第18話 殿部家



「聖をよろしく頼む」


「おう、任された」


 今日、俺は病院とスーパーマーケット以外で初めて外出をした。なんならクソ親父と外出したのも今回が初だ。

 向かった先は2件隣のお家、うちと同じくどこか草臥れた感のあるお屋敷で、表札には『殿部』と書かれていた。

 俺達を迎えてくれたのは、えらくゴツイ体格で顔の濃い男性。


 殿部でんべ もみさん


 殿部家の当主で、どうやらクソ親父と仲が良いらしい。

 ご近所さんなうえに同年代に見えるから、子供の頃からの付き合いだろうか。

 居間に案内され、続いて紹介されたのは彼の妻である殿部 裕子さん。そして、彼女の膝に座っているのは娘である加奈ちゃんだ。


 殿部家総出で出迎えてくれたのには訳がある。


「麗華さんがいない間は妻が面倒を見る。妻がいない間は麗華さんが面倒を見る。持ちつ持たれつだ」


「感謝する。その時は我が家を頼ってくれ」


「それにしても、ずいぶん張り切ったんだな。聖坊が生まれた直後くらいに仕込んだんだろ」


「ちょっと貴方、失礼ですよ」


「がはは、それもそうか。いやだがな、この辺りのお家で子宝を望まぬところはないだろう。うちもそろそろ次を」


「ちょっと、峡部さんの前で……//」


 まぁ、そういうことだ。

 出産予定日が近くなり、ついにお母様が入院したのだ。

 定期健診では健康に育っているそうで、性別は男と分かっている。

 俺に弟が生まれる……感慨深い。


 さて、めでたいことではあるが、お母様が入院すると俺が困る。

 中身は大人でも体は子供。1人暮らしの経験を生かすには体が全く追いついていない。

 そんな赤ん坊を放置するはずもなく、両親はしっかりと預ける先を決めていたようだ。

 普通こういう場合は父方の祖父母を頼ることが多いと思うのだが、1歳になるまで一度も会いに来ないあたり、お亡くなりになっているのかもしれん。家に仏壇あるし。


「聖坊、ここを自分だと思っていいからな。お母さんがいなくて寂しいだろうが、男なら泣くんじゃないぞ」


「たいしょーぶ」


「おぉ、しっかり受け答えできるのか。すごいな!」


 なんとなくクソ親父が自慢げな空気を出している。

 そりゃあ中身大人なんだからこれくらいできるわ。


「聖は手のかからない良い子だと、妻が言っていた。このノートにいろいろと書いているらしい。裕子殿、一読してもらえると助かる」


「……ふむふむ、聖ちゃんのことがちゃ~んと書かれていますね」


 え、お母様どんなことを書いたのだろうか。

 ちょっと読んでみたい。


 裕子さんは気のいい明るそうな女性で、初対面なのに親しみやすい。

 そこら辺にいるおばちゃんって感じだ。


「よろしく頼む」


「はい、ご心配なさらず。聖ちゃんは責任もって私がお世話しますから。加奈ちゃんも仲良くしてあげてね」


「やっ」


 裕子さんの膝の上に座っている俺と同い年の女の子、加奈ちゃんが不機嫌そうにグズる。

 あれは両親が俺ばっかり構うから俺のことを嫌いになった、という反応だろう。


 ごめんね、君の両親を奪うつもりはないから。1週間くらいお邪魔するだけだから。


「よろしく」


「やっ」


「おうおう、うちのお姫様がご機嫌斜めみたいだ。悪いな、聖坊。仲良くしてやってくれ」


 ご近所さんということはこれからも何かと縁があるに違いない。

 同じ陰陽師の子供でもあるし、言われずとも仲良くします。


「それでは、これから仕事があるので失礼する。聖、いい子にするんだぞ」


「うん」


 行ってらっしゃいを言って欲しかったのか? うぅん?

 言わないぞ、もう少し贖罪しないと俺を殺しかけた恨みは晴れんのだ。


 こうして俺は殿部家にお世話になることとなった。

 前世でも、他人の家でお世話になることは学校の行事以外になかった気がする。

 迷惑をかけないよう、大人しく過ごすとしよう。


「よし、それじゃあ聖坊、荷物は部屋に運ぶからな。お? 背負ってるそいつも一緒に運ぶか?」


「ううん、これはしぶんではこぶ」


「大きな袋だけど、何が入ってるの?」


 裕子さんも興味を示したのはお母様謹製のナップザック。

 1歳児が背負うにはかなり厳しい重さだが、身体強化している俺にかかれば余裕である。

 俺は袋を下ろし、中身を見せてあげることにした。


「れーじゅーのたまこ」


「ほう、これが例の霊獣の卵か! 強のやつから聞いていたが、こんな貴重なものを持ってるなんてな。しかも、模様まで出てるじゃねぇか」


「噂でしか聞いたことがないけど、ものすごく高価だって話だったわよね」


「値段もだが、模様が出ているってことはかなり強力な霊獣が生まれるはずだ。この時期にしちゃあサイズも大きいし、こりゃあ将来が楽しみだな」


 ほう、陰陽師にとって霊獣の卵はテンションが上がる逸品のようだ。

 もしも霊力による刷り込みがなかったら盗まれそうな勢いである。


 両親が興味津々で見つめているせいか、加奈ちゃんも卵に興味を示している。

 裕子さんの膝の上から身を乗り出し、その手を卵に伸ばした。


「やっ」


「加奈ちゃん?!」


 加奈ちゃんの手が卵を強かに打った。

 とはいえ、所詮赤子のビンタ。大した威力は無い。

 それでも、裕子さんは酷く慌てている。


「あぁ、割れてない?! 傷が付いたらどうしましょう」


「ひっ、うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁん」


 裕子さんは卵の強度を——ハンマーで叩いても割れないということを知らないようだ。

 とんでもなく高価な卵だし、縁がない代物の詳細を知らなくても仕方がない。俺は知っていたからこそ卵を避けさせなかったのだが。

 慌てる彼女と泣きじゃくる娘を落ち着かせたのは籾さんだった。


「がはは、その程度で傷つきゃしねぇよ。赤子に倒せるような存在だったら、俺達陰陽師が苦戦するはずもないだろうが」


「そ、それもそうね。はぁ、びっくりした。あぁ、加奈ちゃんごめんね、突然大声出して」


 加奈ちゃんはそのまま泣き疲れて寝てしまい、俺は彼女と一緒に寝室でお昼寝をすることになった。

 籾さんもお仕事があるらしく、家を出て行く声がした。

 敷布団の上で横たわる俺だが、まだ全然眠くない。


「ここにも、いるかな」


 俺はさっそく、よそのお家で不思議生物探しを始めた。

 赤ん坊だからよそ様のお家を探検しても怒られないだろうが、ここはやはり1人で密かにできる触手による不思議生物探しをするべきだろう。

 こういう時間を使ってこそ、陰陽師のスペシャリストになれるに違いない。


 家から持ってきた俺の抜け毛に霊力を込め、部屋の押し入れの暗がりへ罠を張る。


……

………

…………


 来ない。

 ようやく来たと思ったら、またしばらく来ない。

 あれ? この家の不思議生物少なくない?


 俺はしばらく不思議生物を捉えていたが、気が付いたら眠っていた。

 全回復した霊力を精錬し、お昼ご飯を食べ、また眠り———そんなこれまでと変わらない日常が始まった。



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