第45話 スパイ作戦③(他者視点)

 俺たちは久しぶりに訪れた休暇を前に、意気揚々と駐屯地に向かっていた。

 毎日ダンジョンに向かわされる身だが、週に一度休暇日が設けられている。この周辺にはダンジョン以外何もないから、できることと言ったら駐屯地で飯を食い、酒を飲み、好きなだけ寝ることしかない。だが、ダンジョンで死に戻りする日常から解放されるというだけで至福の時間なのだ。


「俺たちの休養を考えてくれる程度には、いい司令官だよな、あの偉そうな奴」

「ただ、精神崩壊して廃人になるのが無駄って判断してるだけな気がするっす」


 前を歩くビリーが疲れ切った表情でため息をつく。俺もつられてため息が漏れた。

 俺もビリーも死に戻る度にパ……下着を奪われるのはどうにかならないか。最近、アリスやキャリーだけでなく、他の冒険者からも変な疑いを抱かれている気がする。愛用の剣や鎧を奪われている連中より遥かに恵まれているはずなのに、納得できない気持ちで顔を顰めてしまう。


「ねぇ、キャリー、明日何食べたい?」

「う~ん、久しぶりに美味しいお肉食べたいですね~」

「お肉! いいわね」


 アリスの目がちらりと俺とビリーに向けられた。その視線に軽く肩をすくめて答える。ビリーが気合いが入った様子で拳を握っているのが見えた。

 俺たちの休暇は肉の獲得に費やされるらしい。果たしてこの周辺に旨い魔物はいただろうか。なかなか骨が折れそうだと思いながらも、期待で心が躍るのは、そろそろここでの飯に飽きているからだ。

 ダンジョンを攻略中に落ち着いて飯を食えないのは仕方ないが、駐屯地でも大して旨くない飯で腹を満たさねばならないのはうんざりだ。アリスは料理が上手いから、旨い魔物を狩ってきた俺たちに、久々の美食が供されることだろう。

 既に溢れてきた唾液を飲み込み、駐屯地に進む足を心持ち早めたが、ビリーによって止まることになった。


「どうした?」


 前方を見透かすように目を細めるビリーに足がぶつかり、問いかけながら視線の先を追った。

 駐屯地が少々騒がしい気がする。魔物の襲来でもあったのだろうか。駐屯地にはたくさんの騎士が駐留しているはずだから、周辺に棲息する魔物が襲ってきたところでこれほどの騒ぎになるとは思えないのだが。


「……魔物が集ってやって来るっす」

「なに? ダンジョン外の魔物が徒党を組むことはあまりないはずだが」

「もう休みだと思っていたのに……」

「面倒ですね~……」


 ビリーの言葉に耳を疑いながらも、それぞれ戦闘の用意をする。ここはダンジョンではないのだ。不注意で死に至ったら蘇ることはできない。


「――止まったっす。気づかれたかもしれないっす」

「大して旨い魔物じゃないなら、逃げたところで追う気はないんだが」


 無駄な戦闘はしたくない。怪我は治癒されているとはいえ、ダンジョンで負った疲労感は癒えていないのだ。

 ビリーの目が僅かに動く。横目でそれを確認しながら俺も魔物の姿を確認しようと目を凝らすが、暗闇が広がるばかりだった。


「俺らを避けてる感じっす」

「随分知能がある魔物のようだな。どこに向かおうとしているんだか」


 ただ人が集まる駐屯地を避けているだけなら良い。だが、俺たちの後ろにあるのはダンジョンだ。もし魔物たちがそこを目指しているなら――。


「――確認が必要だな」

「……了解っす」

「うわっ、余計な仕事が増えた……」

「もう寝たいです~……」


 アリスたちが嫌そうに文句を言うが、魔物たちがどこへ向かおうとしているか確認するのは大切だ。気づかないうちにダンジョンから魔物が外に出ていて、これから戻ろうとしているなんて事実があったなら、それを見逃すのは冒険者として怠慢である。

 俺たちを避けるように進む魔物たちを、こちらも遠巻きに追うと、ビリーが苦渋の声を上げる。


「だいぶ遠回りをしているみたいっす……。でも、確実にダンジョンに向かってるっす……」


 既に魔物たちの目的地を断定したらしい。疲労感を覚えながら、アリスたちと視線を交わした。

 俺たちがこれからすべきなのは、魔物たちをダンジョンに入れる前に討伐することだ。駐屯地で大きな魔物襲来があったようにも思えないし、魔物たちが何を目的にダンジョン外に出てきたのか分からないが、ダンジョンに戻ることは阻止しなければならない。

 幸いなことに、魔物たちから感じる魔力はあまり強くない。俺たち四人でかかれば、瞬殺も可能だろう。


「――行くぞ」


 ダンジョン近くは冒険者たちにより切り開かれている。松明もあり、それなりに視界が確保できる。

 そこで漸く魔物の姿を確認して、俺は戦闘の開始を宣言した。あれは確実にダンジョンの魔物だ。あの姿、忘れるはずがない。


「――死ねっ!」


 藁を束ねたような魔物に駆ける。驚いたように振り向かれたが、もう遅い。俺の剣がその首を刎ねるっ――。


「嘘だろっ⁉」


 キンッと音を立てて剣が弾かれた。魔物の手には一本の釘。まさか、それで俺の剣を弾いたというのか。

 信じられない状況に驚き、一瞬体が止まる。その隙をつくように、藁の魔物が足元にいたスライムを蹴った。凄まじいコントロールでダンジョン門へ飛んでいくスライムに、アリスが放ったファイアランスが向かう。藁の魔物の行為から、そのスライムが重要な意味を持っているのだと悟ったのだ。


「――そんなっ!」


 悲鳴のようなアリスの声。狙っていたスライムを庇うように別のスライムが跳び上がったのだ。そのスライムの死とともにファイアランスが消失する。本来何体も魔物を貫くこともできるアリスの魔術が、一体にしか効かなかったということは、俺たちが思っている以上にこの魔物たちは強いのだ。


「私がいきますよ~っ!」


 キャリーが身軽に駆ける。剣をスライムに振り下ろそうとしたその眼前を、炎が走って跳び退いた。

 ギョッとして俺もその炎の元を見ると、いつの間にか俺たちから離れた藁の魔物が、筒を手に走っていた。あの筒には見覚えがある。あれのせいで死に戻ったことがあるのだから当然だ。

 苦い思いのままに駆けて再び剣を振る。スライムはダンジョン門にあと一歩のところまで辿り着いていた。何としても、あの魔物だけはダンジョンに戻してはならない。


「――俺を忘れるなっす!」


 スライムを庇うように藁の魔物が立ちふさがったが、その腕はビリーの短剣により斬られ、体を蹴り飛ばされた。そうなることを分かっていた俺は、止まることなく剣を振りきる。


「よしっ! アリス!」


 剣でスライムを倒すのは難しい。だからダンジョン門から離すように振った剣で、スライムは見事に飛んだ。そのスライムにアリスの魔術が放たれる。もうそれを庇える魔物はいなかった。


「倒したわよ!」


 アリスの魔術によりあっさりと倒されたスライム。その他の魔物を倒さねばと周囲を見ると、既に魔物の姿は見えなくなっていた。


「……他の魔物は?」


 思わず問いかけた俺に、ビリーとキャリーから渋い表情が向けられる。


「あの藁野郎、片手で筒を使って炎を放ってきたっす。それを避けるのに精いっぱいで……他のスライムどもはいつの間にかダンジョンに戻っていたっす……」

「ごめんなさい~……。火への恐怖心で足を止めてしまいました~……。藁の魔物は火を噴くアイテムを投げて、ダンジョン内に戻ったみたいです~……」


 思わず沈黙した。ダンジョン門の前には消えかけの炎があった。一定時間炎の壁をつくるアイテムだろう。追ってくるのを防ぐために使われたらしい。

 何度も火により死に戻りした俺たちだ。火への恐怖はしっかり根付いている。思わず足が止まったと言われても咎められない。

 あのスライムに執着して、他の魔物に意識を割かなかった俺も悪かったのだ。


「――藁野郎どもはあのスライムを守ろうとしていた。恐らく、奴らはあのスライムをダンジョンに戻すことを目的としていたんだろう。それを妨げられただけ、成果として認められるはず」


 口ではそう言いながらも、正直この言い分がどこまで認められるか怪しいと思っていた。それはビリーたちも同じで、気まずそうに顔を俯けている。


「この辺にはもう魔物はいないようだ。報告をしなければな」


 今になって騒ぎに気づいたのか、死に戻り地点に詰めている騎士や冒険者がこちらに駆けてくるのを見ながら、思わずため息をついた。

 明日の休暇が泡のように消える予感がする。

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