第19話 ヒロインの条件
お泊り3日目にして、俺はようやく加奈ちゃんに受け入れられた。
「ひいり! きゃぁぁぁ」
「まてまて~」
俺はのんびり歩き、加奈ちゃんを追いかける。
何が楽しいのか分からないが、加奈ちゃんはきゃあきゃあ言いながらトテトテ走る。
いつ転ぶか気が気じゃないが、近くに裕子さんもいるから大丈夫だろう。
「加奈ちゃん遊んでもらって楽しそうね。まるで兄妹みたい」
まぁ、中身大人ですから。
お世話になってるんだし、これくらいはお返ししないと。
「きゃぁぁあぶっ」
言わんこっちゃない。
「うっ、うっ、うぇぇぇぇぇぇぇ」
「たいしょーぶたいしょーぶ」
「ありがとうね、聖ちゃん。ほーらほら、泣かないの」
こんな感じで、俺はなんやかんや殿部家に馴染んで来た。
裕子さんは優しいし、毎晩帰ってくる籾さんはちゃんと父親してるし、加奈ちゃんも可愛らしいし。
俺が何も期待されない赤ん坊だからというのもあるが、居心地は悪くない。
ただ1つだけ残念なことがある。
「おさななしみ……か」
幼馴染といえばいろいろな作品でヒロインになる関係だ。
前世には同性の幼馴染しかいなかったからそんな甘酸っぱい展開は起こらなかったが、今世には加奈ちゃんが居る。
毎朝起こしてくれる幼馴染という創作上にしかないヒロインムーブを起こしてくれるんじゃないかとちょっとだけ期待した。
だが……1つだけ問題があるのだ。
———加奈ちゃんの見た目が俺の好みじゃない。
世の女性からしたら最低な発言かもしれない。
しかし、男だろうが女だろうが結局見た目が大切なことに変わりはない。
イケメンはモテるし、美女もモテる。それ以外は別の要素で勝負するしかない。
前世での俺は一時期婚活していた。恋愛もしたことがないのに。
30歳を超え、人肌恋しくなったのと、寂しい将来への不安、何より孤独死が怖くなったのだ。
だが、人並みより顔面レベルの低い俺では好みの女性とマッチすることはなかった。
たまに会うことになっても、ただただランチを奢っただけ。登録料から始まった投資は全て無駄となった。
相手に要求する基準を下げればよかっただけかもしれない。
しかし、美人は3日で飽きるというが、美人との間に生まれる子供は間違いなくその遺伝子を受け継ぐ。
可愛い子供が将来自分と同じ苦労をしないよう、見た目の良い相手との出会いを願うのは間違っているだろうか。
否!
人生という物語のヒロインが不細工でいい訳がない!
だから、俺は前世で失敗した経験を覚えていながらも、美人を狙う!
それに、転生して両親から頂いたこの体、わりと整っている。
まずそもそもお母様が美人なので、その遺伝子を受け継いだ俺は平均より上になる。認めたくないが、クソ親父も悪くない見た目をしている。イケメンにはほど遠いが、平均よりは上だろう。
その遺伝子が合体した結果生まれた俺は、幼くして既に将来が期待できる程度に顔立ちが整っている。
さらに、今世では陰陽師のプロフェッショナルになる予定だ。
見た目と実力が揃っていれば、女性も寄ってくるだろう。
そんな俺からすると、加奈ちゃんは……その……ないかなぁ。
失礼だが、異性として見ることはないだろう。
裕子さんはとても優しくていいお母さんなのだが、うん、将来の加奈ちゃんの容姿が完全に見えてしまっている。
そうだな、普通の幼馴染として仲良くしよう。
幼い頃の思い出とか、無理して作る必要はないかな。
俺は内心で最低な判断を下した。
「ほぉ、聖坊はもうおんみょーじチャンネル見てるのか。面白いか?」
「うん、おもしろい」
4日目の夕食、早い時間に帰ってきた籾さんを交えて夕食を食べる。
加奈ちゃんと俺は少しずつ大人と同じものを食べるようになってきた。
1歳の誕生日を過ぎてから、薄味で小さくカットされたご飯らしいご飯を食べている。離乳食の終了が近づいているのだ。
とはいえ、まだ段階を踏んでいるところ。離乳食2/3、ご飯1/3といった感じか。
「あら、零しちゃったわね。はい、拭き拭きしますよ」
「聖坊は1人でしっかり食べられるし、おんみょーじチャンネルも見てるし、しっかりしてるなぁ」
あぁ、そういうことを言うと。
「うぅ……やっ!」
「こら、スプーンは投げるものじゃありません。ごめんね聖ちゃん、大丈夫?」
「もみさんわるい」
「そうね、この人が悪いわね」
「うっ、悪かった。ほらほら、お姫様、ご機嫌なおしてくれ」
加奈ちゃんは大人の話をしっかり聞いている。
まだ未熟だが、もう少ししたらしっかり意思疎通できるだろう。
普通なら男の子のほうが発達が遅いのだが、俺は例外だから。
あんまり比べるようなことを言わないであげてください。
「もみさん、おしことのはなし、して」
「おっ、いいぞ。今日の仕事はな、県庁の霊力壁の点検をしてきたんだ。分かりやすく言うとだな———」
籾さん、俺の求める話をたくさんしてくれるからいい人だ。
籾さん自身も子供が自分の仕事に興味を持ってくれるのが嬉しいのか、ここぞとばかりに話してくれる。
「でな、担当者の心配は杞憂だった。やっぱり俺の陣は傷1つなく維持されていて、霊力を補充しておしまいだ」
「きす、つくの」
「俺の陣ならそこらの低級妖怪では掠り傷1つつけられねぇ。中級でも破られることはない。けど、上級以上になるとやばいな。まぁ、そんな大物が暴れたら即座に現地の陰陽師が出動することになるから———」
籾さんの話は気になる情報が満載である。
妖怪に階級があることはおんみょーじチャンネルで知っていたが、どれくらいの強さか具体的には知らなかった。
殿部家は防御壁、またの名を結界を作る陰陽術を継承しているらしい。
その歴史は長く、他の家には真似できない特殊な陣を構築することも出来るとか。
県庁という権力の中枢に仕事を依頼されていることからもその信頼性が分かる。
そして、陰陽師の仕事事情も知ることができた。
クソ親父のように泊まり込みで護衛する仕事は珍しくないのだとか。籾さんも今は日帰りできているが、出張も多く、その度に加奈ちゃんと別れるのが悲しいと言っていた。
なにぶん、妖怪が活動するのは基本的に夜だ。泊まり込みでないといざという時に動けない。
聞きたいことを聞けばなんでも答えてくれる籾さんは貴重な情報源である。
「いやぁ、やっぱり男の子は良いなぁ。娘も可愛いが、こうして仕事に興味を持ってくれる男の子はまた別の可愛さがある。次は男の子がいいなぁ」
「もう、またそんなことを言う」
「加奈も可愛い弟が欲しいよな」
「やっ」
ご、ごめんよ加奈ちゃん。
俺がまた余計なことをしたから。でも、情報源を前にして止まることは出来ない。
優れた陰陽師になるには、早いうちから情報をしっかり集めておかねば。
大人なら情報収集の大切さを理解していて当たり前である。
知っていれば手に入る利益も、知らなければみすみす逃してしまう。
プロフェッショナルに必要とされるものが何か、こういう情報から学ぶことができるのだ。
「おちそうさまでした。おいしかった」
「はい、おそまつさまでした」
「おちあまえした!」
「は~い、加奈ちゃんも挨拶出来て偉い偉い。やっぱりお手本になる相手がいると違うのね。聖ちゃんが来てくれて良かったわぁ」
妹が出来たみたいで俺もほっこり。
本物の1歳児と交流して気が付いたのは、俺の演技がかなり雑だったということ。
俺と同じ年頃の子供ってこんな感じなのかと気づかされることばかり。
俺みたいに難しい単語をガンガン覚えていく1歳児など普通いない。ぎりぎり成長が早い子供で誤魔化せるかどうかといったところだ。
歩き出すのもぎりぎりだったし、結構ヤバかったかもしれない。
すべては身体強化が悪い、ひいてはイレギュラーが悪い。俺は悪くないんだ。
俺にとっても殿部家にとっても大いに刺激を受けたこのお泊りは当初の予定より1週間延長され、お母様の退院によって終わりを告げた。
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