第51話 魔王の思惑
「帰還を手助けしてきた……ね。一体どういう方法で?」
美海が魔王を見据えて首を傾げる。その静かな眼差しを横目で見て、僕は開きかけた口を閉ざした。
アイが既に帰還方法は見つけているのだから、魔王の手助けは必要ないと思う。そう魔王に伝えようと思っていたが、美海は僕と違う考えのようだ。
「うむ。俺様はチキュウに繫がる転移門を所有している。そこを通れば地球に帰還できるのだ」
「へぇ、それは便利ね。でも、代償が必要なんじゃない? 手助け、というくらいには、その帰還法の主体は勇者なんでしょう?」
僅かに魔王の表情が歪んだ。じろりと美海を見た後、何事か考えるように机に視線を落とす。
僕と陽斗は美海の言葉でハッと息を吞んでいた。考えていなかったが、魔王が僕たちに手を貸そうとする行為の裏には何かしらの思惑がある可能性が高いのだ。やはり相手は無条件に信頼できる相手ではない。
「――転移門。それは常に異世界に繫がっているということですね。繫げている地点は恐らく一定。時間は地球に準拠。つまり、転移門を通れば、地球への帰還は叶っても、こちらの世界で過ごした時間は無視できないのでは? いえ、この世界と地球との時間軸は同一でない可能性があることを考えれば、数か月どころではない誤差が生じる可能性も……。きちんとした説明を求めます」
美海に合わせるように、アイが推測と疑問を口にする。それを聞いていた魔王は僅かに目を見開いていた。
「……驚いた。大して情報もないだろうに、何も説明せぬ内からそのような推測をできるとは。……貴殿らの能力を知りたいものだ。人間どもの
「能力の開示は拒否するわ。まあ、城で開示された情報はあなたも知っているんでしょうけど」
「……ふむ。それはその通り。俺様の手下は人間の城にも潜伏しているからな」
手の内を晒す訳がなかろうと美海が拒否すると、魔王がそれは当然と言いたげに頷いた。興味深げな目がアイに向いているのを見るに、僕たちがどこから情報を得ているかは予想がついているのだろうが。
「あなたは人間が勇者を召喚し、奴隷にして操っていることを知っていたのですね。そして、それを阻止する行動は起こしていない」
「俺様とて、人間の城で派手な動きをするわけにはいかぬからな。この世界に残る人間の統治下の国は一つだけ。その他の地域はほぼ全て俺様の管理下にあるとはいえ、人間を滅ぼすつもりもないしな。人間は愚かな者ばかりだから、正直手下にするのは邪魔なだけだ」
「なるほど。暗黙で見逃しているということですね」
この世界って人間の国は一つだけだったのか。他の国に逃げるという選択肢が出なかったことでなんとなく察していた事実だったが、改めて聞くと嘆息してしまう。僕たちを捕獲しようとやって来た人たちを見れば、魔王が愚かだから邪魔と言うのは理解できた。
「――でも、勇者の帰還をさせる方法があるとはいえ、召喚を阻止しないのは怠慢じゃない? 勇者が召喚されることで、あなたに利点があるから見逃していた、と思えなくもないんだけど」
「え? でも、勇者って魔王を倒すために召喚されんだろ? 召喚されたら害しかねぇんじゃ……?」
思わずという様子で美海に疑問を投げかけた陽斗に、美海の冷たい視線が向けられた。「私の尋問の邪魔すんじゃねぇーぞ、おらぁあ!」と怒気が伝わってきそうだ。
傍目で様子を窺っているだけだった僕ですら身をすくめたので、陽斗の固まり具合は推して知るべし。アイに視線を向けると苦笑が返ってきた。
「……あなたの利点は、私たちの帰還のための代償に関係がありそうですね? 答えてもらえなければ、あなたが何を提案しようと私たちは受け入れることはできません」
魔王の利点とは。帰還の代償とは。アイの言葉から魔王の思惑を考える。情報が少なすぎて、全く分からないことが分かっただけだったが。
魔王は僅かに目を眇めてアイを眺めながら首を傾げた。
「それは、チキュウに帰還しないということか? 俺様の手助けがなければ、貴殿らは帰還できまい。……いや、もしや、何か手段を見つけ出したのか? そんな、まさか……」
途中から疑り深く探る眼差しになった魔王に、僕自身に視線を向けられているわけではないのに僅かに体が跳ねた。ちらりとアイの視線が気遣うように向けられて、目だけで謝る。僕は尋問の邪魔をする気はないんだ。
そんなやり取りをしている横で、美海が口を開く。
「さっきもいったけど、私たちの手の内を明かすつもりはないわ」
「……ああ、なんということだ。どうやら俺様は信頼を得られなかったようだな。仕方あるまい。僅かばかり情報を開示しよう」
魔王が美海を見た後、わざとらしい嘆きの声を上げた。
僅かばかり、と言っている時点で、どんな情報を寄越されようと、魔王への信頼は薄れると思うのだが、どういう狙いがあるのだろうか。
「――転移門を使うと、チキュウに帰還できるのは事実。だが、こちらに召喚された時間から離れた時間に帰還することになる。つまり、この世界にいた時間は行方不明扱いにされるということだな」
「私の推測通りですね」
「うむ。転移門が繫がる先は、チキュウのニホンという国の行政機関が所有する一つの建物だ。俺様はそこと友好関係を築き、転移門を設置しているからな」
思わず「え……⁉」と声が漏れそうになるのをなんとか堪える。
まさか日本の行政機関が異世界の魔王と関わりがあるなんて思いもしなかった。どういう状況で、関係を結ぶに至ったのだろうか。
美海と陽斗も驚いたように瞠目していたが、一人アイだけは、何やら思い当たる節がある様子で目を眇めていた。
「ニホンが色々と処理してくれるから、行方不明状態から元の生活に戻るのに手助けがあるはずだぞ? それは貴殿らにとって得であろう?」
「それは確かに助かるでしょうけど……」
魔王に答えながら、美海がアイに視線を向ける。美海もアイが何やら事情を知っている風なことに気づいたのだろう。
「……私たちはその後、国に監視されるということですね」
「ニホンでどういう扱いになるかは、俺様は関与しない」
アイの問いかけに明言を避けた魔王。それで、アイの言葉は間違っていないのだろうと分かってしまった。
美海と陽斗と視線を交わす。国に監視されるということがどういうことか実感は湧かないが、少なくとも歓迎できるものではないのは確かだろう。
「この世界で得た能力はどうなるのですか?」
「ふ~む。あちらの国で異質な能力は邪魔なだけだろう? 俺様は、こちらに置いていくことを推奨しているが」
この世界で得た能力は、確かに日本では異質で目立つことこの上ない。普通に生きたいならば、無い方がいいのだろうとは思う。だが、それならばアイはどうなるのだろうか。この世界に来ることで形づけられたアイという存在は、能力と一緒に消えてしまうのだろうか。
気づけば美海と陽斗から気遣わしげな眼差しが向けられていた。気分が落ち込んでしまったのを悟られたのだろう。なんでもない、と告げるように微笑むが、伝わった気がしなかった。
そんなやり取りの横で、アイの静かな問いが魔王に放たれる。
「それが、あなたの利点ですね? 勇者が置いていく能力をあなたは毎回入手してきたのでは? 自らの能力を高めるために、勇者召喚自体は阻止しなかった、と」
「――ほう。面白いことを言う。だが、まあ、要らぬというものをもらっても、勇者殿に不利益はあるまい?」
否定せずニヤリと笑った魔王に、僕たちは真実を悟った。
魔王が僕たちに帰還を手助けすると提案したのは、やはりただの親切心からではなかったのだ。
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