第43話 スパイ作戦①
時間は数時間前に戻る。
優弥たちは、ワラドールとスライムたちをダンジョンから見送っていた。現在このダンジョンには多くの冒険者や騎士が侵入しているが、幸か不幸か一階層には誰もいない。つまり、ダンジョン門を通って秘密裏に魔物が外に出られるということだ。
「じゃあ、計画通りに頼むな」
『お任せください~』
腕を上げて決意を表明するワラドールと同じくらい、その足元で跳ねるスライムたちも気合いに満ちていた。
やる気が空回りしないか少々心配だが、ここから先は彼らに任せるしかない。陽斗たちも同じように考えているのか、何とも言い難い表情だった。
『ではスライムたち、行きますよ~』
ダンジョンコア部屋から一階層に出て行ったワラドールたちの姿を、スクリーン上で追う。ダンジョン入り口周辺に人がいないタイミングを見計らっていたので、誰にも目撃されることなくワラドールたちがダンジョン外に出て行った。
「上手くいくかな……」
「まあ、なんとかなるだろう。失敗しても、大して損はないし」
心配そうな美海に肩をすくめる。アイが苦笑しながらスクリーンを操作すると、ワラドールたちを追う映像と駐屯地の映像が映された。
外は夕暮れ時で、駐屯地周辺には魔物を警戒する冒険者たちが立ち、中では食事の準備が進んでいた。
「お、スライムは上手いこと隠れてるじゃん。ワラドールは……隠れる気あんのか?」
「木に擬態してるつもりみたいだけど、バレバレだな」
スライムたちは木々や草むらに上手く隠れながら進んでいたが、ワラドールは落ちている木の枝を拾って姿を隠していた。どう見ても不自然な動きだ。
呆れた声を出す陽斗に同意しながらアイを見る。
「隠れる手段は教えなかったのか?」
「……ここまで下手だとは思いませんでした。でも、夕暮れ時なので、駐屯地に近づきすぎなければ、これくらいの隠蔽でもバレないと思います。この映像は光量を調整して映しているので、実際に目で見るより暗い中でも鮮明ですから」
「え、そんな機能あったのか」
まさか暗視機能があったとは知らなかったが、考えてみれば、これまで暗いところの監視作業に困ったことはなかった。
陽斗と美海も気づいていなかったのか、感心したように頷き映像を眺めている。
「そろそろ止まるはずです」
アイがそう言ったのを合図にしたように、ワラドールとスライムたちが木の陰で立ち止まった。駐屯地から少し離れ、冒険者たちの警戒範囲にギリギリ入らないだろう位置だった。そこでスライムたちはバラバラに散っていく。あらかじめ決めていた待機位置に移動しているようだ。
「タイミングはどうなってるんだ?」
「チュウ騎士は夜更けに作戦を実行するようですから、まだ時間に余裕があります。ですが、夕食の時間より前に侵入するようにと伝えてあります」
「んじゃ、そろそろ動くかもって感じか?」
「ダンジョンから戻ってくる人たちと鉢合わせしないように、待機時間は短い方が良いものね」
四人で話していると、ワラドールに動きがあった。いくつかの藪にポイポイと仕掛けを放り込みながら移動している。次第に藪から煙が立ち始めた。
「お、始まるぞ。ワラドール、上手くやってんじゃん」
「って言っても、僕たちが用意した罠アイテムを投げてるだけなんだけどな」
見張りに立っていた冒険者たちが煙の臭いに気づいたのか、それぞれ水瓶や魔術の準備をしながら近づく。藪に火の手が上がっているのに気づくと、途端に慌てて消火を始めた。待機中だった冒険者たちも総動員した作業だ。
「上手いこと、警戒網が緩んでるな」
駐屯地を囲む冒険者たちの数が減った。代わりに騎士たちが警戒にあたるが、彼らが冒険者ほど魔物の気配に敏感でないことは、ダンジョン内の監視で分かっている。
スライムたちがじわじわと駐屯地に進んでいた。何体か気づかれて狩られたが、野生のスライムだと思われているだろうから問題ない。
「あ、一体入った! あっちも進めてるみたいね!」
駐屯地に侵入を成功し、荷物や建物の陰に隠れるスライムの姿があった。周囲を窺い、じりじりと目的のテントに進んでいる。駐屯地内でスライムが見つかると警戒感が高まるから、彼らには今まで以上に慎重に進むことが求められる。今のところ指示通り展開だ。
「ワラドールは何してるんだ?」
「あそこの木の上で様子を窺っているようですよ」
アイが指す先を見ると、木の枝に立ったワラドールが、駐屯地を眺めていた。良い具合に冒険者たちからは見にくく、それでいて駐屯地全体を眺められる場所を見つけられたようだ。
「スライムがディックたちのテントに入り込んだぞ! 隠れるのはベッドの下だな」
陽斗の声に興奮が滲んだ。思っていた以上に計画通り進んでいる状況に、夢中になっているようだ。僕もスパイ映画を見ているような緊張感と興奮で胸が高鳴っていた。
「これで、彼らが寝るまで待機ですね」
「一切の動きを止めてたら、気づかれにくいんだよな?」
「はい。まあ、日頃から魔物を相手にしている冒険者なら、あれほど近くにいれば気づくかもしれませんが、彼らは騎士ですからね。四六時中魔物の気配に警戒することなんてできませんよ。ディックも、魔術を使えばすぐ気づくでしょうが、駐屯地内でそういう行動をとったことはこれまでありませんからね」
「なら、大丈夫だな」
アイはエリックとディックの様子をつぶさに観察して今回の計画を立ててくれた。僕たちが行き当たりばったりだな、と思っていたことも、アイは成功を確信していたのだろう。
「それじゃ、僕たちも夕飯にするか」
「んー、見てたい気もするけどな~」
「そうね。何かあったらって、心配だし」
「私が見ていましょうか?」
僕の提案に後ろ髪ひかれた様子を見せる陽斗と美海。アイが当然のように監視を引き受けようとするが、僕はすぐに首を横に振った。アイだけに負担を掛けるつもりはない。
「それじゃ、ここに夕飯持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「お、わりぃな!」
少しも申し訳なさそうじゃない陽斗に苦笑してから、僕は夕飯を取りにキッチンに向かった。食事を終えた頃に、作戦は佳境を迎えるだろう。
◇◆◇
夕食を食べ終えたディックが、早々にテントに戻る。多くの騎士たちが酒を飲みダラダラと過ごしているが、ディックがそれに交じる様子はなかった。
「夕方のボヤ騒ぎ、不審に思ってる奴いないな?」
「発火罠と一緒に、冒険者や騎士が持っていそうな物をさりげなく置くように指示を出しましたから。おそらく彼らは仲間内での犯行を疑っているはずですよ。会話の中で軽はずみに言及できないでしょうが。犯人を慎重に探っているところでしょうし」
「へ~、仲間割れがあってもおかしくねぇって、あいつら自身思ってるんだ?」
「ここでの滞在が想定より長くなって、不満を抱いている者も多いですからね。駐屯地で騒ぎを起こして、嫌がらせをするくらいのことはあり得ると思っているでしょう」
アイは当然と言いたげだが、僕からしたら全然当然じゃない。騎士が不満から嫌がらせするって考えるのが普通って、どれだけ駄目な奴らなんだ。
呆れてしまった僕と同じように陽斗も半眼でため息をつき、美海は苦笑していた。
「まあ、そんな人たちだから、この計画が成功する余地があるってことよね」
「けど、そんな奴らに追われて引きこもってんの、ちょっと情けなくなんねえ?」
陽斗の言葉で顔を見合わせてしまった。それぞれの顔に苦い色が浮かんでいる。
「……僕たちが警戒してるのは、国っていう権力だ。騎士たち個々の能力は取るに足りない。ってことでいいんじゃないか」
心の折り合いをつけるような言葉には苦笑と頷きが返ってきた。
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