第77話 武家見学3


 ここまでの訓練内容を振り返ると、御剣家の活動方針が見てとれる。


 命大事に


 ゲームと違って回復魔法なんて存在しない現実世界。そうなるのも当然か。

 人材発掘はただでさえ困難なのに、陰陽師界隈の人口減少がさらに拍車を掛けている。

 それを乗り越えても、人材育成はとんでもなく手間と金がかかるものだ。簡単に転職されてはかなわないし、殉職されたら全て水の泡となる。

 必然、社員を大切にするようになる。

 PMCに近い組織だから、人材こそ会社の資産と言えるのかもしれない。

 そんな裏側がうっすら見えてきた。



 真夏の太陽の下、木陰に立って見ているだけで汗が滲む。

 走りまくっている大人達は熱中症にならないのだろうか。1回撤退する毎に水分補給したり、塩飴を舐めたりしているが、照りつける日差しが和らぐわけではない。

 しかも、敢えて限界へ追い込むように、ろくに休憩を挟まず撤退訓練が繰り返されている。


 ピピピ ピピピ ピピピ

 

「午前の訓練はここまでとする」


 スマホのアラームを止めた御剣様がそう言うと、男達は揃って笑顔を浮かべる。

 陰陽師も武士も関係なく、皆んな汗だくだ。

 休憩時間が待ち遠しかったことだろう。


「暑くて敵わん。さっさと引き上げるぞ」


「「「おう!」」」

 

 見事に揃った返事だった。

 内気や霊力があっても暑いものは暑い。超人的な肉体を持つ御剣様とて例外ではないようだ。


 一行は並足で山道を戻って行く。

 今回は俺も彼らの後ろについていけた。

 目的地は御剣家の母家。そこで昼休憩をとるらしい。


 目的地が近づくにつれ、男達の足取りは軽くなっていく。

 やがて見えてきたのは、何度か見たことがあるのに一度も入ったことのない御剣家の母家。

 大きな玄関は開け放たれており、俺たちを歓迎しているようだった。


「いやー暑かったなー」

「ただいま戻りました!」

「今日のおかずなんだろう」

 

 勝手知ったる我が家とでも言うように、男達は広い玄関で靴を脱ぎ、日本家屋へ入っていく。

 脱いだ靴をしっかり整えるあたり、御剣家に雇われるのは名家出身ばかりであると察することができる。


「お邪魔します」


 俺も親父の後に続いて玄関をくぐる。

 中は外観に違わぬシンプルな作りで、飾りっ気がない。

 安倍家では入って早々装飾品の数々が出迎えてくれたのだが、こちらには財力をアピールするつもりがないように見える。

 そもそも、安倍家の母家は歴史ある建物の重厚感で満ちていたのに対し、御剣家の母家は新築特有の清潔感に溢れている。

 どちらも同じくらい歴史ある御家なのに、住んでいる家は随分違うようだ。


 誰よりも長く激しく走ったはずなのに、息を切らすことなく先陣を切って進んだ御剣様が、誰へともなく問いかける。


「飯はできてるか」


「あと少しでできますから、皆さん先に汗を流してきてくださいな」


 タイミングよく玄関に姿を表したのは、御剣様と同じくらいお歳を召した、割烹着のよく似合う女性である。

 背中はピンと伸びているが、もともと小柄なようで、皺の刻まれた小さな顔はとても可愛らしい。

 初対面なのに、なぜか親しみすら覚えてしまう雰囲気を纏っている。


「あなたが聖くん? はじめまして、私幸子っていうの。この人の妻で、縁侍えんじのおばあちゃん。よろしくね。聖くんは今何年生かな?」


「はじめまして。峡部 聖です。今年小学一年生になりました。いつも父がお世話になってます」


「まぁ、とっても立派な挨拶ね! お腹すいたでしょう? 美味しいご飯用意するから、いっぱい食べて」


 この人と話していると、前世の祖父母を思い出す。

 俺が子供の頃、両親の実家へ行くたびにこんな風に歓迎してくれたっけ。

 今世の祖母はあまりに品が良すぎるので、この思い出には結びつかなかった。すごく懐かしい気分だ。


 俺がお行儀よく靴を脱ぐ後ろで、2人が話し始める。


「縁侍はどこだ」


「貴方の方に行ったのでは?」


 縁侍。

 幸子さんの自己紹介にも出てきた人名だ。

 御剣様のお孫さんということは、たしか中学2年生だったはず。


「また訓練をサボってゲームでもしとるのか」


「まぁまぁ、せっかくの夏休みですし、少しくらいいいじゃありませんか」


「あいつの場合、少しでは済まないから問題だ」


 まだ会ったことのない縁侍君だが、俺は彼に親近感を抱いた。

 夏休みは遊びたいよね、宿題なんか後回しでゲームしちゃうよね、気づいたら1日終わってるよね。

 そして、登校日目前になって半べそかきながら夏休みの宿題をやっつけるんだ……。


 これもまた、夏休みの醍醐味である。

 

「聖、こっちだ」


 前世の夏休み回想は強制終了させられた。

 親父の後をついて行くと、そこは襖を全開にして作られた大部屋だった。

 エアコンがガンガン効いており、生き返るような心地だ。


「ここに荷物を置いて、浴場へ行く」


 銭湯のような大浴場で汗を流してスッキリした後、裸の付き合いをしたみんなと仲良く大部屋へ戻れば、大きなローテーブルにたくさんの料理が並んでいるではないか。

 部屋にはその料理を配膳する少年少女がいた。


 男達が定位置に座りながら彼らに話しかける。


「おっ、縁侍君おはよう。まーたゲームやってたのか?」


「皆おはよ。夏休みなんだし、遊んだっていいじゃん。外暑いし」


「訓練は毎日の積み重ねだ。サボった罰として配膳させられてるのだろう」


「大勝おじさん、いっつも爺ちゃんみたいなこと言う」


 ほぅ、彼が噂の縁侍君か。

 御剣家当主の息子であり、縁武様の孫、将来的にこれ以上ない武家へのコネとなろう。

 晴空君と並んで是非とも知己を結びたい相手である。


純恋すみれちゃん、百合華ゆりかちゃん、いつもお手伝い偉いね」


「みつるぎの娘なら、とーぜんだもん」


「ゆりかえらい? じゃあおじさん、この前のおかしちょうだい」


「あれはお土産だからもうないんだよ。別のお菓子でもいい?」


 あっちは御剣家の娘か。

 長男の話は聞いていたが、娘がいるとは知らなかった。

 俺と同じくらいの背丈で、2人そっくりな顔立ちを見るに双子なのかもしれない。


 彼女たちの後ろから、お盆を手に持った2人の女性が現れる。

 1人は先ほど挨拶をした幸子さんだ。


「2人とも、もう少し手伝ってちょうだいね。あっちに醤油の小皿があるから取ってきてくれる?」


「「はーい」」


 2人が部屋を出て行ったところで、もう1人の女性がお土産の男性に声を掛けた。


「可愛がってくれるのはありがたいですが、あんまり甘やかさないでください」


「すみません、蓮華れんげさん。いやぁ、うちには娘がいないから、つい」


 蓮華……聞いたことがあるような、ないような。

 あの2人の母親だろうか。すると、当主の妻ってことになる。

 超重要人物ばかりじゃないですかー。


「いただきます」


「「「いただきます!」」」


 俺がどうやって彼女らと関りを持とうか悩んでいるうちに、配膳が終わってしまったようだ。

 御剣様の後に続いて挨拶をし、早速食事が始まる。

 縁侍君と女性陣は一緒に食事をとるわけではないようで、この場にはいない。

 まぁ、またの機会に挨拶すればいいか。


「ん、美味しい」


「揚げ物はすぐになくなるから、今のうちに取っておきなさい」


 そう言って親父が唐揚げを取り皿に分けてくれた。

 子供の腕には少し遠い位置にお皿があったから助かる。

 でも、大皿に山盛りの唐揚げがすぐになくなるなんて思えな……い……。


 もう半分しかないじゃん。

 

 いただきますしてからまだ数分だぞ。

 いくら腹ペコだからって、思春期男子みたいな食欲を発揮するには皆年齢がいささか高すぎると思うのだが……。


 よく見てみれば、皆碌に咀嚼していない。


 こ、これは社会人必須スキル『早食い』だ!

 限られた休憩時間のなか、午後の仕事に備えるため少しでも睡眠時間を確保しなければならず、仕方なく習得する不健康スキル。

 サラリーマンはもとい、ガテン系なら特に休憩の使い方が重要になってくる。

 俺も午睡必須派だったから、よくデスクに突っ伏していたっけ。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 それぞれのタイミングで食事を終えると、それまで座っていた座布団を枕にして寝転ぶ者が出てきた。

 畳敷きの大部屋はたちまち男たちの昼寝場所へと変わってしまう。

 昼休憩にいろいろ話を聞けるのではと考えていた俺は、この状況に困惑を隠せない。

 でも、納得してしまった。


「あれだけ運動したら疲れるよね」


 むしろ昼寝しないでスマホを弄っているメンツが凄い。

 どんな体力をしているんだ。


「聖も寝ておくといい。15時に午後の訓練が始まる」


「休憩3時間? 長いね」


「霊力をある程度回復するにはそれくらい必要だ」


 なるほど、全ては霊力を回復するためか。

 俺は微塵も消費していないが、食後の心地よい睡魔に身を任せ、親父と一緒に眠りにつくのだった。


 ……そういえば、親父と一緒に昼寝するのは初めてかもしれない。



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