第46話 スパイ作戦④

 ワラドールたちを見守っていた僕たちの間に沈黙が流れた。

 ワラドールと数体のスライムは負傷状態ながら帰還した。だが、恐らく今回の目的とした武器奪取を担ったスライムは――。


「――倒された、か……? いや、だけど、それなら剣や杖が放り出されるはず……」

「……優弥が作った魔力収納箱、持ち主が死亡したら中身も消失することになっていたけど、あの剣と杖は持ち主がエリックとディックのままだから、外に放り出されるだけって……アイちゃん言ってたよね⁉」

「どういうことだよ⁉」


 混乱している僕たちに、アイがきょとんと瞬きして首を傾げた。その表情を見て、何か認識に誤差があると気づく。


「剣と杖を保持したスライムは無事帰還していますよ?」

「……へ?」


 気が抜けるような声が漏れた。動きを止めた僕たちに、アイがスクリーンに映る一体のスライムを指し示す。そして当然の事実を確認するように説明してくれた。


「このスライムが剣と杖、両方を持っています。ワラドールがダンジョン門に向かって蹴ったのは囮のスライムですね。ビリーたちの意識を逸らすために、いざというときはその手段をとるよう指示してありました」


 ニコッと笑ったアイが、『褒めて褒めて!』という目で見てくる。僕たちの方は思いがけない報告に思考を停止させているというのに、全く頓着していないな、アイは。そう思いながらじわじわと実感が湧いてきて、僕も興奮で震える手でスライムを指した。


「ということは――?」

「ワラドールたちは任務を達成してくれたということ、よね……?」

「つまり――」


 陽斗と美海と顔を見合わせる。それぞれの顔に徐々に喜色が浮かんでくるのが分かった。


「――武器の奪取成功じゃん!」


 僕たちの思いを表すように、陽斗が一気に弾んだ声で宣言した。その勢いのまま僕と美海に抱きついて喜びを爆発させる。仲間外れにされたアイが伸ばした手を彷徨わせ、拗ねたように唇を尖らせていた。

 陽斗が思った以上に大興奮していたので、逆にちょっと頭が冷えた僕は、彷徨っていたアイの手を摑み引き寄せる。遠慮せずに抱きついてくればいいのに、アイは変なところで遠慮がちだ。


「わわっ⁉」

「全部アイちゃんのおかげだよ!」

「お、わりぃ。……アイ、ありがとな!」


 つんのめるように抱きついてきたアイに気づいた陽斗と美海にも迎えられ、四人で喜びを分かち合う。アイの顔が赤く染まり、嬉しそうにはにかんだ表情がやけに印象的だった。


「アイ、やったな」

「ふふふ、優弥さんたちのご協力あっての成功ですよ!」


 頭をポンポンと撫でると、誇らしげに胸を張るのがおかしい。笑みで緩む表情を抑えることができなかった僕の背後で、ポンと音がなった。振り返るとワラドールとスライムの姿。

 負傷者の登場に美海が慌てて治癒魔術をかける。僕たちも冷静さを取り戻して、ワラドールたちに労いの言葉を掛けた。


「それで、剣と杖は?」

『はい! こちらのスライムが持っておりますよー』


 落ち着いたところで尋ねると、ワラドールがスライムを指す。その先のスライムが心得たように一度跳ねてから、数瞬の間をおいて固まった。変な沈黙が流れる。


「どうしたの……?」


 恐る恐る問いかけた美海に、慌てたようにワラドールがスライムを抱き上げる。


『早くお出しするんですよー!』


 ぶんぶんとスライムを振り回すワラドールを慌てて止めた。途端にスライムがワラドールの頭にへばりついて反撃する。


『あああぁああっ! わたくしの頭がぁあああっ!』

「うるせぇっ!」


 陽斗が目覚まし時計を止める要領でワラドールの背中を叩いた。


『あうっ……。わたくし……何故怒られるのです……?』


 悲しげに猫背になり哀愁を漂わせるワラドールを流し、頭から離れたスライムを見つめる。このスライムが何故剣と杖を出したがらないか分からない。


「あの……たぶん、その武器たちは、私たちが持ち主になることに抵抗しているんだと思いますよ?」

「え、どういうこと?」


 控えめに告げるアイに視線が集まった。アイは咳ばらいをして姿勢を正し、スライムを指さす。


「このスライムが持っている魔力収納箱の中に剣と杖が入っているのは確かです。それがここに出され、優弥さんたちが手にしたら所有者が変わることも。ですが、この剣と杖はある程度持ち主を選ぶ意思が付与されているようなのです」

「……武器に、意思……」

「だから、この場に出されることに抵抗していて、もし無理やり出しても、恐らく手に持つことを抵抗されるので危険でしょう」


 初めから、武器を奪取できても、ディックたちをおびき出す餌にする予定ではあった。だが、所有者を変えることができたらそれに勝ることはないとも思っていた。

 アイが言うことが事実であるなら、やはり当初の予定通りにすべきということだろう。


「……っつうか、意思持ってる武器とか、怖っ!」

「ホラーは無理っ!」


 陽斗と美海が一気にスライムから離れる。正直、僕が抱いた思いも二人とかけ離れていない。


「――僕たちはその武器がなくても困らないわけだし、このまま餌置き場に設置するか……」

「賛成!」

「スライム、さっさと行ってこいよ!」


 遠ざかられて秘かにショックを受けた雰囲気だったスライムが、陽斗の指示を受けて、一気にやる気を蘇らせる。決意に満ちた雰囲気で再びダンジョンへと出て行った。

 役目を終えたワラドールたちにも、暫く休養をとるようにと告げると、それぞれ待機場所に散っていく。最後までワラドールが『わたくし、もうお役御免ですか……? まだまだ役に立ちますよ……?』と訴えてきていたので、近いうちにまた何か指令を出さないと嘆きがうるさくなるかもしれない。


 落ち着いたところで、それぞれ椅子に座って寛ぐ。そこでふと疑問が浮かんだ。


「あの武器が意思持ってるなら、なんで魔物が奪取できたんだ? それにも抵抗できただろう?」


 違和感だった。魔力収納箱から出されるのに抵抗できるのに、魔物に収納されることに抵抗できないなんてことあるだろうか。

 ダンジョンの監視作業に戻っていたアイに視線を向けると、顔を向けつつも視線を逸らしたアイが苦笑した。


「……知りたいんですか?」

「え、怖い導入やめろ?」

「ちょっと、ホラー展開なら、私がいないとこでしてよね!」

「き、気になる……」


 思わず身を引いた僕と耳に両手を当てて塞ぐ美海、好奇心で前のめりになる陽斗。それぞれの様子に再び苦笑するアイが視線を落とした。……これは、好奇心は猫を殺すってやつか、とさらに内心で引いていると、アイがおもむろに口を開く。


「私は武器の気持ちなんて分かりません」

「分かったら怖いよな……」

「ですが、多角的な情報を得て、推測することはできます」

「え、アイちゃん、すご……」

「その結果分かったことは――」

「やけに引っ張んじゃん……。超気になる」


 アイが一言放つ度に僕たちが口を挟むのだが、それがなんだか面白い。というか、美海は聞かないんじゃなかったのか。手が耳から離れてるぞ。

 現実逃避気味に皆の様子を確認していた僕の目がアイの視線とぶつかった。僕が首を傾げると、アイが覚悟を決めたように大きく頷く。


「――あの剣と杖は、ヒロイン思想の持ち主です」

「……は?」


 アイが何を言っているのか理解できなかった。間抜けな声を漏らしてしまった口を慌てて閉じる。陽斗と美海もポカンと口を開けていたから恥ずかしさが多少紛れた。

 そんな僕たちに理解を示すように、アイが再び頷く。


「変ですよね? これ、絶対変ですよね? でも、私が調査した結果はこれで間違いないんです……! あの剣と杖の思考をトレースすると、『魔物が来た? 攫うつもり? ……ふふふ、いいじゃないか! 攫われの姫だね。きっとエリックは僕を助けに来るよ……!』とか、『ああ、なんて可哀想な私……! 一時離れる私をお許しください、ディック様……。貴方が私を救出してくださるその日まで、私は遠くから貴方が健やかであられることを見守っておりますから……!』って感じなんです……」


 やはり理解が追い付かない。内容よりもまず、アイが感情豊かに武器たちの思いを代弁するのが理解できない。

 遠い目をする僕たちの前で、アイが恥ずかしそうに頬を染めた。


「……くぅ、結果を疑って何度もトレースを繰り返したばっかりに、思わず感情をのせすぎてしまいました……!」


 後悔するアイはやっぱり可愛いなと思いました。まる。


「――あの武器、どっかに捨ててこようぜ‼」


 叫んだ陽斗に完全同意したかったけど、あと一歩のところで理性が踏みとどまらせた。これ以上なく残念である。

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