第47話 猫じゃらしを振る(他者視点あり)
それは突如生まれた。
◇◆◇
「全く、貧乏くじ引いちまったぜ……」
ブツブツ文句を呟きながらダンジョン門を通る。ダンジョン攻略は今日が初日。本来の目的は勇者捕獲とはいえ、来たばかりの俺にそれができると思えるほど自惚れていない。
地元で細々と冒険者家業をしていたが、ギルドに緊急招集され訳も分からぬまま駐屯地に送り込まれた。各冒険者ギルドにつき一人以上、冒険者を駐屯地に向かわせるよう国から指令があったらしい。その一人に選ばれたのが俺である。
いつもどおり依頼を受けようとギルドの建物に入った瞬間に、俺に向けられたギルド長の視線は一生忘れないだろう。言葉がないのに『こいつを犠牲にしよう!』という意思が伝わってくる目は、むしろ一生忘れられない。とりあえず地元に帰ったらギルド長ぶん殴る。
何はともあれ。無理やりであっても受けてしまった依頼は断れない。諦めてダンジョン攻略を始めた俺の目に、不可解な物が映った。
「なんだ、あれ……?」
ダンジョンは洞窟から始まるのだと聞いていた。その前情報通りの空間が視界に入ったが、一つ前情報にはなかった物が洞窟の壁にくっついている。
どこかの光景が映された板のように見えた。
罠を警戒しながらその光景に目を凝らした俺は衝撃の事実に気づく。
石の台座に置かれた剣と杖の映像。何も知らなければ、何も気づかずに流してしまっただろうが、幸か不幸か、俺は駐屯地での騒ぎも、ダンジョン産魔物が遠征してきたという情報も知っていた。
「マジかよ……もしかして、これ、俺が報告しなくちゃいけないのか……?」
泣きたい気持ちで周囲を見渡しても、精神的に受けた衝撃を共有できる存在はいない。ほぼ全ての冒険者や騎士がダンジョンの二階層に直接向かうようになっているのだから、このひと気のない一階層で俺の味方がいないのは当然だった。
「……報告は迅速にすべきだよな……」
自らに言い聞かせるように呟き、重い足を引きずるように踵を返す。幸いなのか、ダンジョンから出るにはダンジョン門を通ればいいだけだ。初日に死に戻りを回避した点だけでも喜んでおきたい。この先の未来がしんどいのを悟って、現実逃避しているだけだとは分かっているけど。
「お、おっとぉ? あんた、さっきダンジョンに入ったばかりじゃなかったっすか?」
ダンジョン門から出ると、今からダンジョンに突入しようとしていた冒険者たちと向かい合うことになった。慌てて避けてくれた先頭の冒険者に感謝を呟き、のろのろと足を動かす。
果たして誰に報告すべきなのか、まだ駐屯地のこともよく分かっていないので悩む。
「ちょ、一体何があったんすか⁉ 目も顔も死んでるっすよ⁉」
「まさか、パンツとられたか?」
「馬鹿ね、彼は死に戻りしてないじゃない」
「それをとられるのは、貴方たちだけであってほしいです~」
呼び止めてくれるな、と思いながら振り返ってから気づく。この冒険者たちも巻き込んでしまえばいいのだ。俺よりもよほどここでのことに詳しいだろうし。
「実はな――」
俺の報告を聞いた冒険者たちとその周囲で喋りつつ耳を傾けていた者たちは、揃って目を虚ろにさせて、逃げようとした。『なるほど、これが死んだ顔』と思いながら、手近の冒険者の腕をガシッと摑む。ここで逃してなるものか。
後から聞いたが、その力の強さと目の闇加減に『逆らったら殺されるっす!』と思ったらしい。正直すまん。俺も必死だったんだ。許してくれ。
◇◆◇
「ディックとエリックが来たぞ~」
軽食をとりながらダンジョンの監視映像を眺めていた僕の言葉で、人生ゲームで盛り上がっていた陽斗たちが慌てて近づいてきた。どうでもいいけど僕抜きでゲームされてるとちょっと悲しくなるぞ? なんで僕が監視当番の時に近くでゲームを始めるんだ。
「ぶっはっ! やべぇっ、最高に絶望顔!」
「やだぁ、澄ました顔がこんなに崩れるのね」
陽斗と美海が評する通り、ダンジョン一階層にやって来たディックたちは非常に暗い面持ちだった。
それはそうだろう。武器の力を借りて威張っていた者が、間抜けにもそれを奪われたら周囲からどう思われるか。答えは明白である。チュウ騎士の例もあるし。
周囲からの冷たい目に晒されたディックたちは、それでも必死に武器を探していた。同日にダンジョンの魔物が外に出てきていたという報告も上がっていたから、捜索範囲はダンジョン内にも及ぶ。
ダンジョン内で死に戻りをしたことで、武器の所有権は現在空白になっているのだが、武器たちが僕たちの持ち物に加わる気がないのは、もうどうでもいい。僕たちも手に入れるつもりはないし。ダンジョン能力で魔力に変えるのも抵抗されたから、もう武器たちのことを考えるのはやめた。
「久しぶりに武器を見れて喜んでいるみたいだな」
「むしろ嘆いてるのでは……?」
僕の感想にアイが首を傾げる。
ディックとエリックが、一階層に設置したモニターに縋り付き泣き喚いていた。うるさすぎて何を言っているかは全く分からない。
「正直さ、今更こいつらをここに呼び寄せる必要ないんじゃねって思ってたんだけど」
「武器の所有権、もう私たち欲しくないしね」
「むしろ、ダンジョンの攻略を必死で進めるかもしれないから、害悪の可能性もあるよな」
口々に呟きながらも、僕たちの意見は恐らく同じだろう。スクリーンから僕たちへと視線を移した陽斗が良い顔で笑んでいる。
「――こいつらのこの顔を見れただけで、やった甲斐があったな!」
晴れ晴れとした表情とは裏腹に、底意地の悪い言葉だったけど、僕は美海と顔を見合わせ苦笑するだけだ。
ディックとエリックのせいで、ダンジョンを急いで改変させるために徹夜したし、精神的に疲労した。これくらいの意趣返しをしても咎められるいわれはないだろう。
アイが『しょうがないなぁ』と言いたげに微笑んで、スクリーンを操作する。
とある場所に置かれた剣と杖の上に、大きな石が現れた。それは武器を押しつぶそうとするかのように、じりじりと降下していく。
ディックとエリックが音が割れるほどの声で何かを叫んだ。
「いいね、いいね! 次は硫酸漬けを示唆してみましょうよ!」
「硫酸ですねー、了解です!」
美海が嬉々と進言すると、アイが笑顔で受け入れた。
今にも武器に触れようとしていた石が突如消える。アイが操作したのだ。
ディックとエリックがホッと息をついたのを見てから、アイが再びスクリーンに手を翳す。
武器の近くに液体が入った透明な壺が置かれた。その液体の意味を示すように、金属片が投げ込まれるとそれは当然のように溶けていく。
この後の展開を悟ったのか、ディックとエリックが絶望顔で再び叫び、モニターに手を伸ばす。そこにないのは分かっているだろうに、武器を助けたくて必死なのだろう。
「次は――」
「――了解です」
美海が次々に提案し、アイが即座に実現させる。その度にディックとエリックは叫び、安堵し、絶望し、どんどん疲弊していった。
僕と陽斗はドン引きである。美海のマッドサイエンティスト気質がここで発揮されるとは思わなかった。というか、サディスティック――。
「あ、もしかして、優弥もこれしてほしかった?」
「まさかそんなわけありませんよみなみさん」
良い笑顔の美海が振り返って聞いてきたので、慌てて一息で否定して、この場は美海とアイに任せることにした。僕の思考を読んだように反応してくるとは、美海恐るべし。
「僕は昼食の準備してくるから、思う存分遊んでていいぞ!」
「ちょ、優弥だけ逃げるな! 俺が今日は手伝ってやるぜ!」
必死な陽斗もついてきたけど、慈悲深い気持ちで受け入れる。たとえ猫の手の方が役立つ能力しか持っていなかろうと、この場に陽斗を取り残すほど僕は性格悪くないんだ。僕に感謝したまえ、陽斗君。
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