AIさん、対面する

第48話 非常事態発生⁉

 ぷかぷかと浮かんで波に揺られる。日差しはほどほどに温かく、快適な気温だ。こんなにのんびりとした時間を過ごすのは久しぶりである。


「優弥ー、なに無気力に波に揺られてるの? ほら、こっちのボートで遊ばない?」

「……美海は元気だなー」


 体勢を起こして海底に足をつけ振り向くと、バナナ型の浮き輪に乗った美海が満面の笑みで手を振っていた。手足で漕ぐのとは比較にならない速度で進んでいる。

 浮き輪の先端につけられたロープを引っ張っているのは、この為だけに召喚されたイルカっぽい魔物のクーちゃんだ。美海が早くからクーちゃんと呼んでいたので、正式名称は覚えていない。


「優弥は元気なさすぎるぞー? 俺とサーフィンやるか?」


 バナナボートが起こす大きな波に乗ってきたのは、陽斗だった。バランスよくサーフボードに乗りこなす姿はカッコいいが、正直僕が同じようにできる気がしない。元々がインドア派だってこと忘れないでほしい。


「……いや、いいや」


 二人から目を逸らした先にいたのはアイだった。目が合うときょとんとして首を傾げている。輪っかの浮き輪に嵌まり、先ほどまでの僕と同じようにぷかぷかと浮いていた。うん、これくらい緩い感じに海は楽しみたい。


 自分の浮き輪を摑み直して再び寛ごうと思った時、ピャッと水をかけられた。油断していたので、避けることもできず顔が塩水で汚れる。ついでに鼻にも入った。


「っ、げっほ、ごっほ!」

「わわ! ごめんなさい! そこまでかけるつもりは……!」

「ケホッ! ……いいんだけどさ。なんで急に水かけたんだ」

「優弥さんも遊びたいのかなって思って……?」

「視線の意味を誤解しないで! ぷかぷか浮いてるの可愛いなって思って見ただけだから!」

「か、可愛っ――」


 真っ赤になって手を無意味にばたつかせるアイを見て、思わず微笑んでしまった。


「おぉい、そこのお二人さん、そういうことは二人っきりの時にやれ?」

「ッウゴ!」


 すぐ傍を再びサーフボードが通り過ぎていった。それによって生じた波にうっかり吞まれて、頭から海水を被ってしまう。二回もこれは、さすがにしんどい。主に鼻の粘膜的に。


 海で癒されに来たはずなのに、疲れてしまった気がしたので早々に上がることにした。砂浜で昼食の準備でもしよう。海で遊ぶときはたいていバーベキューだし、火をおこせば終わりだけど。食材はもう下ごしらえをしてきてあるし。


「優弥さん、もう遊ばないんですか?」


 浮き輪を引っ張り歩く僕をアイが窺う。バタ足で進んでいるようだが、正直海底に足をつけた方が楽だと思うんだけど。……アイは身長が低いから、今の場所だと無理か。頭まで浸かる姿が目に浮かぶ。


「どうして笑ったんですか?」

「っふは……いやっ、なんでもない!」


 まさか間抜けな姿を思い浮かべたからとは言えない。アイはなんとなく気づいているようで、ジトッとした目を向けてくるが、必死に笑いを堪えて取り繕う。


「そろそろいい時間だし、昼食の準備を、な」

「ふ~ん……私も手伝いますよ!」

「ありがとう」


 追及を断念したアイが話にのってくれたので良かった。そう安堵して砂浜に向かっていると、突如空間を切り裂くような高い音が聞こえてくる。


 ――ビーッビーッビーッ!


「っなんだ、この音!」


 聞いたことがない音だ。混乱して周囲を見渡すと、美海と陽斗も警戒した表情で視線を彷徨わせていた。


「――まさか、システムに侵入された……?」


 アイの呟きが耳に入る。振り向くと、驚愕の表情でどこかを見つめていた。それと同時に何かを操作するように指を空中で動かしている。

 息を呑んでその姿を見つめていると、厳しい表情で首を振り手を下ろしたアイが、猛然と砂浜に進み始めた。


「おい、アイ! 一体何が起きたんだ⁉」

「ダンジョンシステムが何者かに干渉を受けているようです。この場での対処は難しいので、ダンジョンコア部屋に向かいます!」

「なっ⁉ そんなこと、あり得るのか⁉」


 衝撃を受けてアイを問い詰めながら、片手はアイの浮き輪を引っ張っていた。アイが泳ぐ速度を考えたら、僕が引いていく方が速い。


「普通はありえません! だから、驚いたんです。先ほどの音は、システムが管理権限の無い者に操作されようとしているという警戒音です。念のためと思って設定して助かりましたね……」

「アイちゃん! こっちに乗った方が速いから!」

「ふぎゃっ⁉」


 話していたアイを、近くに来ていた美海がバナナボートに引き上げた。クーちゃんが引っ張って、瞬く間に僕の先を進んでいく。見事置いていかれる形になったんだけど……いや、文句は言うまい。今は非常時だし、あのボートの定員は二人だったんだから。


「グフッ……!」


 再び盛大に波を被って咽てしまったんだが、本気で僕の鼻駄目になるかもしれない。頬を濡らす海水に違う塩分の水を混ぜながら、持ち主のいなくなった浮き輪を引いた。


「優弥も早く来てねー!」

「先行ってるぞー!」


 再び傍を通った陽斗から声をかけられ、そちらを向いた瞬間に再び波を被った。これ何度目だ。いい加減、僕も学べよ。


「――どいつもこいつも……僕に海水ぶっかけるなよっ!」

「お、どうしたどうした……?」


 なんとか砂浜に辿り着き、待っていてくれた陽斗に開口一番そう叫んだのは咎められないはずだ。陽斗は戸惑っているけど、美海たちに怒れない分、今のうちに受け止めてほしい。


 とりあえず、僕の鼻は死んだ。



 ◇◆◇



 海水を落とす暇もなくダンジョンコア部屋に向かうと、アイが必死にスクリーンを操作していた。絶え間なく動く指先と共に、スクリーン上で変化が生じる。だが、アイの険しい表情を見るに、状況は悪いようだ。


「……どんな感じだ?」


 アイを見守っている美海に尋ねながら、その肩にタオルを掛ける。水着姿のままだったからだ。ボートの上にいたから然程濡れていないけど、さすがに室内でその姿のままなのはいただけない。


「あ、タオルありがと。状況は私には分からないけど……まずそうね」

「そうか……、美海、着替えて来ていいぞ。ここにいたところで、僕たちができることは今のところなさそうだし」

「そう? ……そうね。何があるか分からないし、武装してくるわ」

「ああ。交代で着替えよう」


 美海が出て行ったところで、陽斗にも視線を向ける。もしダンジョンシステムに干渉されて、敵がここに侵入してくるようなことがあれば、攻撃力がある美海や陽斗に頼らざるをえない。しっかり準備をしておいてもらわなければ。

 陽斗が頷いて着替えに行ってから、アイに視線を向ける。アイは僕に気づく様子もなく、システムの防御に集中していた。

 アイにタオルを掛けるのは邪魔になるかと椅子の背に掛け、その作業を見守る。正直、何をやっているのか全く分からない。


「――ダメです。システムを防御しきれない。一体何をしようとしているの……。こんなことができるのは……?」

「まずいか?」


 タイミングを見計らって声をかけると、アイの肩がピクッ震えた。だが、こちらを振り返ることはなく、指の動きも止まらない。


「っ、……優弥さん、正直、ここからの脱出を考えた方がいいかもしれません。ここまでシステムに干渉できる存在がいるとは、予想外です」

「そこまでか……!」


 予想以上に悪い状況だった。思わず絶句したが、すぐに頭を切り替える。ここで思考を停止させることほど無駄なことはない。

 ダンジョンから脱出するとなると、何が必要だ。そう考えて、別のスクリーンを呼び出す。アイがシステムを弄っていても、僕が普段使っている機能はそのまま使えることを確認し、宝箱のアイテムをチェックした。

 ここから離れるなら食料は大切だ。あとは攻撃用のアイテムや野営道具。陽斗が使う用の剣は予備がたくさんあった方がいいだろう。


 なんとか防衛に努めるアイの横で、僕は万が一の事態に備えて忙しなく作業を進めた。

 まったく、ディックたちの力を削いで漸くゆっくりできると思ったのに、運命は僕たちを休ませてくれないらしい。

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