第65話 ダンジョン攻略開始!
ダンジョンの入り口は黒く、水面のように揺れていた。【始まりのダンジョン】といえども、他のダンジョンと同じような入り口らしい。
ちらりと視線を寄こした陽斗に頷く。既にバリアーは展開済みであり、いつでもダンジョンに突入できる。
先頭を行くのは、いつも通り陽斗だ。物理攻撃力に優れ、防御能力もそれなりにある。それになんだかんだ言っても、咄嗟の判断力に優れているからだ。
「よし、行くぞ」
「入ってすぐ魔物が襲ってくることはないと思いますが、一応気をつけてくださいね」
注意を添えたアイにそれぞれ頷き、ダンジョン門を潜った。
一瞬闇に呑み込まれるような心地を味わい、思わず閉じていた目を開いた時には景色が一変していた。
「おお! アイから聞いてたけど、実際に見るとすげぇな!」
陽斗が感嘆の声を上げた。ダンジョンという空間にいる以上、油断することは許されないが、その気持ちは僕も分かる。
僕たちの目の前に広がっていたのは、黒い空間だった。と言っても、暗闇ではない。明るさは十分に確保されているのに、見渡す限り黒一色なのだ。
「――いや、違うのもあるか」
自分の思考を否定するように呟きながら、数メートルほど先にあるモノを見つめる。
それは輝く透明な玉だった。水晶のように透き通り、顔より大きいように思われる。僕たちのダンジョンにあるダンジョンコアよりもよほどそれらしい威容があった。
「あれに触ればいいんだよな?」
既にダンジョンの情報はある程度アイに聞いて頭に叩きこんでいる。あの玉に触れると、新たな階層に転移させられるはずだ。
確認のために尋ねると、アイが頷きながらも新たな情報を齎した。
「はい。既にこのメンバーでダンジョンに認識されていますので、一人が触れれば問題なく発動されるはずです。ですが――」
アイが陽斗の装備の端を摑んだ。
「――一直線で進むことはできません。黒い空間で、下には地面が続いているように見えますが、実際は穴だらけです。落ちた先は把握できていません。……事前にお伝えしていたはずですが」
「……はーるーとぉお?」
おどろおどろしい声が響いた。僕はその声の主を直視する勇気がなく、なんとも言えない表情をしているアイを見つめ続けた。
震えあがった陽斗が、思わず声の主を振り返り固まる。宙に浮いていた足が
視線を逸らすこともできない状態で、どんどん血の気が引いていく陽斗を見て憐れみを抱く。庇うつもりは全くないけれど。アイの事前情報を頭から放り捨てていた陽斗が悪いのは、どうしようもなく事実なのだから。
「ミナミサン、モウシワケアリマセン、ハンセイシテイマス」
緊張のあまり片言で話す陽斗に、呆れを籠めた視線を向ける。アイがため息をついて陽斗の装備から手を離した。アイにまで呆れられるのは相当なことだぞ。
「罰執行まであと四ポイント」
「うぐぐぐ……猶予があるだけ、良かったか」
陽斗が肩を落とした。だが、五回の猶予を用意していた美海は優しいと思う。アイが事前に止められる程度のミスだったからだろうけど。そうでなかったら……考えるだけで恐ろしい。
「……ポイント制だったのか」
「優弥にもちゃんとポイントカード用意してるからねっ!」
「……僕もか。気をつける」
わざとらしい明るく跳ねるような口調を聞いて、背筋がゾッと冷えた。姿勢を正して、注意深く探索することを心に誓う。ノーパンの罰執行は絶対に嫌だ。
「それで? アイちゃんには安全なルートが分かっているの?」
陽斗がしっかり反省を示し、ついでに僕にまで釘を刺したことで心を落ち着けたのか、冷静な表情で美海が尋ねた。アイが首を横に振りつつ僕に視線を向けてくる。
「優弥さん、預けていたカラーボールをください」
「ああ。……これでいいか」
魔力収納から色とりどりのボールが入った袋を取り出す。アイから頼まれて持っていたのだ。ボールは手の平にも満たない大きさで、それを握ったアイが満足げに頷く。
「では、安全な道筋を示して見せましょう!」
「急にテンション高いな?」
「……なんというか、緊張感緩むけど、アイちゃんなら許せる」
手を広げてマジシャンの口上のように言ったアイが、野球投手のような構えをとった。ふざけることを禁じた美海ですら、思わず肩の力を抜いて笑ってしまう。陽斗がやったら絶対に冷えた視線を注がれた上にポイントが加算されることになっただろう。
「アイ選手、投げましたー!」
「自分で言うのか」
「おお、なかなかいい軌道じゃねーか!」
アイの投げたカラーボールは、輝く玉の近くまで飛んで地面を赤く染めた。次々と投げたカラーボールはどこかに落ちていくものもあるが、しっかりと安全な道を示していった。
「一気にカラフルなファンシー空間に……」
「ダンジョンも驚き。超スピード改変」
僕の言葉に陽斗が続いた。ふざけていると判断されたのか、美海の視線が向けられて口を閉ざす。だが、僕の感想は間違っていないと思う。
黒一色だった空間に色とりどりに鮮やかな模様が生まれていた。思っていた以上に黒いまま、つまり落とし穴になっている部分が多い事実に顔が引き攣るけれど、見た目はファンシーだ。
「ふぅ、いい汗をかきました」
「お疲れ様、アイちゃん」
わざとらしく汗を拭う仕草をするアイに美海が苦笑している。陽斗と顔を見合わせて肩をすくめた。今更だが、美海はアイに甘いと思ったのだ。
「おつかれ。これ、今すぐ踏んでも色が移らねぇのか?」
「問題ありません。速乾インクですから」
胸を張って答えたアイに頷き、陽斗が一歩先の緑色の地面にそっと足を置いた。地面の感触を確かめるように動かした後に進み、頷く。
「大丈夫そうだ。行くぞ」
「警戒は忘れるなよ」
「あたりめぇだろ!」
すかさず注意を飛ばすと、ムッとしたように言い返された。それが信用できないから言っているのだが。
「……美海の目が光っている限り、そう悪いことにはならないか」
「私に頼りきるのはやめてほしい」
思わず呟いた言葉に即座に反応があった。無表情の美海を見て、すぐに目を逸らして頷く。余計な刺激を与えるほど、僕は馬鹿じゃない。
「私が即座に注意するように頑張りますね!」
「……アイは優しいなぁ」
陽斗の罰を回避させるためか、必要以上に意気込むアイに笑みを向けた。だが、陽斗は適度に放っておいた方がいいと思う。一度多少は痛い目を見ないと懲りない奴だし。
「おい、早くついて来いよ!」
「……一人先に進もうとする方が悪くないか?」
数歩先まで進んでいた陽斗が不満そうに叫ぶが、僕たち三人は苦笑するしかない。陽斗は協調性も学ぶべきだと思う。バリアーは対応させているからいいものの、単独行動は本来厳禁だ。
だが、いつまでも話している方も悪いかと思い直して、美海たちを促して陽斗の後に続いた。
「そういや、こういう場合、バリアーを床に張った方が安全じゃないか?」
ふと思い当たった事実に首を傾げる。普段こういう使い方をしないから気づかなかった。だが、アイが深刻そうな表情で首を横に振る。
「いえ、この空間は特殊なようなので、空間を操るタイプの能力は制限されると思います。優弥さんの内側にある魔力収納は問題ないでしょうが、外側に展開するバリアーの効果は大幅に低下しているかと」
「……なるほど。陽斗、聞こえたな? 魔物が現れたらバリアーを過信せず、真っ先に防御に努めろよ」
「りょーかい! 皆まとめて守ってやるぜ!」
自信満々に宣言した陽斗に、知らずに入っていた力が抜ける。こういう頼りがいがあるから、うっかりミスをやらかす奴でも憎めないのだ。
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