第17話 君の体は世界最高の陰陽術


 俺が3日3晩考えても解決しなかった餌問題。その答えを教えてくれたのは、おんみょーじチャンネルだった。


“No.4 君の体は世界最高の陰陽術”


 獅童お姉さんと島羽お兄さん、それに加えて前回初登場した島羽お兄さんの式神 狛犬こまいぬがオープニングトークを繰り広げている。


『いいなぁ。私も強い式神を召喚してみたいなぁ~』


『わんわん』


 可愛い~と狛犬に抱き着く獅童お姉さん。

島羽お兄さんが苦笑しながら新しい陰陽知識を教えてくれる。


『獅童家は召喚陣を継承していないからね。もしもお父さんやお母さんが式神を使っていたら、みんなも式神を喚べるようになるかもしれないよ』


 前話で知ったのだが、お家ごとに扱う陰陽術が違うらしく、基礎中の基礎である儀式やお札の扱いなどを除けば、各々できることは細分化されるとか。

 中でも式神を扱う家は少なく、強力な式神を使える家は繁栄しているそうだ。

 絵本で峡部家の始祖は龍を召喚したと聞いたが、我が家の現状を見るに今は弱い式神しか召喚できないのかもしれない。


『でもでも、諦められないよ! 強い式神を召喚して一緒に戦ってみた~い』


『そうだよね。そんな人には1つだけチャンスがあるんだ』


 ほう? 新たに式神を召喚できるのか。

 俺は俄然興味が湧いた。


 島羽お兄さんのアクションと共に画面が切り替わり、デフォルメキャラがぴょこぴょこ跳ね回って説明してくれる。


『陰陽術において、術を発動するのに霊力が必要なことは、みんな知っているよね。でも実は、霊力以外にも陰陽術に使えるものがあるんだ』


『なになに? それが式神召喚に必要なもの?』


『わんわん』


『式神だけじゃなく、その他の陰陽術全てをとっても強くするとっておきのアイテム。それは———僕たちの体さ』


 島羽お兄さんのミニキャラがキラキラ輝く。まるで、その身体自体がレアアイテムかのように。

 

『陰陽師は体に霊力を持っているから陰陽術を使うことができる。だから、体の一部はとっても貴重で強力なアイテムになるんだ』


『え~、私は体を傷つけたくないよ!』


『もちろん、良い子の皆は体を傷つけたらだめだよ。陰陽師が使う体の一部は切っても痛くない髪や爪さ。だから、陰陽師は自分の体を大切にして、いざというときに備えるんだ』


『だから私のお母さんは“髪を大切にしなさい”って言ってたのか~。お風呂でつま先まで丁寧に洗う習慣も、お父さんやお母さんが教えてくれたおかげね!』


『召喚陣を描く墨汁に粉末にした髪や爪を混ぜると、普通の墨汁で描いたときより強い式神を召喚できるんだ』


 式神にも興味津々な俺だが、それよりも気になることがある。

 ずっと悩んでいた餌、それに自分の髪や爪が使えるかもしれない、と。


『召喚陣以外にも、大切な儀式には陰陽師の体の一部が使われていたりするんだ。災害クラスの強大な妖怪を退治した英雄たちも、必殺技には子供の頃から手入れして長く伸ばした髪を使ったと聞くよ』


『すごーい、それじゃあ私もとっておきの長い髪を使って、頼りになる式神ちゃんを——』


『それは待って。体の一部を使ったからといって成功するとは限らないんだ。毎年髪を切る人は霊力が髪に浸透していないから効果が下がってしまうし、霊力が足りなくても儀式は失敗してしまう。若いうちは自分の体を大切にして、プロの陰陽師へ成長したときに切り札として使うと良いよ』


『そっか、お父さんとお母さんから貰った体は大切にしないといけないんだね!』


 教訓めいたまとめでおんみょーじチャンネルNo.4 は幕を閉じた。

 そんな当たり前の教訓、俺は言われるまでもなく知っている。だが、転生を経験して両親から貰った体の大切さを誰よりも知る俺は、その教訓に真っ向から反抗しようとしていた。


「あら、聖どこへ行くのですか」


「うん」


 返事が上の空になってしまった。

 ごめんなさい、お母様。でもやっぱり、俺は野望を捨てられそうにない。

 おんみょーじチャンネルを見て、霊力が陰陽師の力の基準になっていることが改めて分かった。

 霊力を上げてくれる不思議生物吸収は、俺が思っていた以上に大切なことだったらしい。


 不思議生物捕獲作戦。

なおさら実行せねばなるまい。


 赤ん坊の頃から大切に伸ばし続ける髪という切り札。それも大事だが、根本的に霊力が上がれば1年ごとに髪を切っても十分霊力を浸透させられるのではないだろうか。

 触手で霊力をコントロールする訓練を積んだ俺は、各部位に霊力を集めるくらいわけない。

 やっぱり、子供のうちに総生産霊力量を増やしておくべきだと思うのだ。


 俺の髪はようやく生え変わってきたところで、大部分はやわらかい毛が生えている程度。

 この髪を切ったら間違いなくお母様にバレる。

 そもそも鋏が俺の手の届くところにない。子供が立てるようになったら危ないものを高い所に隠すという、親の愛情が今は憎い。


 どうやって餌を手に入れるか……自らの体なのに簡単に手に入らないという矛盾が俺を悩ませる。

 寝室に戻った俺が枕代わりのタオルを見下ろすと、そこには俺の抜け毛が付いていた。

 赤ん坊の柔らかい髪の毛は生え変わり、大人と同じ髪の毛になると聞いた。結構ごっそり抜けているが、たとえ禿げたりしても問題ないという。


「かんたんに、てにはいった」


 爪と違い、髪は切らずとも手に入る。

 俺は当たり前すぎる生理現象を今になって思い出した。


 だが、それはおかしな話だ。

 俺は歩けるようになるまでずっと寝ていたし、枕に髪の毛が付いていたら目に付いたはず。しかし、今思い出してみればここ1年ほど自分の抜け毛を見たことがない。


 もしや、不思議生物たちが俺の知らぬ間に食ったとか?

 真実は分からないが、これで罠を作ることができる。


 俺はさっそく触手を寝室の外へ伸ばし、餌となる髪の毛を暗がりへ置いた。

 髪の周囲には網目状に薄く広げた変形触手が張られており、髪に近づけばその存在を感知し、即座に捉えることができる。

 

 まだかな……


 来ないな……


 あれ、何時間経った?

 少なくとも3時間は経ったはず。

 なのに、一向に獲物がかかる気配がない。

 これは、失敗なのでは?


 呪術なんかで使われる髪といえば、術を使う瞬間にバッサリ切っているシーンを思い浮かべる。あれは映画だったので、本物の陰陽師がどう使うのかまでは知らない。

 けれど、抜け毛を集めて強力な陰陽術を行使できるのなら、おんみょーじチャンネルでも『抜け毛は大切にとっておいてね』と言うはず。

 つまり、自然に脱落した髪は陰陽術に使えない、もしくは価値が無いのだろう。


 ならどうするか……


「れいろく、こめてみゆ」


 鮮度を上げてみよう。

 切った髪と抜けた髪、その違いは霊力が残っているか否か……だと思う。

 なら、改めて霊力を込めてあげればいい。


「すっこく、なちむ」


 元自分の体だからか、流し込んだ霊力があっという間に浸透していく。

 他の物へ霊力を込める行為も初めて挑戦したが、触手操作で慣れた霊力を外部へ動かす動作と何ら変わりない。

 霊力をなみなみ注いだ髪、これをさっそく暗がりへ置いておく。


「きた!」


 今度は3分と待たずに獲物がかかった。

 慣れ親しんだこの感触は間違いなく不思議生物のそれだ。

 触手でそいつを捕獲し、すぐさま目の前まで連行する。


「み、みえない」


 触手には確かに不思議生物を捉えている感触があるのに、俺の目には何も映らない。

 しかも、逃げようとするそいつは今にも触手をすり抜けそうになる。掴んでいるのに掴めていないような、不思議な感覚だ。

 俺は逃げられる前に口の中へ放り込んだ。


「あいかわらす、ますい」


 しかし、このマズさが癖になるというか。

 うん、目には見えなくてもやっぱり不思議生物は存在した。

 腹の中に落ちたそいつを霊力の波で瞬殺した俺は霊力の高まりを感じる。


 なるほど、やはり霊力が全てを握っているのだ。

 髪もそれそのものではなく、その中に含まれている霊力が大切なのだろう。


 こうして俺は陰陽師への一歩を踏み出すと同時に、不思議生物との再会を果たしたのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る