第76話 武家見学2
御剣様の号令によって一同は外へ出た。
さて、今度は何をするのかと期待してみれば――。
「総員駆け足!」
「「「おうっ」」」
また走るのか?
母屋の周辺をランニング……ではなく、一行は山間に続く道を突き進んでいく。
今度はいったいどこへ。
親父が俺の背中に手を当てて教えてくれた。
「訓練場へ移動する。走れるか」
「余裕」
既に体力は完全回復している。
訓練場といえば、親父が鬼と戦ったあの場所だ。
ここからあそこまで結構距離はあったはずだが、皆全力で駆けていく。
大半は30代、中には中年も混ざっているというのに、とんでもない健脚である。
俺の歩幅では追いつけないので、自分のペースで追いかけることにした。
「その歳でこれだけ走れるなら十分だ。いや、十分すぎるくらいか」
「走るのは得意なので」
今回は御剣様も俺に合わせて走ってくれた。
親父が先導し、その後に俺が続き、最後に御剣様が走る。
後ろから視線を感じるなと思っていると、先ほどの言葉をかけられた。
多分、御剣様は俺が身体強化系の陰陽術を使っていることに気が付いている。
俺の身体強化は武僧と違い、陰陽術というよりも霊力の応用であり、話に聞く限り内気の運用に近い。なおのこと見破られそうだ。
表面的な情報がバレることは承知の上だが、俺の内側を見透かされているようで……なんとも落ち着かない。
「ふむ、体の軸がブレておる。もっと体の芯を意識してみよ」
武闘派の人には他人の体の使い方が見えるものなのか、そんなアドバイスを頂いた。
俺の内側って内面のことであって、体の中身ってことではないのですが……。
「こうですか」
「違う。丹田に力を込め、もっと胸を張れ。重心は上半身に。腕の力は抜け。その走り方ではすぐに疲れるぞ」
突然ランニングフォームの指導が始まった。
一気に言われても困る。
えーっと、お
「上半身を曲げるな、体はまっすぐに。顎を引け。脱力しろとは言ったが、腕を振らないというわけではない。視線は常に前で固定だ」
起伏の激しい山道を走りながら指導に従うのは俺ですらきつい。
そもそも御剣様の言っていることが矛盾しているようで、理解するのが難しすぎた。
言われるがままに修整し、その度にダメ出しをくらう。
「まだまだ言いたいことはあるが、ここまでだな。最初よりは幾ばくかマシになった」
御剣様による貴重な指導タイムは訓練場に到着するまで続いた。
俺なりに頑張ったつもりだが、及第点すら貰えないようだ。
小学1年生に厳しすぎません?
「前より走りやすくなったであろう」
「むしろ疲れました」
「変なところに力が入っているからそうなる。良い体を持ってるが、センスの方はからっきしだな」
あぁっ!
俺が気にしていることをよくも言ったな!
薄々気付いていたけど、前世も今世も運動センスには恵まれなかった。
子供達相手に身体能力でゴリ押しするから勝てるだけで、テクニックが必要な球技ではこれまでのような活躍はできないだろう。
大人になってプロの世界に入れば尚のこと。
みっちり練習すればセンスの差を身体強化で埋められるかもしれないが、天才には勝てないし、何よりスポーツに熱意を向けることはできない。
今は人生を陰陽術に全振りしてるので。
それら事実は重々理解しているが、他人に言われるのは嫌だった。
正直バレるだけでも恥ずかしい。俺のプライドは無駄に高いのだ。
俺達が到着する前に、大人達は訓練場で隊列を組んでいた。
全力疾走の疲労は大きく、陰陽師たちはまだ息が上がっている。
この状態からどんな訓練をするのだろうか。
「強とここで見ていろ」
俺に指示を出した御剣様は集団の前で仁王立ちする。
「撤退訓練を行う! 力を振り絞って生き残れ!」
トップの指示を受け、男達が幾分疲れた声で返事をした。
先ほどの訓練で霊力を減らし、山道のランニングで体力を使い切り、疲労困憊な状態で行う撤退訓練。
どんな状況を想定しているのか、簡単に予想できる。
強敵との死闘から離脱するための訓練だろう。
訓練場の中央には
御剣様が案山子の後ろに立ち、これで準備は整ったようだ。
「総員攻撃
大勝さんの短い号令を受け、武士が案山子に斬りかかり、陰陽師が札を1枚飛ばす。
刀は敢えて案山子の手前で振り下ろされ、武士はすぐさま後ろに飛びのいた。20枚の札はカカシに直撃し、陰陽五行様々な属性の攻撃によって地を抉るほどの破壊をもたらした。
つまり、これだけの攻撃をぶつけても倒せないような強敵がいるということ。
そんな妖怪がホイホイ出てこないことを祈る。
「儂に捕まった者は基礎訓練に強制参加だぁ!」
土煙を突き破って現れたのは、抜き身の刀を持った御剣様だ。
あの輝きはもしや、木刀じゃなくて真剣か?
撤退訓練というだけあって、札を飛ばした瞬間、大人達は一斉に散開している。
2人1組でバラバラの方角へ逃げることにより、生存率を上げる狙いのようだ。
それを追うのが妖怪役の御剣様である。
陸上選手も真っ青な俊足で訓練場を駆け抜け、足の遅い陰陽師に襲い掛かる。
「急急如律令!」
「こんなもので妖怪の攻撃を凌げると思ぅたか!」
狙われた陰陽師が慌てて結界を張るも、刀の一振りで破壊されてしまった。
先を走っていた相方が足を止め、焔之札を飛ばして逃げる隙を作ろうとする。
「走れ!」
「もっと火力を上げねば、妖怪は意にも介さんぞ!」
だが、御剣様は生身の拳で爆発を打ち払い、そのまま2人とも捕獲してしまった。
確かに焔之札は見た目ほど火力はない。
物理効果50%、霊体効果50%くらいで構成されているので、皮膚に伝わる熱量は同サイズの炎の半分程度。
それでも素手で触れたら間違いなく火傷する。
俺は親父に問いかけた。
「あれ、痛くないの?」
「内気の達人ともなれば、札の1枚程度では傷つかないそうだ」
人間やめてるじゃねぇか。
さすがは御剣様、妖怪退治の前衛集団で頭を務めるだけある。
……なんて感心してしまったが、あれ、俺にも真似できるのでは?
身体強化が使える俺にとっては不可能ではない。
石を殴るのは試せても、火で炙るのは本能的に避けていた。
今度ライターで試してみるか。
「明石と森田脱落!」
宣告されたペアの基礎訓練強制参加が決定した。
「すまん、俺の足が遅いから……」「いや、俺も大差ないからお互い様だ」なんてやりとりが聞こえてきた。
ここで一旦仕切り直しかと思いきや、御剣様は森の中へと突っ込み、姿が見えなくなった。
ボバン ドゴン!
誰か見つかったのだろう、木々の向こうで戦闘音が響く。
やがて、森の中から気絶した大人2人を引きずる御剣様が姿を現した。
他のメンバーは既に森の中へ姿を消しており、影も形もない。さすがの御剣様とて、全力で撤退する大人相手では2組仕留めるので精一杯のようだ。
いや、十分すぎるくらいの戦果だな。
「次行くぞ!」
御剣様が大声で宣言するも、さすがに森の中まで声は通らない。
どうやって呼び戻すのかと思えば、御剣様はポケットから何かを取り出した。
「何してるの?」
「スマホでメッセージを送ってらっしゃる」
「それは見れば分かるけど、なんで訓練中にそんなもの持ってるの?」
「御剣家から支給されている備品だ。広大な敷地で訓練をしていると、今のように仲間の居場所が分からなくなることがままある。そのような時はGPSで調べたり、メッセージを送って集合する。緊急任務で召集がかかることもある」
親父の解説通り、散ったはずのメンバーはすぐに集結した。
よくよく見てみれば、彼らのジャージのポケットはスマホの形に浮かび上がっている。
出勤時、ビルの受付で渡されるらしい。
俺が首から下げている見学許可証にもGPS機能が付いているそうだ。
デジタル化の波は陰陽師界にも押し寄せていた。
「ここ最近のことだがな」
「任務でも使うの?」
「いや、半々だ。災害型相手だと使えなくなることが多い」
災害型と呼ばれる霊体特化の妖怪は磁場を乱し、電子機器を使えなくすることがあるという。
そういう時は、我が家の式神が活躍する。むしろ、デバイスが導入される前は式神が主流だったそうな。
ネズミ型の式神が臭いや痕跡で仲間を発見し、情報伝達するのだ。
どの会社も社員全員にノートPCを貸与するのが当たり前な時代である。
妖怪のせいでデジタル化が遅かったほうと言えよう。
……もしかしたら、親父が鬼退治に臨んだ理由には、式神の需要低下も含まれていたのかもしれないな。
「よし、次いくぞ!」
「「「おぅ……」」」
撤退訓練はその後2回繰り返され、きっちり6組12人の基礎訓練強制参加が決定した。
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