
「お父さんと一緒に帰る」
「俺達は麓の村で暮らしてるんだ」
朝は出勤する父親と一緒に来ているそうな。
思い返してみると、武士たちの姿をビルで見ていない。家に帰るため、そのまま山を下りていたのだろう。
大人達の就業時間は俺達より少し遅かった。今頃、大部屋で宴会を開いているはず。
帰るまでにはまだ時間があるな。
「兄ちゃん兄ちゃん、早く行こう!」
「今日はマリオネットパーティーしよ!」
「いいぞ」
幸子さんと蓮華さんに後片付けを任せ、子供達は縁侍君の部屋へ向かう。
ゲームのために訓練をサボるだけあって、彼の部屋には結構な数のゲームが並んでいた。
コントローラーを交代で使い、様々なミニゲームに挑む。
「あぁ~! それ狙ってたのに!」
「僕たちのキノコが」
「早い者勝ちだ」
「あっ、勝っちゃった……」
「すごいじゃん。次俺ね」
「縁侍さん、そこにアイテム有りますよ!」
「お兄ちゃん、次は私?」
「わたしは後でいい」
わいわいガヤガヤ。
もはや誰が何を話しているのか分からない。
トイレに行こうと立ち上がった俺はそんな光景を改めて見渡してみる。
大勢集まって1つのゲームで盛り上がるのも……うん、悪くないな。
大人たちの宴会が終わるまで、子供達のパーティーは続くのだった。
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近況ノートにて書影公開しております。
素敵な書影をぜひご覧ください。
2022年10月10日
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