第44話 スパイ作戦②
ディックが何やら不審そうにしながらテントに帰ってきた。
「これは……違和感があるみたいだな」
「傍に魔物がいるってバレるんじゃねぇか?」
僕と陽斗だけではなく、アイと美海も渋い表情をしていた。予想外の事態だ。
「野生の勘、って感じかな」
「う~ん、そこまで優れた能力の持ち主ではなかったと思っていたのですが。……こういう場合に備えて、スライムたちに指示をしていますので、大丈夫だとは思います」
「指示?」
アイが言う指示の内容が分からず首を傾げると、スクリーンが操作され罠アイテム一覧が表示された。その内の一つをアイが指さす。
「この『混沌の煙』というアイテムを使えば、一定の時間相手の判断能力を低下させることができます。違和感を覚えても、それを気にしないようにさせるのです」
「なるほど。確かに、この状況だと妥当な効果だな。だけど、それ、ダンジョン内でも使った方が良いやつじゃないか? 罠に引っ掛けやすくできるだろう?」
アイの説明に納得するも、そのアイテムをこれまで勧めてこなかった理由が分からない。首を傾げる僕たちに、アイが苦笑して首を横に振った。
「このアイテム、対象が緊張状態にあるときは上手く効果を示せないのです。むしろ不審感を煽ってしまうので、ダンジョン内で常に魔物との戦闘や罠を警戒している状況では悪手になります」
「なんでそんなのダンジョンアイテムにあるんだよ……」
陽斗が半眼でため息をついた。ダンジョン内で使うことを想定されているアイテムだというのに、ダンジョン内で使っても意味がないとは、確かに呆れるシステムだ。
「あ、スライムの一体が何か取り出したみたいよ!」
「あれが混沌の煙か……」
「優弥の魔力収納を付与した箱、上手く使えてるみてぇだな!」
「そうだな。苦労した甲斐があったよ」
スライムたちが混沌の煙を取り出したのは、体内に収納した小さな箱からだった。
この世界にはアイテムボックスのようなアイテムを無限収納できる便利な物は基本的にない。今回作戦を実行するにあたって、魔物たちが物を持ち運ぶ方法は難しい問題だった。そこで僕が思いついたのが、魔力収納を物に付与するという方法だ。
スライムたちでも持ち運びやすい箱の内側に、僕の魔力収納を展開する。空間隔絶技術により、自分の外に魔力収納を展開する感覚は摑んでいたから、その試みは見事成功した。スライムの数の分だけ同時展開し続けなければならないというのが、訓練を積まねばならない点だったが。
「あれ、便利だよなぁ。スライムたちが倒されると同時に自壊するようにしてんだろ?」
「うん。野生のスライムじゃないって気づかれるのも、作戦に支障がでるからな」
魔力収納箱を観察しながら話していたら、スライムたちの方で動きがあった。むしろ動きがなくなったと言った方が正しいかもしれない。
混沌の煙が上手く聞いたのか、違和感を覚えていたエリックも深い眠りに落ちていた。
「よしよし、いい感じじゃん」
「あとは、剣と杖を気づかずにすり替えられるか、だけど――」
美海の言葉の途中でスライムたちが動き出し、僕たちは息を吞んで見守った。
慎重にベッド下から這い出たスライムが、ディックとエリックを窺う。眠りから覚める様子がないのを確認すると、剣に近づき音を立てないようゆっくりと吞み込み始めた。
武器はスライムでも溶かせない材質らしいので、そのまま魔力収納箱に収納していく。少しずつ剣が消えていく様はなかなか奇妙なものだった。
収納した剣の代わりに、別のスライムが魔力収納箱から剣を取り出す。この剣は、ダンジョンアイテムにあった低ランクの剣をそれらしく装飾した物だ。アイが何度もチェックして、より本物に見えるよう改良を加えていただけあって、僕たちには本物との区別がつかない。
「杖の方も無事作業が完了したな」
「これで無事逃げられたら、作戦完遂ね」
難所を一つ乗り越えてほっと息を吐く。
スライムたちが再びベッド下に隠れたのを見て、僕たちも休憩をとることにした。
「何か飲むか? クッキーとかお茶菓子は用意してるぞ」
「さすが優弥、準備がいい!」
「陽斗、そんなに褒めてなんもでないぞ」
と言いつつ、多めにお菓子を渡してやる僕は安上がりだ。それぞれに紅茶やコーヒーを注いで、のんびりと映像を眺める。
スライムたちの帰還は、チュウ騎士が起こす騒ぎに乗じることになっている。チュウ騎士の様子を確認すると、短剣を手に領主のテントに忍び込もうと隙を窺っているところだった。
「どうやって入るつもりなんだろうな?」
「さすがに、そこは分からないけど……大した策はなさそうだ」
「チュウ騎士だものね」
僕たちのチュウ騎士に対しての期待度は低い。このまま領主に傷一つ負わせることなく捕まる可能性が高いと思っていた。
それに対し、アイが苦笑してワラドールを指さす。
「チュウ騎士の援護をする予定ですよ」
「援護?」
「スライムたちが作戦を完遂したタイミングならば、多少派手に動いても構いませんからね」
「なるほど……?」
よく分からないながら見守っていれば、不意にワラドールが動きだした。森の闇に隠れるようにひっそりと移動し、駐屯地周辺に火の手を上げていく。
夕方のボヤ騒ぎはまだ記憶に新しく、夜警の者だけでなく酒飲みを続けていた者たちもすぐさま動き出した。
その騒ぎは領主テント前で警護していた者たちにも伝わる。口々に誰が犯人だと文句を言いながら、外へと注意を向けた。
「チュウ騎士が動いたぞ! お、意外とやるじゃん。さすがに標的以外はむやみに殺さねぇってか?」
チュウ騎士がテント前の騎士たちを背後から襲う。一撃で昏倒させる動きは、騎士団を率いていた実力を感じさせた。
「そうだな……。鎧の効果なくても、騎士としての力は普通にあったみたいだな」
「それなら、鎧に頼らず自分の能力を磨いてダンジョンに挑戦すればよかったのに」
思わぬ実力に瞠目する僕たちの目の前で、事態は急速に進んでいく。領主のテントに入ったチュウ騎士が領主を刺そうとして狙いを外したのだ。殺気に気づいた領主が咄嗟に逃げ、深手を負う。そして、大声で叫び、集まってきた騎士がすかさずチュウ騎士を捕えた。
「……実力の評価、やっぱり間違ってたかも。寝てる相手に失敗するなんて」
人が死ぬかもしれないと目を逸らす準備をしていたが、拍子抜けの展開だ。美海がため息混じりに呟いていた。
「まあ、俺らだって、領主に死んでほしいわけじゃねぇからな。邪魔っつったら邪魔だけど、上から命令されてるんだろうから、仕方ねぇだろうし」
「そうだな。それより、ほとんどの騎士や冒険者が、駐屯地周辺の火消しと領主テント周辺に集ってる。スライムたちの絶好の状況だ」
「ディックとエリックは領主のところに向かったみたいね。正確には、側近のところだけど」
空になったテントから、スライムたちが悠々と出てくる。物陰に隠れながら外に向かい、ワラドールが退路にと残していたボヤ騒ぎが起きていない場所に向かっていた。そこにも一応冒険者たちがいるが、火消しや領主暗殺未遂の騒々しさから、魔物の気配を捉えにくくなっているらしく、スライムたちに目を向けることはなかった。
「よっしゃ! これで、もう、勝ったも同然!」
陽斗が興奮して騒ぎ、ハイタッチを求めてくるので苦笑して応じる。まだ完全に作戦終了していないのだから、まだ安心するのは早いと思うのだが。
「――あ……」
思わず声が漏れた。
見守っていたスクリーンの向こう側で、ワラドールに警護されながら進んでいたスライムたちの前方に冒険者の姿が見えたのだ。
「ビリーたちか……? ダンジョン帰りみたいだな」
思いがけないところで登場した見慣れた人物たちに、固唾を飲んで見守った。
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