第87話 内気訓練5



 同じ訓練を乗り越えてきたことで、俺はいつの間にか子供達の輪に溶け込んでいた。

 近くに寄れば話しかけてくれるし、お互いの性格もわかってきた。なんなら小学校のクラスメイトより親しくなったと感じている。彼らが困っていたら助けたいくらいには。

 彼らも同じ気持ちでいてくれると嬉しいのだが、どうだろうか。


「はい、必殺技」


「あぁ! 兄ちゃんずるい!」


「ずるくない。ゲームの所有者が1番強いのは当たり前だろ」


 それと同じくらい、食後のゲーム大会もみんなとの距離を詰めるきっかけとなった。

 年齢や性別、身体能力の差を気にせず、全力で遊べるコンテンツというのは、思った以上にありがたいものだ。ずっと1人プレイしかして来なかったから気づかなかった。

 このゲーム大会は縁侍君が最年長になってから始まったらしく、今では恒例行事となっている。

 

「聖が相手でも手は抜かないからな」


「縁侍くん相手なら接待プレイしてもいいですよ」


「お前どこでそんな言葉覚えたんだ。絶対やめろよ」


 基本的に面倒くさがり屋な縁侍君も、楽しいことに関しては積極的だ。

 地味な勉強や訓練よりも、ずっと楽しいことをしていたい、ごく普通の中学2年生である。

 今も格ゲーのプレイキャラを素早くセレクトした。


「縁侍さん頑張って」


「お兄ちゃん頑張ってね!」


 縁侍君に向かって黄色い声援が飛ぶ。

 羨ましい。もう少し女の子の年齢が高ければ嫉妬していたくらいには羨ましい。


「聖、やっちゃえ!」


「兄ちゃんなんてやっつけろ!」


 おう、任せろ。

 お前達だけが俺の味方だ。

 低学年男子組として、下克上してやろう!


「ふっ、他愛無いな」


 負けた。うん、まぁ知ってた。

 だって縁侍君、内気フル活用で格ゲー準ガチ勢だから。

 勝てるわけがない。


「その目も内気でしたっけ」


「これはズルじゃないからな」


 確かにズルではない。自らの力をフル活用しただけ。

 内気を目に作用させることで視力を上げ、妖怪の神速の攻撃すら捉えてしまう。先生曰く、鬼との模擬戦で武士が攻撃をいなせたのもこれが理由の1つだという。

 視力にもいろいろな種類があるが、静止視力と動体視力、瞬間視力や周辺視力、深視力などなど、その全てが向上すると言っていた。


 それだけでもすごいのに、さらに応用編までいくと思考判断力も少し上がるという、とんでも効果を持つ内気利用方法だ。

 遠的に石を当てる訓練がその初歩だとか。

 ただし、思考判断力アップは内気の才能あふれる縁侍君ですら中学生まで習得できなかったし、大人になっても習得できない武士がちらほらいたり。

 全くもって、内気には夢が溢れている。


 それでなくともライト勢はガチ勢に勝てない。

 それが格ゲーである。


「くそ~、聖でも勝てなかったか」


「はっはっは、トレモに籠って出直すんだな」


「トレモって何?」


 超えることのできない圧倒的格差を、この子たちはまだ理解できていない。

 そのおかげでゲームを楽しめているので、知らない方がある意味幸せなのかも。

 俺は最初から負ける気で戦っちゃったし。


 コントローラーを隣の純恋ちゃんへ渡すと、ちょうどポケットのスマホから着信音が鳴った。

 ゲーム観戦を中断し、隣の空き部屋へ移動する。

 着信画面に表示されたのは予想通りの名前であった。


「もしもし、お母さん?」


『聖、元気にしていますか?』


「うん、元気だよ。いま皆とゲームしてたところ」


『あら、邪魔しちゃってごめんなさい。聖の元気な声が聞けて安心しました。皆のところに戻ってもいいですよ』


「ううん、お母さんと優也の方が大事だから」


 お母様は親父と毎日連絡を取り合っているようで、3日に1回俺にも電話をかけてくる。

 主に俺がこちらでの体験談を報告することが多く、優也とも電話を代わってもらっていろいろ話した。優也は生まれてこの方ずっと一緒だったので、長いあいだ兄と離れ離れな状況に戸惑っており、「早く帰ってきてね」と言われた時には本気で訓練を中止するか悩んだものだ。

 今日も似たような話をし、おやすみの挨拶を交わしたところでお母様が聞いてきた。


『そうそう、今月も源さんからお誘いを頂いたのですが、どうしましょう。聖は雫ちゃんたちと遊びたいですか』


 そういえば今月もお茶会があるんだっけ。

 ほぼ毎月行ってるし、今月は不参加でも問題ないだろう。


「いいや。夏休みの間は内気の訓練を頑張りたい」


『分かりました。聖は本当に頑張り屋さんですね。あまり無理をしてはダメですよ。体に気を付けて、夏休みを楽しんでくださいね』


「うん、わかった」


 スマホの通話画面が消え、ほんの僅かな寂寥感を覚える。

 前世の死に際は着信自体なかったというのに。


「おっ、聖戻ってきた!」


「次聖の番!」


 電話している間に一巡していたらしい。

 低学年男子組の賑やかな歓迎によって、僅かな寂寥感は打ち消された。


「よーし、次こそ縁侍君に勝つぞ」


「「やっちゃえ!」」


 彼らとはこれから長い付き合いになるだろう。

 幼稚園と小学校で培った経験により、小学生男子の好むノリは分かっている。

 この技術を駆使し、もっと仲良くなれるよう夏の思い出を増やすのであった。



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