第66話 事前準備は大切

 見事に彩られた曲がりくねる道を歩いていると、予想通り魔物が襲ってくる。多くは空を飛ぶ魔物だ。

 闇の中から現れるような魔物たちは、気を抜けば瞬く間に手が届く距離に迫ってきそうな速度だが、僕たちにはアイがいた。

 これまで通り、アイが誰よりも早く魔物の出現を告げてくれるから、危うげなく前に進んでいる。


「左、ブラッカー四!」

「よっし、一網打尽だー!」


 アイの警告に、すぐさま陽斗が反応して、火を纏わせた剣を振る。音もなく近づいていた魔物が虚空に消えた。魔物を観察する暇もないほどの瞬殺だった。


「今のどんな魔物だったんだ?」

「コウモリとカブトムシを混ぜたような見た目の魔物ですね。超音波を使った感知能力と鋭い角を持っています。角に刺されると腐敗してしまうので、一撃必殺が大切ですよ」

「うげ……」


 思った以上に凶悪な魔物だったらしい。思わず呻いたが、抱いた感想は陽斗と美海も同じだったようで、盛大に顔を顰めていた。


「こういう風に攻略してると、私たちのダンジョンに毎日のようにやって来る人たちの精神力の強さを思い知るよね……」


 美海が警戒するように辺りを見渡しながら呟く。自分たちの能力が足りないように感じているのか、少し苦々しげな表情だった。

 僕は美海をちらりと見て、肩をすくめる。美海の言葉には同意できるも、そもそも生まれが違うことに加え、積んできた経験の差が大きいのだから、自分たちを必要以上に下に見る必要もないだろう。僕たちは今できる限りのことをして、十分成果を上げている。


「ま、サバイバル環境で生きてきた奴らと一緒になるわけねぇだろ。俺ら、平和な国日本で生まれ育ってんだぜ? 当たり前にこの世界の奴らと同じくらいの精神力になったら、日本に戻った時、相当周囲から浮くんじゃね?」

「……それはそうね」

「悪目立ちはしたくないな」


 あっけらかんと言った陽斗に、美海の肩の力が抜ける。必要以上に気負ってしまうのは美海の悪い癖だが、それを修正するのはたいてい陽斗の役目だった。今回も上手いことやったようだ。

 アイが微笑ましげに陽斗と美海を眺めていた視線を前方に投げる。


「目的地がもうすぐそこですよ!」

「おっ、この空間とももうおさらばか~。……直線で進めればもっと早かったんだけどな」


 陽斗の言葉に内心で「それな」と同意する。ちらりと振り返ると、それほど離れていない距離にダンジョンの入り口がある。ここまで蛇行を繰り返し来たが、直線距離なら大した時間はかからないはずだった。

 そう考えている間に目的の玉の所に到着した。丁度円状に安全な地面があったので、玉を囲むようにして顔を見合わせる。


「――それで、誰が触る?」


 真っ先に口を開いたのは美海だった。窺うようにお互いの顔を見ながら、答えるのを躊躇っていると、アイが不思議そうに首を傾げる。


「陽斗さんじゃないんですか? こういう時、一番乗りしたがるじゃないですか」

「ぐっ……」


 アイの疑問は当然だった。何事も先陣を切りたがる陽斗が何も言わないというのはおかしい。

 だが、呻いた陽斗の考えも僕には分かる。あまり突っ走ったことをすると、美海の逆鱗に触れると思っているのだろう。だからこそ、指名があるまで黙っていたのだ。


「……俺だって、突っ走るのは駄目だって反省してんだよ。皆がいいなら俺が触るぞ」

「いいわよ。というか、ここはいつも通り陽斗がすぐに決めて良かったのよ? 私、陽斗の自主的行動の全てを止めたいわけじゃないし」


 美海が少し不満そうに答えた。確かに今の状況なら、陽斗がいつも通りに振る舞っても問題なかっただろう。罰によるブレーキが効きすぎている気がする。

 それは陽斗も思ったのか、「それもそうか」と頷きながら全員の顔を見渡した。


「じゃあ行くぞ?」

「どうぞ」

「ああ」

「お願いします」


 陽斗の手がゆっくりと玉に触れた。途端、ぐわりと視界が揺らぐような感覚が襲ってくる。乗り物酔いをした時のような酷い気分だ。

「うっ……なんだこれ……」

「頭痛いんだけどっ」

「こんなの聞いてねぇっ!」

「……あら?」


 呻く僕たちを見て、アイが不可解そうに首を傾げた。どうやらアイには影響が及ばなかったらしい。

 この時ばかりはズルいなと思いながらも、不快感をなんとか堪えて顔を上げる。視界に入るのは草原と木々。似たようなダンジョンの攻略をしていたから見慣れた光景だが、辺りに広がる白い霧に顔を顰めてしまう。思った以上に見通しが利かなかった。


「霧は厄介だな」

「魔物も霧に紛れるタイプが多いですからね。それより、優弥さん、魔力収納からお薬出してください。青いラベルの【ハイパー正常化薬】ですよ」

「薬? 青いラベル……これか」


 アイが言う通りに取り出す。手のひらサイズの瓶の中で緑色の液体が揺れていた。見るからに不味そうだ。薬の類はアイから渡されて収納していたのだが、あまりに数が多すぎて内訳を把握していなかった。この薬が何に効くかも分かっていない。


「それを飲めば不調は一発回復ですよ! 全員飲むか、美海さんに飲んでもらって後から回復魔術を使ってもらうか、どちらでも大丈夫です」

「げっ……これ、飲むのか……」

「呻きたいのは私だけど?」


 苦い響きの声が横から聞こえてきた。美海が盛大に顔を顰めている。どちらの選択肢を選んでも美海はこの薬から逃げられないのだからその表情にも納得だ。

 だが、今なお続く不快感を考えると状態を回復させないという選択肢はない。それに魔力収納を使った感覚に僅かに違和感があった。今の状態では万全に戦えない可能性が高いだろう。一刻も早く回復させて危険に備えるべきだ。


「……こういう場合は一蓮托生! 美海だけが被害受けるとかダメだろ!」

「そうだな。よし、全員分を――」


 漢気を見せた陽斗に同意して人数分の薬を取り出そうとした手を美海に止められる。渋い表情で首を横に振っていた。


「アイちゃん、同じような状況が今後も起こる可能性はある?」

「……そうですね。その可能性は十分あります。というのも、このような不調が皆さんに起こるのは想定外でした。念のためにと薬は用意していましたが、本来使う予定はなかったのです。調べが足りず、申し訳ありません……」

「それは仕方ないでしょ。それで重要なのは薬の数よ。……後いくつあるの?」


 美海の視線が僕に向いた。魔力収納の中を確認すると、同じ薬は全部で八本。多いとも少ないとも言えない数だ。


「八だな。……足りなくなった時点で、一度帰る必要があるな」

「ええ、でも、そう何度も出入りしていたら魔王に思惑を探られるかもしれないし、短期で攻略を終えるのが一番。そう考えたら、薬は無駄にできない。……魔力なら自然回復するし、私が飲んで皆に回復魔術を掛けるのが最良手でしょ。まったく……この状態で魔術が使えるならいいのに、全然使える気がしない。一体どんなデバフなのよ……」


 そう言いながら美海が薬を奪っていった。キュポンと栓が抜かれると同時に、何とも言えない臭気が広がる。少し距離がある僕ですら顔を顰めてしまうのだから、近くでそれを嗅いで、しかも飲まなくてはならない美海の心中はいかほどか。

 一気に中身を呷ると、美海は見たこともないほど顔を歪めていた。それでもすぐに回復魔術を僕たちに掛けてくれる。これまでの不快感が嘘のように一瞬で消えていった。


「美海、わりぃな」

「ありがとう」

「いいのよ……でも、口直しになるの、なんかない?」


 気遣う僕たちの言葉に軽く頷いた美海だが、やはり後を引く味わいだったらしい。手を伸ばしてきた美海に、僕は用意していた飴を渡した。どんな状況でもカロリー摂取をできるように用意していた物だが、早速役立った。


「それでは、この階層の攻略を始めましょうか」

「ええ、ここの注意点の確認をお願い」


 僕たちのやり取りの間中、周囲の警戒に当たっていたアイが声を掛けてくると、飴の甘さに顔を綻ばせていた美海が真剣な表情に戻って尋ねた。


「はい。先ほども言った通り、この霧に紛れて襲ってくる魔物に注意が必要です。そして、次の階層に進むために――」


 不意に言葉を切ったアイが全員の顔を見渡し、楽しげに笑う。


「レッツ、お宝探索! のお時間ですよ!」


 事前に聞いていた通りの情報だが、アイのテンションがやけに高い。よほどお宝探しが楽しみだったのか。

 この階層ではたくさんの宝箱が設置されていて、その内の一つに次の階層への鍵が入っているらしい。他の宝箱には有用な物が入っているというのも聞いている。僕たちのダンジョンでは手に入らない物もあるらしいので、何か役に立つ物が見つかればいいのだが。


「……魔物に襲われることさえなければ、楽しそうだな」

「どんなお宝あんのかね」

「ちょっと興味はあるわね」


 これより、別名宝箱森林の攻略開始だ。いつものように陽斗を先頭にして森へと進み始めた。

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