第22話 才なき子供
「優也は……?」
「毎日元気に過ごしていましたよ」
そうか、と呟いた強は強張っていた表情を緩めた。
仕事から帰ってきた彼はただいまと言うより先に息子の安否を確認した。
まるで、息子に何か起こっているのではないかと心配しているかのように。
「聖ったら、1日中優也の傍にいて、よく面倒を見てくれるんですよ。私よりも聖に懐いているくらいです」
「……そうか」
スーツを脱いだ強は、妻に甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、部屋着へと着替える。
ずっと家にいない自分は子供たちにどう思われているのだろうか、顔を忘れられていないだろうか、内心そんな心配をしながら。
「明日はお休みでしょう? 子供達と遊んであげてください」
「それは難しい。札の補充と召喚儀式用の消耗品を買いそろえる必要がある。式神に報酬の霊力を渡さなければならないし……」
「子供たちと思い出を作れるのは今だけですよ。どうしても無理ですか?」
霊力を渡すと著しく体力を消耗する。
今回の仕事では特に多くの式神を使役したため、子供たちと遊べるほどの余裕はないだろう。
峡部家は今、危急存亡の
多少無理をせねば、大切な家族を守り切れない。
強は麗華に返事をせず、寝室へ向かう。
襖をそっと開ければ、そこには穏やかな寝顔を見せる子供たちがいた。
「……本当に、半年を生き残ったか」
「はい、お札も毎日確認していますが、焦げ跡1つありませんよ」
陰陽師の才を受け継がなかった息子、優也。
この子が峡部家で半年生きられるかどうかは賭けだった。
「あなた、本当に優也はこの家にいては危ないのですか? 疑うわけではありませんが、実感がありません」
「……私には兄が2人いたそうだが、2人とも数ヵ月で突然死している。記録にも同じような例が多数存在する。陰陽師の才なき者にとってこの地は呪いに等しい。護符があっても、1年生き残れたら奇跡だ」
聖の予想通り、一般人は陰陽師の家で生き残れない。
もちろん峡部家にも陰陽師の才を受け継がなかった子はたくさん産まれており、きちんと大人になれた子供もいる。しかし、それは少数で、しかも養子としてこの家から出されたケースが多い。
それは他家でも同じこと。避けられない定めなのだ。
「この家を離れることは……」
「ダメだ。聖はこの地……霊脈の上にて育てねばならない。峡部家のしきたりは絶対だ」
原因が分かっているのだから「この家を捨てればいい」と考えるのは普通だ。
だが、そういうわけにはいかないからこそ代々当主が悩んで来たのである。
“霊脈に接する土地で育った子供は霊力が高くなる。”
霊脈そのものではなく、聖が呼ぶところの不思議生物が直接の原因なのだが、それはまだ明らかになっていない。
大人たちには不思議生物が見えずとも、経験則でそれが分かっている。だから峡部家では“1歳を過ぎるまで極力家から出さない”というしきたりもある。
そして、峡部家が陰陽師としての地位を維持するためには、この優位性を手放すわけにはいかない。
麗華もそのことは重々承知している。お家や聖のためにこの土地に残ったほうがいいということも、優也を養子に出したほうがいいということも。
それでも、生まれたばかりの可愛い子供を手放すことができなかった。
一般人である彼女にはお家のためと割り切ることができなかったのだ。
理性と本能の狭間でもがき苦しむ妻を見て、強は優也を養子に出す案を取りやめた。
そして、神聖な儀式によって作り出される高価な護符を購入し、優也の守りとした。
この護符の効果はある程度信頼でき、陰陽師界の御三家が使用していることで有名なのだ。
「ここまで生き残ったのなら、もう養子に出す必要はない。普通なら半年ほどで護符が燃え尽き、死ぬ可能性は十分にあった。1人の子に2枚の加護は与えられない」
神の祝福たる神聖な護符は連続使用できない。
ゆえに、御三家といえど陰陽師の才なき子供は大抵養子に出されてしまう。
我が子の死を看取るのは辛すぎるから。
ならば、今の状況はおかしい。
護符が全く穢れず、優也も健康に過ごしている現状は、あまりに異常である。
「この子が本当に守ってくれているのかもしれませんね」
すやすや眠る聖の頭を撫でながら、麗華が言う。
その可能性はありえない、強の理性はそう断言するが、口から出ることはなかった。
優也の誕生の儀を行う際、聖から感じた強い意志が忘れられなかったからだ。
陰陽術にはまだまだ解明されていないことも多い。峡部家が専門とする召喚術ですら詳細な原理は明らかとなっていないのだから。
ならば、幼子の強い意志が奇跡を起こすことも否定はできない。
「そうかも、しれんな」
「そうに決まっています。聖は優秀な子ですから、きっと立派な陰陽師になりますよ」
親バカといわれそうだが、既にその片鱗は見せている。
もしかしたら、本当に峡部家を盛り立ててくれるかもしれない。
穏やかに眠る長男を見て、強は無意識に頬が緩むのであった。
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