第83話 内気訓練2



 今度はちゃんと靴を履いて外へ出ると、御剣様を先頭に訓練場へと続く道の1つ隣の道へ進む。

 しばらく上り坂を駆けあがると木々が疎らとなり、やがて大きな岩の転がる開けた場所へとたどり着いた。


「始め!」


 何を?


「ここは俺よりも百合華の真似をした方が良い。分かるか、あの女の子だ。岩と岩の間を飛ぶんだ。落ちないように気を付けろよ」


 縁侍君が説明してくれたように、子供達は我先にと手頃な岩に飛び乗っていく。

 パルクールさながらに距離の離れた岩の間を駆け抜ける様は、俺から見てもかっこいい。

 普通の子供なら届かない距離でもひょいひょい飛ぶあたり、内気ありきな訓練に思える。

 予想するに、落ちる恐怖を利用して内気を無理やり引き出し、内気の感覚を掴むための訓練だろう。


「やっぱりお前かなり動けるな。それでも俺の後をついてこれるとは思わなかったけど。この距離だと百合華でも飛べないぞ」


 かなり頑張っていますので。

 身体強化を利用している俺は、多分内気を感じ取りづらいのだと思う。

 それこそ、子供達に飛べる距離なんて俺にとっては怖くもなんともない。

 内気を引き出すためには、身体強化でもギリギリの距離を飛ばなくては。

 小学生の脚力で中学生の縁侍君についていくのはかなりきつい。一歩間違えれば岩に全身強打することになる。でもだからこそ、この訓練の目的に沿うのではないだろうか。


 先ほど御剣様は、生まれながらに内気を感じ取れる者はほんの一握りといっていた。

 転生してすぐに霊力を感じ取れたことがラッキーだっただけのこと。

 内気が既に体内にあると確証が得られた今、俺がすべきことは自分に合った訓練方法の模索だ。


「頑張ります!」


「あんま無理するなよ」


 熱血は好きじゃないし、俺の柄じゃない。

 でも、強くなれるかもしれないという男のロマンには魅力を感じる。

 最強の陰陽師を目指すための努力と思えば、いくらでも続けられそうだ。


 と――意気込んだは良いものの、この訓練では内気を微塵も感じられなかった。


「次!」


 丸太への正拳突き。


「拳に意識を向けろ。ただ殴るだけでは拳を傷めるぞ。内気を満たし、打ち付ける瞬間に爆発させろ!」


 オッス! 師匠!

 俺の拳が岩より硬いせいで全然訓練になりません!


 遠方の的に投石。


「目に意識を向けろ。目を凝らして内気を集めよ。遠くを見通し、視野を広げ、やがては刹那を見切る目を手に入れろ!」


 いくら目を凝らしても枝にぶら下がっているという小さい的が見えない。

 的はどこですか?

 えっ、いま純恋ちゃん当てたの?! すごっ。

 縁侍君も軽く当ててるし、俺だって…………時間いっぱいかけて無理でした。


 坂道全力ダッシュ。


「全ての基礎は足腰にある。妖怪の間合いに飛び込む時、攻撃を避ける時、撤退する時、全てにおいて重要となる!」


 疲れ切ったところで内気を体感する訓練なのだろうが、あいにく俺の霊力が尽きることはない。疲れた端から回復してしまう。

 なので、他の子たちを追い抜いて己の限界に挑戦してみたが、内気の“な”の字も感じられなかった。地面に寝転がった俺を癒してくれたのは、霊力である。ちくしょうありがとう。


 そしてついに、本日最後の訓練が終わった。


「何か感じられたか?」


「いえ、全く」


 俺は小さい滝の下から抜け出しつつ答える。

 最後にクールダウンを兼ねて滝に連れてこられた。

 太陽は既に沈んでおり、夏といえど体温を奪われ続けた体は震え始めている。

 クールダウンとは何だったのか、早く体を動かして温まりたい。


「であろうな。外気が揺らぐ気配もなかったわ」


 今日一日色々試して、結局成果は得られなかった。

 体内にあるという内気の手掛かりさえ感じられない有り様だ。


「ふむ、今日はここまでだな。それにしても、どれもピンとこないか。やはり才能は乏しいようだ」


 ん? やはりってなんだ、やはりって。


「陰陽師は総じて内気を扱う才能に乏しいのだ。歴史を紐解いても我が家で内気を扱えた者は10人いたかどうか。霊力が悪さをするのか、単に才能がないのかは謎だが、内気を感知する段階で大きな壁にぶつかる。我が家で働く陰陽師は全員内気の訓練を行っているが、儂が生きている間に習得できた者はいない」


 何その絶望的な情報、これについては知りたくなかった。

 ここまで指導してくれた御剣様には感謝しているが、「まぁ、こうなるだろうな」って顔をされるのは悔しい。

 結構頑張ったつもりですが?


「縁侍はしばらく見ない間に成長しとったな。その調子で頑張れ」


「そりゃ毎日やってれば成長もするって。そんなことより早く家に帰ってゲームしたい」


「純恋は今日覚えた感覚を忘れるな。外気を意識的に集められるようになれば大きく成長するぞ」


「うん! そしたらもっと褒めてくれる?」


「当たり前だ。そして、百合華はあまり焦るな。双子といえど才能や切っ掛けは異なるものよ。お主はお主のペースで成長すればよい」


「うん。気にしてないよ」


「次にお主は――」


 御剣様は1人1人に訓練のアドバイスを授けていった。

 その内容に耳を傾けてみれば、みんな既に内気を感じる段階を超えており、外気を集めたり、操ったりする訓練に入っているようだ。

 俺が年単位で霊力を鍛えたように、彼らもまた努力の末にこの身体能力を手に入れたのだろう。


 アドバイスを聞く傍ら行衣ぎょういを脱ぎ、御剣様が用意してくれたタオルで体を拭いてジャージを着直した。

 皆の準備が整ったところで、駆け足で進む御剣様の背中を追いかけ、山を登っていく。

 この後は母屋へ戻り、夕食を頂くことになる。


 はぁ、内気習得には時間がかかりそうだ。下手したらその時間も無駄になるかもしれない。

 ……内気とはどんなものなのだろうか。

 どんな感触で、どんな動きをするものなのか。

 霊力だって最初は――


 走りながら物思いにふけっていた俺は、反射的に札を飛ばしていた。

 背筋に走った寒気は滝によるものではない。

 いざという時のため、懐に忍ばせていた簡易結界の札を無意識に起動する。


 メリリッ


「手加減したとはいえ、これを止めるか。流石の儂も驚いたわ」


 俺の目の前で止まっているのは、御剣様の木刀だった。

 片手で振り下ろされたそれが簡易結界を大きく歪ませている。

 もう少し力を込められたら破壊されていたかもしれない。


「次はもう少し本気を出すとしよう」


 そんな気の抜けたセリフが頭に浸透し、俺はようやく周囲が見えるようになってきた。

 子供達もいきなり御剣様が斬りかかったことに驚き、俺の方を茫然と見ている。

 縁侍君はなぜかちょっとバツの悪い顔を浮かべている。

 いや、そんなことよりも聞くべきことがあった。


「ちょっ! 何をするんですか!?」


「訓練の一環だ。そして、お主にはこの訓練が一番向いておるようだ」


 今のが訓練?

 木刀で不意打ちされるのが?


「今日の訓練、お主は常に余裕があった。内気を感じるのにそれはよろしくないと思っておったが、まさにその通りであったとは。焦った瞬間、お主の周りの外気がほんの僅かに揺れた。最後の最後に己に合う訓練法が見つかってよかったなぁ。はっはっは!」


 未だに心臓がバクバクいっている。

 確かに、今の俺に余裕はない。

 内気も命の危機を感じ、慌てて仕事をしてくれたのかもしれない。まぁ、内気を感じ取る余裕も全くなかったんですけどね。


「だが、この訓練は誰にでもできるものではない。儂と朝日、あとは大勝くらいか。悪いが明日からは儂も忙しい。しばらくは縁侍達と一緒に訓練するように。以上」


 既に日の暮れた坂道を再び走り出す一行。

 しばし彼らの背中を眺めていた俺は、慌てて札を回収し、後を追う。

 こんなところで迷子になっては堪らない。


 俺に向いている訓練方法が見つかったのは嬉しいが、正直、心臓に悪すぎる。

 釈然としない気持ちを抱えたまま、俺は御剣家にお邪魔するのだった。

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