第23話 天橋陣1



 2歳になった。

 子供の体というのは成長が早い。

 走ることも出来るようになったし、舌も十全に動かせるようになった。

 そのうえ身体強化が加われば、ほとんどの事はこなせるようになる。


 今だって、寝室の衣装箪笥から取り出した服を着ているところだ。


「もう1人でお着替えできるようになったのですか? 教えていないのに……」


 さすがに1歳では腕の可動範囲などの問題で難しかったが、2歳になったことで着替えられるようになった。

 トイレも1人で出来るようになったし、ようやく介護状態から解放される。

 羞恥心はとうの昔に捨てたけれど、人にお世話されるというのは……こう……申し訳なさが込み上げてくるというか。


「自分のことは自分でやりたい」


「もう少しくらいお母さんに甘えてくれていいんですよ」


 本当に残念そうなお母様。

 でも俺は知っている。1歳半~3歳の間は幼児前期と呼ばれ、自律性が育まれる時期であると。お母様の子育てブックに載っていた。

 この頃から子供は「自分でやる!」と言うようになるのだ。俺が1人で自分のことをやり初めてもなんらおかしくない。


「まんま」


「お兄ちゃんの真似をして優也も成長が早いですし、ちょっと寂しいです」


 確かに、1歳になった優也は俺の真似をするようになった。

 俺の真似をして歩こうとするし、着替えようとするし、自分で食べようとするし、トイレだって1人でやりたがる。

 まぁどれもこれも上手くできなくて余計にお母様の手を煩わせているだけなのだが。

 それでもお母様に向かってフラフラ歩く優也からは大きな成長を感じる。


「可愛いね」


「聖も可愛いですよ。さぁ、お着替えが終わったらお出かけしましょう」


 今日は久しぶりのお出かけである。

 俺は滅多に公園に行かないうえに、最近では買い物すらついて行かずお留守番している。

 端的に言って引きこもりだ。

 理由はいくつかあるが、最大の理由は外に不思議生物がいないから。罠を張って捕獲するには時間がかかるので、家にいた方が時間を有効に使える。


 普通なら外に出て遊びなさいというところだが、なぜかお母様はそれをダメとは言わない。

 陰陽師の教育方針なのか、もしくは子供の多様性を大切にしているのだろうか。

 陰陽師っていうと日陰のイメージあるから、インドア生活に理解があるのかな。

 どちらにせよ、俺にとっては都合が良かった。


 そんな俺が久しぶりに出かける目的は、ちょっと遠出してのピクニックである。

 なんでも自然豊かな場所で、陰陽師関係者しか入ることの許されない、本当の意味での隠れた名所なんだとか。


「よし、全員揃ったな。行くぞ」


 今回は珍しくクソ親父もいる。家族そろってのお出かけだ。

 休日でも家を空けているか寝ているクソ親父とおでかけなんて、生まれ変わって初めてのことである。

 和服かスーツ姿しか見たことのないクソ親父の外行きは、思っていたよりも普通な洋服姿だった。というかユニク〇だった。


 我が家には車がないため、バスや電車など公共交通機関を利用して移動する。

 まだ満足に歩けない優也はベビーカーで、俺は短い脚を必死に動かしてついていく。

 俺と手を繋いでいるクソ親父はどことなく嬉しそうだ。

 社畜時代を思い出せばその苦労が偲ばれる。全くと言っていいほど家族サービス出来ない多忙さに、同情の余地はある。

 だが、俺としてはお母様をもっと甘やかしてほしいところ。新婚みたいだし、息子よりも妻の方を大事にしてくれ。


 1時間ほど移動した頃、俺達は目的地にたどり着いた。


「ここが天橋湖畔公園ですか。とても綺麗なところですね」


「湖のほとりは危ない。この辺りでシートを広げるとしよう」


 公園の周囲には柵がめぐらされており、“関係者以外立ち入り禁止”と書かれた立札がいたるところで目に付く。

 山間にあるためかかなり深い木々に囲まれており、整備された道以外は人が入れそうにない。

 道なりに進んでいくと、ふっと視界が開け、大きな湖が太陽の光を反射して輝いている光景が目に飛び込んで来た。湖の周囲は拓けており、綺麗な芝生となっていた。

 芝生の辺りには俺達と同じようにピクニックへ来た人がたくさんいて、思った以上に賑やかだ。

 陰陽師関係者しか来られないという話だが、随分と人が多いな。


「聖、遊びに行きたい時はお母さんに一言言ってくださいね」


「うん」


 素直に頷く俺だが、言われずともここから動く気はない。

 子供たちの集団が遊んでいるから、お母様は俺がそれに混ざるのではないかと考えたのだろう。

 当然大人の俺が混ざりに行くわけがない。


「12時ですし、早速お昼にしましょうか」


 お母様の一声で俺達はお弁当を囲むのだった。

 朝早くから用意してくれたお弁当はとてもおいしく、シチュエーションも相まって最高である。


 サンドイッチも肉団子も大変おいしゅうございました。

 さて、人心地ついたところで、俺は公園の中心に視線を奪われる。

この公園の名所である湖が、さっきから気になって仕方がない。


「聖ったら、景色を楽しめるなんて……大人みたいですね」


「優也は草弄りか。同じ環境でも個性がでるようだな」


 両親は俺達の様子を見て楽しんでいるみたいだが、2人は気にならないのだろうか。

 あの湖、陽の光を反射しているには妙にキラキラしすぎているように見える。

 まるで、湖自体が光を放っているような……。


「もしや……聖、見えるのか」


 俺がずっと湖を見ていたからだろうか、クソ親父がそんな問いを投げかける。


「凄くキラキラしてる。あれなに?」


「……あれは天橋陣てんきょうじんの光だ」


 てんきょうじん?


 てんきょう陣……あぁ、天橋陣か!

 その陰陽術、おんみょーじチャンネルで習ったやつだ!


「成仏できなかった人魂を天へ導く儀式で使う、大規模陰陽術の陣でしょ」


「……その通りだ。どこで習った」


「あなたの指示通り、聖は真剣におんみょーじチャンネルを見ていますから。ちゃんと覚えていたのですね、偉いですよ聖」


 お母様が頭を撫でてくれる。

 自分の年齢を考えるとおかしな話だが、こうやって褒められれば素直に嬉しくなってしまう。

 ただでさえ高い陰陽師への意欲がさらに上がりそうだ。


 天橋陣とは、俺が先ほど答えた通りの代物である。

 一般人にとってはオカルトチックで眉唾物の話だが、“魂”とは実在するらしい。どうやら陰陽師界隈では常識のようで、死んだ人間は天へと上り、輪廻転生するものらしい。

 しかし、どんなものにも例外は存在し、一部の魂は天へと昇れず地上に留まってしまう。それ自体には大した問題はない。ただの魂に人を害する力はないから。


 だが、そんな魂に穢れが集まれば話は変わる。

 魂には穢れが集まりやすく、穢れが集まれば妖怪となってしまうのだとか。

 陰陽師の宿敵たる妖怪が増えては堪らない。それを防ぐためにこの陣が作られた。

 天橋陣にはあぶれた魂を引き寄せる作用があり、集まった魂を陰陽師が昇天させるのだ。

 地域ごとに天橋陣が設置されており、持ち回りで定期的にお祓いを執り行うことで、妖怪発生を抑制していると言っていた。


 お祓いというとお坊さんとかの領分な気もするが、今ではそうでもないらしい。

 多様化の進む現代において、陰陽師の仕事は多岐にわたるようだ。

 ……利益を得るにはそうせざるを得なかったとも言える。なんというか、世知辛い。


「あれが天橋陣……あれ? ということは、今日はピクニックじゃなくて、お祓いのために来たの」


「ピクニックでもある。が、その後に儀式を行う」


 地域の持ち回りが峡部家に来たということ。

 クソ親父からすれば面倒な仕事であろうが、俺としてはこの機会が嬉しくて堪らない。

 なんせ、ようやく儀式を目の当たりにできるのだから。


「父さん、僕も一緒に見ていい?」


「……あぁ」


 なんだ、今の間は。

 まぁいい。霊力の使い方といい、気になることは多い。しっかり見せてもらおう。


 お母様と優也はその場に残り、クソ親父が俺を連れて湖の方へ向かう。


「おんみょーじチャンネルはもう見終わったのか」


「うん。毎週更新だから、まだ見てるけど」


「そうか」


 だから早く我が家の陰陽術を教えてくれ。

 そんな期待を込めた返事だったが、クソ親父の返事は素っ気なかった。

 さすがに2歳児に陰陽術を教えたりしないか。

 

 湖のほとりに移動したところで、小さなボートが浮かんでいることに気が付いた。

 クソ親父に持ち上げられてボートに乗り、俺達は湖の中心へ移動する。

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