第49話 思いがけない接触
脱出する場合の物資の確保ができたところで美海たちが戻ってきたので、入れ替わるように着替えに行く。そうしている間も状況が悪化しているかもしれないと思うと落ち着かず、すぐにダンジョンコア部屋に戻った。
「変化はないか?」
「分かんねえ。でも、俺らは脱出の準備終わってる。美海はアイの分の荷物をまとめに行ったぞ」
「そうか……」
美海の姿が見えない理由を聞いて頷く。アイは相変わらず厳しい表情でシステムを操作していた。
「システムに干渉できる存在は本来いないはず……。いえ、まさか、私の能力が及ばない存在……⁉」
ブツブツと呟いていたアイが、何かに思い至った様子で目を見開き、スクリーンを凝視してから別のスクリーンを呼び出した。それぞれを片手で操るという凄技を見て、僕たちは目を点にしていたが、それに気づく様子はなく難しい表情をしている。
「なあ、何が分かったんだと思う?」
「俺が分かるわけねぇだろ……」
邪魔にならないよう小声で陽斗に問うのだが、陽斗が分かるわけがなかった。持っている情報量的に僕と大差ないし。
不思議に思いながらアイの動きを見守っていたら、美海が荷物を抱えて戻ってくる。床に積まれていた陽斗と美海の荷物と一緒に魔力収納に入れた。
そのとき、不意にアイが声を上げる。
「あ……! 返答が来ました……」
「返答?」
いつの間にかアイの手の動きが止まっていた。視線が向けられているのは、アイが後から呼び出したスクリーンだ。そこには見慣れたチャットアプリに似た画面が映されている。
思わずポツリと疑問を口にした。
「……これ、あれだよな?」
「有名なやつの偽物って感じ。詐欺アプリって思っちゃうわね」
「すげぇ似てるな」
アイの表情から緊迫感が薄れていたので、思わず軽口を叩いていた。そんな僕たちにアイが苦笑を向け、緊張で凝った肩をほぐすように肩を揉む。
「緊急でプログラムを組んだだけなので、本来のアプリとは違いますが……相手と連絡がとれるという点では問題ない出来ですよ」
アイが指さす先を追うと、アイの顔写真アイコンに吹き出しがつき、『あなたは誰ですか』という文章があった。
下に視線を滑らせると『俺様は魔王である』と返答がある。アイコンにはラーメン屋店主みたいに腕組みした黒衣の男のドヤ顔写真があった。
「――――魔王っ⁉」
思わず三人で声を合わせて叫んでしまう。
驚愕の表情で固まる僕たちに苦笑して、アイがその下も読むよう指示した。呆然としながら読み進め、僕たちはさらに驚くことになる。
「『勇者召喚被害者を救済する用意をしている』って、どういうことだ……?」
「『直接会い、要望を聞きたい』……って、魔王って悪役じゃねぇの……?」
「『面会日程はそちらに合わせる。騒がせて悪かったな。連絡を待っているぞ!』……って、悪かったと思うなら別の方法で接触してきなさいよ……」
順に読み上げながら顔を見合わせる僕たちに、アイは説明の必要性を感じたらしい。顎に指先を当て、何から説明するか悩むように斜め上を見ながら口を開いた。
「以前ご報告したかと思うんですが。魔王については私の能力でも探れないんです」
「ああ。なんか妨害される、的なこと言ってたな」
「はい。恐らく魔王はそれだけ絶対的な存在だということですね、この世界では。
「えぇー……そこまでなの……?」
「でも、この文章の感じだと、俺らと敵対するって感じじゃねぇみたいだよな?」
未だ戸惑う僕と美海より、陽斗は前向きだった。アイが言うならそうなんだろう、と納得すると、すぐさま目前の問題に目を向ける。
「そのようですね。これまで召喚されてきた勇者は魔王と戦ったという情報が残っていますが、魔王の方から戦いを挑まれたという情報はありません。この面会というのが勇者を誘き出す罠でないなら、この文章通り勇者たちを救済しようという意思を持つ存在と考えていいでしょう」
「罠の可能性も、当然あるよなぁ……」
呟きながら陽斗と美海に視線を向ける。どちらの表情にも迷いと恐怖が見えた。もし魔王が僕たちを倒そうと考えているなら、その戦いは熾烈なものになるだろうと分かっているのだ。
このアイコンを信用するなら、魔王は僕たち同様に人型だ。直接戦うことに僕たちが耐えられるかも問題だった。
「う~ん……これまでの勇者は魔王と相打ちになった、とこの世界では伝わっているようです。魔王城に向かった勇者は誰一人として帰ってこなかったから、と。同時に魔物の侵攻も停滞したことから、勇者が負けたと判断はされなかったようですね」
「それは、希望的な見方をしたら、魔王城に向かった勇者はそのまま帰還させてもらったってことよね。魔物に関しては……そもそも魔王が原因で勢力を増しているんじゃなくて、周期的なものとか? あるいは、魔王がなんとかしてくれるとか……」
美海が自信なさげに呟く。僕も同じことを考えたけど、結局のところ何が正解かなんて分からないのだ。思わずため息をついて意見を述べる。
「会って見なきゃ分からないってことだな……」
「……私の力不足です」
「いや、アイは十分やってくれてるだろ。落ち込むなよ」
肩を落とすアイを慌てて三人がかりで励ます。
アイの様子が落ち着いたところで、放置されていたスクリーンが視界に入った。
「あ、結局システムの干渉ってどうなったんだ?」
「それは、どうやら魔王がこのダンジョンに直接転移してこようとしていたからだったようです。こちらが拒否して、私の方から連絡ツールプログラムを組んだら、それを読み取って向こうでも展開し、連絡がとれるようになったところで干渉は終わりました。現在システムに異常はありません」
説明してくれたけど、正直完全に理解できたとはいえない。アイが組んだプログラムを魔王が読み取れるって、こっちのダンジョン内部の情報、筒抜けってことじゃないか……?
同じ危惧を抱いたのか、美海が険しい表情をしていた。
「システムの異常はなくなっても、完全に安全地帯とは言えないわけだな……」
「いつでも逃げれる準備はしておきましょう。逃亡ルートの選定も」
「逃亡ルートは私の方で考えておきます。……正直、魔王がここに干渉できたことを考えると、絶対的に安全な場所というのはないと思いますが」
アイの言葉でさらに不安が増してくる。僕たちは魔王が敵でないことを祈ることしかできない。
「……早めに魔王との面会日を設定すべきじゃね?」
「その心は?」
「不安な日々が続けば、疲労が積み重なる。それは万全な体制での戦闘ができないってことだろ。それなら、まだ多少勝ち目がある状態で会うべきじゃねぇかな、と……」
「……確かに、そうね」
陽斗の言葉に、美海が躊躇いがちに同意した。僕も納得できなくはない。アイは難しい表情をしていたが、僕たちの意思を確かめるように見渡した後に頷いた。
「では、できる限り情報を集めるために三日ください。それから準備に一日程度として……面会日は五日後と連絡しましょう」
「ああ、頼んだよ、アイ」
アイの言葉で漸く決意を固めて、忙しなくそれぞれの準備に動き出した。
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