第67話 宝箱森林
「右三! ……左二!」
「うおっ! いけっ」
「
アイの指示と共に襲い来る魔物たちに陽斗の剣と美海の魔術が放たれる。霧の中から現れるのは予想以上に厄介だ。だが、アイが事前に知らせてくれるから、なんとか対応できている。
「バリアー!」
「私も戦いますよ~」
僕も皆の動きに合わせて防御用のバリアーを展開しつつ、剣や魔術を避けた魔物をバリアーで囲んで潰した。アイはテレパスで戦っているらしく、不自然に動きを止めた魔物が何体かアイテムに変わる。
「ふぅ……ちょっと落ち着いたか?」
「そうですね。あ、そこの木の裏に宝箱がありますよ!」
アイが数歩先に立つ木を指さす。魔物の出現が一旦止まったと胸を撫で下ろしたところだったが、宝箱と聞けば動かないわけにはいかない。
この宝箱森林を進み始めて一時間ほど経ったが、宝箱はこれで三つ目。これまでに得られたのは、美しいネックレスと銀色に輝く剣だった。
ネックレスは現在美海の首元で輝いている。魔術を使う際の魔力消費量を減少させる効果があるらしい。
剣は陽斗が嬉々として振っていて、傍目からもその切れ味が凄まじいのが分かる。これまでもダンジョンで生み出した剣を使っていたのだが、ここで得られた剣は武器としてのランクが桁違いのようだ。さすが【始まりのダンジョン】。アイテムの性能が高い。
「今度はなんだろな~」
「攻略を早めるには、そろそろ次の階層への鍵が見つかったら有り難いけどね」
「そうだな。僕やアイ用の装備があっても良い気がするけど」
「優弥さんならジャケット系の防御装備が似合いそうですね~」
四人で話しながら木の裏に回る。根元付近の草むらに隠されるように木箱があった。これまで陽斗と美海が開けてきたから、今度は僕が開けても構わないだろう。アイも開けるまでは宝箱の中身が分からないらしいし楽しみだ。
「開けるぞ?」
「ああ」
一声かけて皆が頷くのを確認して宝箱を開けると、きらりと光る玉が入っていた。サイズはビー玉ほどだが、光り方が宝石のようだ。
「こ、これは……!?」
「え、なんかすごい奴なのか?」
正体が分からない玉を手に取りながら、大げさに身をのけ反らせて驚愕を露わにするアイに視線を向ける。その反応を見るに、凄いお宝のようだが。
「なになに? めっちゃたけぇ宝石か?」
「宝石でそんなに驚く? 日本に持ち帰れば価値はあるだろうけど……出所を説明できないと換金は難しいと思うよ?」
陽斗と美海も興味津々の表情だ。姿勢を戻したアイが、にこりと微笑む。
「それは魔力玉です」
「魔力玉……?」
「魔力の予備タンク的な? ダンジョンコアに魔力を溜めるのと同じ感じで、魔力を保持できる宝玉です」
「え……それ、そんな驚くことだったか?」
予想を下回る効果に、秘かに膨らんでいた期待が萎んでいく。陽斗と美海も「えー……?」と言いながら、なんとも言い難い表情だった。僕たちの残念さを察したのか、アイが頬を膨らませる。
「凄いお宝なんですよ!? それは、既に魔力が充填されてますから、ダンジョンコアに移したら十パーセントほど溜められるはずです」
「え、十パーセントは凄いな!?」
思わず目を見開いて魔力玉を見下ろした。十パーセントといえば、僕たちが数週間かけて溜める量だ。魔力を溜めることも目的の一つだから、思いがけない掘り出し物に出会えたことになる。
「まあ、普通に溜めたら、もうすぐ必要量を溜められそうだったし、絶対に必要かと言われたら疑問だけどね」
「あって損はねぇだろ。不測の事態がいつくるか分からねぇから、備えは必要じゃん」
軽く肩をすくめた美海と陽斗に僅かに不満を籠めた目を向ける。二人が言いたいことも理解できるが、ここは素直に喜んでくれたらいいのに。
アイも拗ねたように唇を尖らせていたが、僕が魔力玉を仕舞い、先に進む準備を整えたら表情を直した。ここは油断大敵なダンジョン内。いつまでも話しているわけにはいかないのだ。
「あ、魔物が近づいてきます。……正面五!」
「うげっ、もうちょい休ませろよ……」
この階層の魔物の出現頻度はこれまでにないくらい高い。戦闘を楽しむ傾向のある陽斗ですらうんざりした表情だった。魔物自体も一太刀で倒せないものが増えてきている。まだ十体を超える数が一斉に襲ってくることはないから危なげなく対応できているが、視界が悪いのは厄介だ。これで魔物の数が増えたら少し危ないかもしれない。
「左六!」
「一気に増えすぎでしょう!」
陽斗が正面の魔物に向き合った瞬間に飛んだアイの警告に、美海が思わず悲鳴のような声を上げる。正面の五体も左から来る六体も、恐らく討ち漏らしが出る。無言でアイと目配せし、僕が美海の傍に立つのと同時にアイが陽斗の方に寄った。
「美海! できるだけ数減らせ!」
「了解! たぶん全部はいけないから、お願いね!」
霧から現れた魔物に風の魔術が放たれ、残りは二体。素早く近づいてきた一体をバリアーで受け止めるのと同時に、もう一体を囲んで潰す。バリアーに弾かれた魔物は美海が再度放った魔術で倒した。
「っ……陽斗の方は?」
「アイが補助に付いてるが……」
周囲を油断なく見渡して警戒する美海の代わりに陽斗を確認すると、魔物の攻撃を避けながら、確実に一体ずつ倒していた。陽斗が避け損ねそうな魔物にはアイが対処している。とはいえ、ちょっと危うい感じがしたので、バリアーを飛ばして防御を強めた。
「ありがとうございますっ!」
「あと一体っ!」
アイが一体倒し、残る一体は陽斗が倒す。とはいえ、一太刀で倒すことはできず、何度も剣を振るう姿に、僕は僅かに眉を顰めた。
やはり魔物の強さが上がってきている。美海もだいぶ多めに魔力を籠めないと魔術が通用しない感じなので、この先の戦いを思うと思わずため息が漏れた。難度が高いダンジョンだと聞いてはいたが、想定が甘かった。
「……あまり長居したら疲労が無視できなくなりそうね。サクサク進みましょう」
「そうだな。俺、もうちょっと籠める魔力の量増やして対応するようにする」
美海と陽斗が険しい表情をしていた。戦闘のメインとなる二人の意見は重視すべきだ。アイに視線を向けると静かに頷かれた。
「最短距離で宝箱に進みます」
「頼む」
アイの指示で歩き出す。
相変わらず魔物は集団で襲ってくるし、見つけた宝箱の中身は有用とは言え、鍵が見つからないという展開に徐々に疲労が溜まってくる。美海と陽斗も苛立ちが募っているのが、荒くなってきた戦闘から窺えた。
「……これは、一旦休憩するべきか?」
「ですが、この周辺に安全圏はありません。次の階層に進められれば、休めるのですが――」
横を進むアイに囁くように尋ねるが、答えは期待するものではなかった。思わず顔を顰めながら魔物にバリアーを向ける。
「新しい宝箱よ。……あ、これは――」
最初に宝箱に気づいた美海がすぐさま開封する。その間、僕は魔物の突撃を押さえることに注力していたが、美海の声に喜色が滲んだのに気づき視線を向けた。
笑顔の美海がキラリと輝く鍵を掲げている。僕も頬を緩めた。この存在を待ち望んでいたのだ。
「よっしゃー! さっさと次に進むぞー!」
「ようやくですね! 鍵を使う場所は近いですよ。魔物を倒すことより進むことを優先しましょう!」
皆の声が明るくなった。
「よしっ、僕がバリアーで押さえるから、無理しない程度に倒しながら進もう」
バリアーで全員を囲むようにしながら、アイが指さす方に進む。次の階層まであと少しだ。
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