第50話 いざ面会!
準備を整えて僕たちは魔王との面会の日を迎えた。場所はこの日のために用意した、ダンジョン内の新たな階層だ。十階層にあった居住地を十一階層に変え、新たに十階層を会談に相応しい環境へと変化させたのだ。
もし魔王が僕たちに敵対する者であろうと、地の利はこちらにある。……はずだ。魔王がシステムに干渉できたことを考えると全く油断できないけれど。防衛用の仕組みは随所に盛り込んだが、それが魔王にどこまで効くかは未知数だ。
この階層増築のために、帰還のために溜めていた魔力を予想以上に消費してしまったことが地味に痛い。それはそのまま、帰還までの時間が延びたことを意味するのだ。
「――これで、僕たちの救済をしたいとか言ってたのに、帰還方法を提示できないなら、どうしてやろうか……」
「優弥、こわっ!」
「優弥がお怒りモードだぞー」
「魔力の消費が大きかったですからねぇ。およそ半月から一か月分ほどですか? うぅん、もっと侵入者から魔力を搾りとるように設定しましょうか?」
十階層に向かいながら文句を呟いたら、過剰反応された。共感してくれた上に提案までしてくれたアイはともかく、美海と陽斗は僕を揶揄っているだけだろう。まあ、それで緊張が薄れているようだからいいのだが……いや、やっぱり納得できない。
「――さて、魔王がこの階層に限り転移できるように設定しましたが、心の準備は大丈夫ですね?」
「ああ」
十階層はだだっ広い空間の中央にテーブルと椅子を並べている。魔王は人間と同じ姿に見えたが、大きさも準じているかどうか分からないと気づいたからだ。もし巨大な姿だったら、床に座ってもらうしかないだろう。そういうことを伝えていない方が悪いのだと納得してもらいたい。
それぞれいつでも戦闘態勢に移れるように椅子に座って、魔王が来るのを待った。
静かに時間が流れる。ダンジョンの監視を任せているパペマペに問題は起きていないだろうか。夕飯はどうしようか。なんて、今考えなくていいことばかりが頭を巡る。
もっと建設的なことを考えればいいのに、と自分のことながら呆れたところで、テーブルに置いた時計が十五時を指した。指定した時間だ。
不意に眼前の空間が揺れる。思わず目を疑った時、それは現れた。
「――――魔王?」
思わずぽつりと呟いた。僕以外の三人もポカンと呆然としている雰囲気がする。それも無理はないだろう。だって、魔王の姿は――。
「いかにも、俺様が魔王である!」
腰に手を当てふんぞり返った体勢の魔王が、テーブルの上で宣言した。
「――いやっ、小さすぎだろっ⁉ 大きさそっちかよっ⁉」
力いっぱい突っ込んだ陽斗に全力で同意した。隣に座っていた美海が「なんてことなの……」と呟き天を見上げるので、背を軽く叩いて気持ちを立て直してもらう。
広い空間にした分だけ魔王がより小さく見えるなぁ、と僕も現実逃避したくなりながら、頑張って魔王を観察した。
「親指くらいか……? 親指姫ならぬ親指魔王ってか」
「寒いからやめて」
「……すまん」
つい考えなしに呟いたら、美海から冷たい目を向けられた。僕の方が寒い。
「なるほど、なるほど……これは、戦えば、勝てそう……?」
「ま、待てっ! 俺様は、勇者たちを救済しようと提案しただろう⁉ なんで戦おうとするのだ!」
アイがじぃっと魔王を観察しながら呟くと、魔王がドヤ顔を崩してわたわたと慌てだした。どうやら僕たちに戦いを挑まれるのは、魔王にとって不都合なことらしい。
「それにっ、お前、会って早々失礼だぞ! 人が気にしてることを指摘しちゃいけないって、母ちゃんに教わらなかったのか⁉」
ビシッと陽斗を指さす魔王の勢いに押されたのか、陽斗が「うおっ?」と声を漏らして身を引く。それから漸く言われたことを理解したのか、呆れたように半眼になった。
「……小さいの気にしてたのかよ。確かに見た目を指摘するのはいけないことだったとは思うけどさ。魔王が『母ちゃん』とか言うの、解釈違いなんだけど」
「解釈なんて知らん! 俺様は俺様だ! 魔王である!」
再び胸を張る魔王を見て気が抜ける。この数日、万が一の事態に備えて緊張し続けていたのが馬鹿みたいに思えた。まあ、この小ささだからといって、見た目通り弱いとは限らないんだけど。
「人間たちの情報に魔王がこんなに小さいっていうのはなかったよな?」
「ありませんね。魔王の見た目の記述は『凶悪な雰囲気を漂わせた化け物』ですから。これは、勇者と共に魔王の元に赴いたと言われている騎士が、魔王城から送ってきた情報だそうですが」
「へぇ、そんな気概のある奴もいたんだな……」
凶悪な雰囲気、化け物、ねぇ。あまりに当てはまらない言葉に、魔王を見る目に疑いが混じる。まさか、本物の魔王じゃないとか言わないよな。考えてみれば、僕たち勇者一行が支配している場所にのこのこ現れるほど、魔王とは危機感がないのだろうか。勇者は魔王を倒すために召喚されたのだと知っているだろうに。
「うん? 俺様が本当に魔王かと疑っているな? まったく、見た目で判断するなよ。俺様が人間の目に触れる時は姿を偽っているのだ。それこそ、凶悪な雰囲気の化け物に、な。だが、勇者にその誤魔化しは効かん。そういう規則だから」
「……そうなんだ、です、ね?」
敬語を使うべきか迷った末に、よく分からない語尾になってしまった。魔王がニヤリと笑って片手を振る。
「楽にせい。勇者が魔王を敬う必要なんぞない」
「では、お言葉に甘えて」
と言いつつも、友人のようにフランクに話せる間柄ではないので、どうしても硬い話し方になる。
自己紹介もなんとなく済んだところで、どう話を切り出そうかと空気を読んでいたら、魔王の方が先に動き出した。
「うむ。初対面なのだし、茶でも飲みながら話すか?」
そう呟くと虚空から何かを取り出す仕草をする。その途端、テーブルの上に緑茶と和菓子が置かれた。きちんと魔王と僕たちそれぞれの大きさに合ったサイズだ。
「へぇ、魔王ってこういうことできんだな?」
「優弥殿の魔力収納より単純だ。魔術で転移させているだけだからな!」
魔王が当然と言いたげに頷いているが、その表情に浮かぶ誇らしげな色は隠せない。油断したら駄目だと思うのに、警戒する要素がどんどん削がれていく気がした。
アイが飲み物と食べ物に害はない、とこっそりと教えてくれたので、遠慮なくいただくことにする。緑茶は良い渋みがあり、どら焼きとよく合う。羊羹を選んだ陽斗はすぐに食べきって他のお菓子を手に取っているし、美海は練りきりを満足げに味わっている。アイは最中が口蓋にはりつく感覚に目を白黒させているようだった。
――懐柔されているみたいだな、とふと思う。気づいた途端に、忘れていた警戒心が蘇ってきた。
「――それで、僕たちを救済する、とはどういうことですか?」
これ以上雰囲気に吞まれないようにと本題に切り込むと、陽斗たちの表情もハッと真剣さを取り戻す。
緑茶を飲んでいた魔王が片眉を上げて、僅かに愉快げな色を瞳に浮かべた。一拍おいて口を開くのを、僕はジッと見据える。もし偽りを述べる雰囲気が少しでもあれば、僕たちの敵とみなすべきだろう。
「言葉通りだぞ? 俺様は、これまでにも勇者の帰還を手助けしてきたのだから」
予想していたこととはいえ、魔王の言葉は僕たちの心に僅かな安堵を齎した。
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