第52話 真剣な話の前に休憩?

「勇者殿らは何やら帰還のための一案があるようだが、俺様の転移門を使う方が遥かに簡単で安全だと思うぞ? よく考えるといい――」


 そう言って、来た時同様一瞬で転移魔術で去っていった魔王を、僕たちは黙って見送った。

 魔王が明確に僕たちと敵対する存在ではないと分かったのは良かったが、完全に味方というわけでもないので、どこまで信頼するか判断が難しい。


「アイちゃん、魔王はちゃんと立ち去った?」

「……はい、現在ダンジョン内に私の能力を妨げる存在はありません」

「そう。……はあー、面倒くさいことが続くね」


 美海が大きくため息をついてテーブルに突っ伏した。


「なんか、魔王との話、美海とアイに任せちゃったみたいで悪いな」

「俺、口挟もうとしたら、すげぇ怖かったんだけど……」

「それは陽斗が悪い」


 不満そうに唇を尖らす陽斗に冷たい視線を送る。アイや美海がしたら可愛い仕草だろうが、陽斗がしたら苛立つだけだと気づいてほしい。


「優弥は気にしないでいいよ。それで、この十階層を作った意味、あったと思う?」

「無駄になった気がしないでもないな」

「魔王は俺らと戦うつもりはなさそうだったしなぁ」

「そうよねぇ……アイちゃんはどう思う?」


 今まで溜めてきた魔力を無駄遣いしてしまったかと顔を顰めていると、アイが真剣な表情で首を傾げているのが見えた。


「私は……十分有用だったかと。元々九階層までは、魔物の設定を済ませていて、彼らを移動させるのは大変でしたし、魔王との会談用の空間は居住区と分けたかったのですから。それに魔王がシステムに干渉してきた際に内部構造を把握されている可能性が高かったので、改めて干渉を妨げるシステムを構築した後に、居住区を移して十階層を改めて作ったことで、魔王は内部情報を得られず警戒しているようでした。今回、それもあって実力行使に出られなかった可能性も高いかと」

「え、魔王にそんな様子あったか……?」


 美海と陽斗の顔を見ても、あまりピンときていない感じだった。僕だけが気づいていなかったわけではないようで少し安心する。

 そんな僕たちを見て、アイがほのかに苦笑した。


「魔王はここに来てから何度かダンジョンシステムに干渉しようとしていました。当然、私が組んだシステムに阻まれていましたが!」


 一気に誇らしげな表情になって胸を張るアイにほっこりする。「よくできました!」と全力で褒めたくなる表情だ。実際にやったら顔を赤くして照れるんだろうけど。


「アイちゃんが組んだシステム、ちゃんと魔王にも効いたって分かって良かったね」

「そうだな! また侵入されるとか、マジ最悪だし」

「落ち着かないよな」


 アイは数日前に魔王がシステムに干渉してきたことを重く受け止めていて、二度目がないようファイアーウォール的なシステムを作っていたのだ。やっぱり情報チートは凄い。


「――さて、これからの相談は別の場所でしましょ。パペマペたちに監視を任せたままなのも気になるし」

「そうだな。連絡はねぇから、なんも問題は起きてねぇんだろうけど」

「気分転換にビリーとかディックたちの攻略を鑑賞したいな」


 何気なく提案すると、他の三人からの視線が集まってたじろぐ。そんなにおかしなことを言っただろうかと首を傾げていると、美海と陽斗の顔に意地悪げな笑みが浮かんできた。アイはそんな僕たちを見て慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 美海と陽斗の考えはなんとなく分かったが、アイの笑みが理解できない。ビリーたちで笑おうと考えるのは、慈愛でもって受け止められるものではないはずだけど。


「さんっせーい! 優弥、スイーツよろしく!」

「俺も! 食いもんはしょっぱい系がいいな!」

「……はいはい。作り置きの物で我慢しろよ」


 予想通りの返答にこちらも用意していた返事をしながら立ち上がる。鑑賞会の流れになっているが大丈夫かとアイに視線を向けると、何事か考えた末に真剣な表情で頷いていた。


「私はアイスがいいです!」

「……そうだな。冷たい物、美味いよな」


 決して軽食のリクエストを尋ねたわけではないとは、真剣極まりないアイには言えなかった。



 ◇◆◇



「第……ん回、ズッコケ鑑賞会だぜ~!」

「何回目か分からないんだったら、その宣言しなくて良くないか?」

 ――ドンドンパフパフ!

「アイも、陽斗に合わせて効果音をわざわざ入れなくていいんだぞ?」

「え……盛り上げ要素は必要では……?」

「アイちゃん、そんなにショック受けなくても……」


 陽斗のテンションに乗って真剣な表情で太鼓とラッパを構えるアイにツッコむと、悲しみに満ちた表情を返された。アイがそんなに効果音を楽しんでいるとは知らなかったんだ。だから、その表情はやめてほしい。罪悪感が募るから。

 慌ててアイの頭を撫でて、「好きにしていいんだよ⁉ ただ、無理に陽斗に合わせなくていいだけで!」と宥める僕を横目に、美海は一人チョコレートを食べていた。


「それで、ビリーとかディックたちの映像はあるの?」


 美海がパペマペに問うと、『任せろ!』と言わんばかりに張り切った様子で動き出し、スクリーンが操作された。僕たち、真面目に監視作業をする気が一切ないのだが、それはどうなんだとぼんやりと考えていると、スクリーンいっぱいにディックの泣き顔が映って思考が止まる。


「どういう状況?」

「あ、再生位置間違えたみたいですね」

「盛大にネタバレされたってことかよ……」

「ネタはバレてないでしょ。オチが分かっただけ」

「それがダメなんじゃん……」


 落ち込む陽斗に美海の冷たい視線が突き刺さる。

 パペマペたちが慌てたように、再びスクリーンを操作した。


 再生されたのはディックとエリックの攻略映像だ。まあオチでディックが出てきた時点で分かっていたことだが。

 この二人、僕たちに武器を盗まれてから、それを取り戻すために毎日のようにダンジョンにやって来ている。

 ディックは杖でだいぶ能力が嵩増しされていたらしく、普通の杖で探知魔術を使っても、以前のようにダンジョン内の構造を全部読み取られるということはなくなっていた。

 エリックは……あの剣って凄かったんだな、という感想しか出てこない実力である。


「おお? 五階層への転移罠を選んだみたいだな」

「四階層は崖と川で虫系魔物とサメパニックだったけど、五階層ってなんだっけ?」

「陽斗の担当じゃなかったか?」

「そういやそうだな!」

「今思い出したのか……」


 とぼけたことを言う陽斗からちゃんとした答えが返ってくるとは思えず、スクリーンに集中することにした。


「陽斗さんの担当した層は……これ、結局何なんです?」


 アイが困惑している。その気持ちは僕も分かる。


「えぇっと……ピンクのカバ?」


 美海がなんとか知識が搾りだして当てはまる物を見つけるも、納得がいかなそうだ。僕も納得できない。


「カバじゃなくて、バクタイプだぜ!」

「バクタイプとは……?」


 意味の分からない言葉を放つ陽斗に、思考が止まりそうになりながらも疑問を呟く。


 スクリーンでは、転移罠を踏んだディックとエリックの前に、ピンク色のカバっぽい魔物が現れ、長い睫毛を瞬かせながら微笑みかけていた。

 カバとかバクとか種族以前に、おかまっぽいメイクはなんなんだ。なんで魔物がメイクしてるんだ。無駄に色気がある寝そべり方はなんなんだ。

 様々疑問が渦巻いて、僕は呆然とスクリーンを眺めるしかなかった。間抜けな攻略風景を見て元気を取り戻そうとしていたのに、味方を攻撃してくるとは――陽斗、ギルティ。夕飯は陽斗の嫌いな物ばかりにしてやる……!

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