第21話 公園
弟が生まれてからまた月日が流れた。
赤ん坊の成長は著しく、たったの半年でお座りできるようになっていた。
俺のことを家族だと認識しているみたいだし、無邪気に鼻を掴んでくる様子は可愛らしい。
家族としての絆を深めている間にも、俺は成長している。
霊力はもちろんのこと、精錬スピードも上がっている。今では重霊素を無駄遣いしても気にならないくらいたくさん集まった。
それでも、陰陽術にどれだけの霊素を使うか分からない。将来の手札を少しでも増やせるよう、俺は今も全力で精錬を続けている。
む、また来たか。
俺は触手で察知した不思議生物を即座に捕獲した。
そいつが狙っていたのは俺の弟である優也だ。
寝ている弟の口元に這い上がろうとしたところで、俺の張っていた網状触手に引っかかったのだ。
まったく、油断も隙も無い。
弟には陰陽師の才能が全くないらしく、いうなれば前世の俺と同じ肉体を持っている。
不思議生物が見えないし、霊力が操れないし、そもそも霊力が体内に存在しない。
なので、不思議生物に襲われたら負けてしまう。
弟が不思議生物に乗っ取られるなんて許せん。
俺は24時間トラップを張って弟を守っていた。
ただそうなると気になるのは、陰陽師の才能がない子供が生まれた時、これまでどうしていたのかということだ。
この家は明らかに不思議生物の溜まり場である。
どうあがいても奴らを駆逐することは出来ず、いつの間にか赤ん坊の口元へ接近している。
一般人の体が不思議生物に対抗できないのなら、あっという間に乗っ取られてしまい、大人になるまで生きられないだろう。
俺だって、触手の可動範囲が家の端から端まで延ばせなかったら諦めていたほど大変な作業だ。
もしかしたら、不思議生物を認識できない大人たちは子供が突然死したと思うのかもしれない。
現代日本でもわりと起こるらしいので、不思議生物が原因なのかも。
「優也は寝たばかりですし、2人ですこし散歩に行きましょうか」
時折お母様はこういう提案をしてくる。
リビングに置いてあった子育て雑誌によると、「弟が生まれたことで構ってもらえなくなったお兄ちゃんが寂しがります。なので、ほんの短い間でも2人きりの時間を作って愛情を注いであげましょう」とのこと。
大丈夫です、十分すぎるくらい愛情を感じております。
むしろ、今は優也と離れすぎたら守れなくなってしまう。
「ゆうやがおきたら、いっしょにいこ」
「弟想いの良いお兄ちゃんですね。たまには我が儘を言ってもいいんですよ」
そう言って後ろから抱きしめてくれるお母様。
大きなお胸様が後頭部にあたっているが、エロい気持ちは全く湧かず、ただただ安心感に包まれる。
静寂が部屋に満ち、お母様の心音のみが聞こえる。
こういう穏やかな時間は今だけ。大人になったら二度と味わえない。
もしかしたら、リア充たちは大人になっても味わっているのか? いやいや、リア充とて仕事や課題、悩み事などから逃れられない。
そういうしがらみが全くない今という時間は、やっぱりかけがえのないものだ。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
「それでは、優也が起きたらお散歩しましょうか。それまでお母さんはお掃除していますね」
お母様の温もりが離れていく。
残念だけど、こんな時間がずっと続かないことはよく知っている。
少しでもいい未来へたどり着けるよう、独り立ちのその時までに頑張らなければ。
「だいななせいれん、どうすればいいんだろ」
実のところ、俺は霊力の精錬で行き詰まっていた。
第
しかし、第
第陸精錬霊素をあれこれこねくり回しているが、全て空回り。次の段階へ至るビジョンが全く浮かばないのだ。
「そもそも、おんみょうじゅつをならってみないと、れいそのつよさがわかんない」
かれこれ半年ほどおんみょーじチャンネルを見て、基礎的な知識は手に入れた。
しかし、本命である陰陽術は何一つ覚えていない。
そりゃあそうだ、どの家も陰陽術を秘匿しているのだから。
おんみょーじチャンネルでも教えてくれたのは誰もが知っている知識だけ。その中には誕生の儀や覚醒の御魂も含まれていた。
ただ、覚醒の御魂が黒くなかったり、祝詞の文言が違ったり、いろいろ差異があることから、お家ごとに工夫が凝らしてあるのだと思う。
結局どれもこれも中途半端な知識となっているのが現状だ。
最近は起きている間中ずっと第陸精錬を行っており、触手一本分くらい溜まった。果たして、我が家に伝わる陰陽術でどれほどの威力を発揮してくれるのか、そもそも精錬自体意味があるのか、答え合わせをしたいなぁ。
まぁ、第
「あぅ」
「おきた? おにいちゃんといっしょに、おさんぽいこうね」
精錬しているとあっという間に時が過ぎ、弟が目を覚ました。
頭を撫でてあげれば「にぱっ」と効果音が付きそうな可愛い笑顔を見せてくれる。
俺がお兄ちゃんだと分かっているのだ。
「うー、あーー!」
指を掴もうとするので大人しく捕まってあげれば、きゃっきゃっと無邪気に喜ぶ。
ふふふ、可愛い。
弟を前にすると可愛いという形容詞しか浮かんでこない。
「優也が起きましたね。それじゃあ、公園までお散歩しましょう」
お母様と共に外へ。
1歳児がお散歩するのにちょうど良い距離に公園がある。
優也はベビーカーに乗って移動中。
このベビーカー、優也が生まれてから買ったもので、俺は使ったことがない。
優也が生まれてから気づいたのだが、俺は生まれてからこの歳になるまで碌に外出していないのだ。
普通なら赤ん坊に外の景色を見せて刺激を与えたり、体の成長を促すために外へ連れていくものである。実際、優也はちょくちょくお散歩に行く。なのに、俺は1歳になるまでずっと屋内にいて、定期検診やどうしても俺を置いて行けないときくらいしか外へ連れ出さなかった。
買い物だってスーパーのオンラインストアで購入し、届けてもらっていたほど。
この徹底ぶり、何か理由があるのだろうな。
一般人と陰陽師。
どちらも経験している俺に分かるのは、霊力の有無だけ。
生物としては全く同じはずなのに、どうしてこんな差が生まれるのやら。
「さぁ、聖、遊んできていいですよ」
「うん」
やってきた公園には結構な数の先客がいた。
今日は日曜日。
休日に子供を外へ連れ出してあげる親が多いのだろう。
お母様はかなり社交的で、あっという間に仲良しグループを作っていた。
グループの奥様方はなんというか上品で、お母様と同じく穏やかな性格の人が多い。
その中でもうちのお母様が一番美人だ。なんか勝った気がする。
さて、俺も遊ぶとするかね。
ここに来るようになってから定位置となっている砂場、その一角に腰を下ろし、砂弄りをする———ように見せかけて、実際は霊力精錬に全神経を集中させる。
外には不思議生物がいない為、優也の護衛をする必要がない。
全能力がフリーとなった今、俺はひたすら第壱~第陸精錬を行い、並行して第漆精錬発見に向けた試行を繰り返す。
体内にある不思議空間、その中において霊力は自分の思い通りに動かせる。
しかも、成長するごとにその能力は向上している。
1歳になったばかりの頃よりも1日に精錬できる霊力量が増えていることに気付いたのだ。
霊素が増え、重霊素が増え、その先の数が限られる霊素も日増しに増えていく。
第漆精錬が見つかったら、そこそこ増えてきた第陸精錬霊素をつぎ込んでやろう。
「聖君、今日も砂遊びしているわね。一人遊びが好きなのかしら」
「まだ小さいから、年上の子が怖いのでは?」
「うちの子に面倒見るよう言ってみるわ。長男は年下の扱いには慣れているから。聖君だってみんなと遊ぶ方が楽しいでしょうし」
精錬に没頭していると、そんな会話が聞こえてきた。
俺、心配されている?
中身が大人な俺としては、遊具で遊ぶのも退屈だし、小さい子に合わせて行動するのがつらいからこうしているのだが……。
客観的に考えて、自分の子供がいつまで経っても友達を作らないのは不安になるのではないか?
「皆さんお気遣いありがとうございます。由香里さんのご提案もとても嬉しく思います。ですが、聖は聡い子ですから、きっと、自分なりに考えて好きなことをしているのだと思います。もう少し様子を見て、その時はお願いするかもしれません」
お母様断ってるけどめっちゃくちゃ心配してるじゃん。
え、俺が悪いの? 俺が悪いね。でもどうしようもないだろう。
同年代の子と碌に会話できないんだから。
加奈ちゃん同様、バラバラな単語を好き勝手並べているような彼らと付き合う。それは遊びではなく保育士の仕事である。
なぜ好き好んで他人の子供の面倒を見なければならない。人脈づくりをするならせめて大人になっても記憶の残る幼稚園以降が好ましい。
なら、こういう時間も有名人になるための修練に使うべきだ。
……友達作るべきかな。
お母様が心配するので、俺はこれ以降あまり公園に行かなくなった。
根本的解決になっていないが、今はこれで良しとする。もう少し大きくなったら将来の人脈づくり頑張るから。
「あぁーう」
「ゆうやはともだちたくさんつくるんだぞ」
俺は将来に向けて地道に努力しながら、弟の成長を見守るのだった。
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