第68話 次の階層
霧から浮き出るように現れたビビッドなオレンジ色の大木。その幹に小さな穴が開いている。
「……なんか、ここだけやけにファンシー」
「この色なら見間違うことはないだろうけどね」
ボソッと呟いた僕に美海が苦笑しながら同意してくれる。
「ってか、さっさと開けろよ! バリアーにぶつかって来る魔物がどんどん増えてるぞ!」
「私のテレパスでも対応が追い付きません~!」
木に向き合う僕と美海とは違い、陽斗とアイには魔物の監視を頼んでいる。
ちらりと二人の様子を確認したら後悔した。バリアーを埋め尽くすように魔物が突撃して来ていてゾッとする。アイが地道に数を減らしてもその光景が変わる気がしないのだ。顔を引き攣らせる陽斗の感覚は正しい。
「美海、頼む」
「ええ。これをここに入れれば良いのよね――」
美海が持っていた鍵が、幹に開いた穴に差し込まれる。どこかでカチリと音がなった気がした。
「おっ――」
「木が光ってる……?」
オレンジ色の木が青い光を放つ。なかなか見た目にミスマッチだ。
ちょっと微妙な気分になりながら展開を見守っていると、幹にひびが入った。小さな穴から上下に木を引き裂くように延びるひびは、やがて目で確認できないところまで広がる。
「……裂ける」
「そういう開き方なの……」
美海が呆れ気味に呟くくらい予想外な展開だった。ひびの部分から木が裂かれ、その向こう側の空間まで裂けたように黒い水面のような姿が目に入る。ダンジョンの門のようなそれには既に慣れていた。
「アイ! これ進んで大丈夫か!?」
「大丈夫です! 行きましょう」
アイに保証されて一歩足を進めた。陽斗とアイが背後から駆けてくる。バリアーにかかる衝撃が尋常でないくらい重くなっていた。このままでは押し戻されて、僕たちの方が潰されそうだ。
その魔物たちに対抗するため、バリアーに再度力を籠める。陽斗、美海、アイの順に次の階層に進んだのを見送ってから、僕も暗闇に身を投げた。一瞬後にバリアーの力が霧散して魔物が押し寄せてくる気配があるも、既に僕たちはそこにいない。
「……この道を戻るのは難しそうだな」
魔物が居なくなるのを待たないと、大群に襲われることになる。暗闇の先に広がる光景に目を細めながら呟いた。
「ここ、外に向かう転移門はないのよね。不親切だわ」
「俺らは美海の魔術で出られるけどな!」
「入り口から来る分には、攻略を終えた階層はスキップできるんですけどね~」
きょろきょろと周囲を見渡しながら陽斗たちが呟く。
僕も視線を走らせ、とりあえず差し迫った危険がないのを確認した。正直、そろそろ一度休みたい。
この階層は先ほどまでとは全く異なり、木が一本もなかった。さらさらと砂が風に吹かれて舞う。一瞬で髪が砂っぽくなった気がした。空気が乾燥していて、霧で湿っていた肌や衣服が乾いていく。
ここは砂丘の階層だ。快適とは言い難い環境に美海も顔を顰めて、ざらつく髪を結い直していた。
「アイ、ここで休めそうか?」
「はい! この石畳の範囲にいる限り、魔物は襲ってきません。……不快さは我慢するしかありませんが」
アイの表情が苦笑に変わる。僕たちの顔が不快げに歪んでいることに気づいたのだろう。
「仕方ないな……一旦休憩! 遅くなったけど、昼飯にするぞ」
「へーい……」
陽斗が元気なく返事をしながら、僕が取り出したテーブルや椅子を動かす。その動きは気だるげで、覇気がなかった。ここまでの戦闘の疲労感を考えると仕方ないが、これでは多少の休憩をとっても完全回復には至らないかもしれない。
考え込む僕の横で、思案げにしていた美海が頷く。
「優弥、私たちを囲むようにバリアーを張って。空気を確保する隙間はあっていいから」
「何をするつもりだ……?」
首を傾げたが、言われるままにバリアーを張り巡らせる。乾燥した風が防がれて不快感が減少した気がした。
「
魔術が放たれると同時に、バリアー内を澄んだ風が行き渡る。程よく潤いを含んでいて、息がしやすくなった。
「おおっ! 美海、最高!」
「さすが、美海。いい感じだな。……よし、日差しも遮ろう」
快適になればやる気が増す。テンションを上げた陽斗と手際よくタープを設置した。地面が石畳だから設置しにくいが、重しをつけてなんとかする。
「快適、快適~」
「過ごしやすいですね~」
椅子に体重をかけて寛ぐ美海とアイを見て苦笑した。陽斗も作業を終えると椅子に座り込み、ぐてっとテーブルに伏している。
「ふむ……」
少し考えてから、テーブルの傍にハンモックを取り出した。自立式の物だ。瞬時に目を輝かせた美海が寝転がりにくる。
「優弥って、ほんと気が利くぅ!」
「喜んでもらえてなにより」
顔を綻ばせる美海から目を逸らすと、陽斗が恨めしげに僕を見つめていた。出遅れたのが悔しかったらしい。
肩をすくめてもう一つハンモックを取り出すと、一瞬で陽斗の表情が変わり、「優弥、お前って、マジいい奴だ!」なんて調子がいいことを言って、僕の肩を叩いてから寝転がる。
「……いいけどさ。飯はどうすんの?」
「休んでから食べる~」
「寝ながら食う!」
「それは許さん」
陽斗の怠惰な言葉を退け、苦笑するアイが待つテーブルに向かう。あいにく、ハンモックは二つしか用意していなかったのだ。僕とアイで先に食事を済ませてしまおう。
「アイ、サンドウィッチでいいか?」
「はい! きゅうりのサンドウィッチがいいですね~」
「あるぞ。でも、卵とかハムとかエネルギーになるのも食べな」
水分を求めただろうアイにサンドウィッチ各種とともに、特製のスポーツドリンクを渡す。冷やした状態で収納していたから、口に含んだ瞬間に生き返るような心地がした。
「ぷはっ! 美味しいですね!」
「ああ。美海たちも、休む前に水分を――」
振り返りながら掛けた言葉は途中で止まった。視線の先の二人は、健やかに寝息を立てている。
思わずアイを見て肩をすくめた。アイも苦笑してサンドウィッチを手に取る。
「起きたらすぐに水分をとってもらいましょう」
「そうだな。……そう長い睡眠じゃないだろう」
じわじわと空気が乾燥してくるのを感じながら、瑞々しいきゅうりサンドウィッチを齧った。
◇◆◇
「バリアーの中は快適ねぇ」
「俺は戦う度に出なきゃならねぇから、しんどいけどな!」
ミストを巡らせたバリアー内で顔を綻ばせる美海は、暫くの睡眠で元気を取り戻したようだ。陽斗は嫌そうに訴えるが、こちらもまだ元気そう。短時間であっても睡眠は良薬だった。
沈み込むような砂地に足をとられそうになりながら、アイが指す方へと一心に進む。
「ここ、地面から魔物が飛び出てくる仕様なのがきついな」
「バリアーで防げるとはいえ、優弥さんに負担がかかりますしね。ここは次の階層への門に辿り着きさえすればいいので、さっさと先に進みましょう」
アイが指示する場所にバリアーを張り、飛び出してきた魔物がぶつかると陽斗と美海が倒す。作業じみた繰り返しだが、魔物は結構強いので気が張るのだ。
ぼやく僕にアイが気遣わしげな目を向けたかと思うと、残りの道のりを測るように遠くに視線を投げた。
「私の魔術はそれほど魔力使わないから、余裕あるわよ? バリアーで対処しないで、地面に魔術を打ち込む?」
「いえ、砂が緩衝になって威力が減衰するかと。まあ、衝撃で飛び出してきた魔物を陽斗さんが対処するなら、その手もありかもしれませんが」
「おけ。いくらかは俺と美海でやるぞ」
僕の負担を軽減するように三人が対処法をまとめてくれた。これで少しは楽になるかと、肩の力を抜く。
ちらりと視線を向けてくるアイに首を傾げると、にこりと微笑まれた。
「半分まで来ましたよ。もう少し頑張りましょう」
「それはいいな。……夜までに着けばいいんだけど」
仰いだ空には傾いた太陽。このダンジョン内は外と時間の流れが同期しているらしい。もうすぐ夜になる。
「夜は環境が様変わりしますからね。……少し速度を上げましょう」
アイが一転して厳しい目を空に向ける。それを見て、嫌な予感が徐々に押し寄せてきた。
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