第41話 与える役割

 三階層に冒険者や騎士が続々とやってくる。一切人が立ち入らなくなった一階層がなんだか物悲しいし、ただ時間がかかるだけの通り道扱いになった二階層にも渋い顔をしてしまう。

 だが、僕たちよりもその階層を担当していた魔物たちの方が、その気持ちは強いのかもしれない。


『私が散々罠にかけられた訓練の意味とは……?』


 虚無顔で立ち尽くすのはワラドールだ。周囲にはたくさんのスライムがやる気なさげに伸びている。


「おーい、ここ、訓練室だぞー。だらける場所じゃねぇんだけど?」

『だったら、私に仕事をくださいよ……!』


 僕と共に鍛錬に来た陽斗がワラドールたちに声を掛けるも、不満を訴えられただけだった。その切実な声に、思わず陽斗と顔を見合わせる。

 僕たちも、召喚した魔物たちを遊ばせている状態はどうなのかと考えていた。だが、現在三階層から七階層までは、その環境に適した魔物を既に配置してあり、正直ワラドールたちの入る隙はない。


「ワラドールたち、活躍してくれたけど、ここからのダンジョンに必要かと言うと……」

「正直、力不足感がつえーよな」


 ワラドールたちの矜持きょうじに配慮して濁した僕の言葉を、陽斗があっさりと言い放つ。ワラドールがうずくまって泣き声を上げ、スライムたちが更に平べったく伸びた。


「……やってほしいことが、なくはないんだけど」

「は? マジで? 何に使えんだよ?」

「おい、役立たずみたいに言いすぎ――」


 あまりにも無遠慮な物言いの陽斗をさすがに咎めるが、それを遮るようにワラドールが立ち上がった。


『私に何でもお任せくださいまし! たとえ火の中水の中、いかなる過酷な環境であろうと、ご下命いただければ飛び込んで進ぜましょう!』

「なんか、キャラ変わってないか……? そんなにやる気に満ち溢れてたっけ……?」

「火の中水の中って……まあ、罠訓練でいくらでも体験して耐性持ってんだろうから、いけそうな気もすっけど」


 思わず呆れ気味に呟く僕たちと対照的に、ワラドールとスライムは期待で輝いた雰囲気だった。そこまで期待されると、むしろ指令を出しにくい。


「っつうか、こいつら使うって、何するんだよ?」

「ん? アイと二人で話してたんだったか? ああ、そういえば、陽斗も美海も寝てたな」


 ダンジョンの設定を終わらせ、仮眠した後、陽斗たちが起きてくる前にアイと話し合っていたのだ。内容はもちろん、ディックとエリックが持つチート武器対策である。


「実際にするってなったら美海にも了解をとらないといけないけど、魔物をダンジョン外に出して、武器を盗んでくるのはどうだって話してたんだ」

「ダンジョン外に⁉」


 ギョッと目を見開く陽斗に、苦笑して頷く。僕もアイに提案された時に驚いた。ダンジョンで撃退することばかり考えて、こちらから打って出るなんて頭になかったから。

 だが、詳しく話を聞いてみれば、チート武器対策をするのに有効だと思えた。


「ディックたちはダンジョン内では警戒心が強いだろ? 探知能力で罠も魔物もあまり効果を示せないし、剣で魔物なんて一刀両断だ。だけど、あいつらの駐屯地では、そこまでの警戒はしていないみたいなんだ。人間なんだし、四六時中の警戒は無理だよな」

「そりゃ、そうだろうが……。ダンジョン外は、敵地だぞ? ワラドールたちでなんとかできるもんか?」

「そこは、まあ、頑張ってもらって?」

「丸投げかよ」


 一応の策はあるのだが、捨て身の作戦であるのは間違いない。失敗すれば、駐屯地での警戒感が高まって、同じ策をとれなくなるだろうし。


『ふおおっ、重大任務ということですね! 私たち、生きて帰らぬ覚悟で突撃いたしますよ!』

「いや、完全に捨て身で望まれても困るんだけど」


 ハレルヤ! と叫びだしそうな勢いで万歳するワラドールに苦笑する。

 肩をすくめる陽斗は、この作戦の実行に反対する気はなさそうだ。あとは美海にも了解をもらって、時機を見て実行に移せばいいだろう。


「ダンジョン外で武器を盗ってきてもらっても、それを完全に回収できるわけじゃないんだけどな」

「は、どういうことだ?」


 とりあえず鍛錬を始めようとストレッチをしながら呟くと、陽斗も同じように動きながら首を傾げた。ワラドールたちが、『まだ突撃しちゃダメなんですか?』と言いたげにうずうずしているが、まだ時機じゃないから許可は出せない。


「アイが言うには、あの武器には所有権っていうのが付与されているらしい。それがある限り、持ち主が死ぬか手放す意思表示をするかしないとダンジョン内に奪取できないんだと。僕たちみたいに人間が手にすれば、所有権が移譲されるらしいけど、ここから出るのも危険だからなぁ」

「え、じゃあ、どうすんだよ?」

「奪った武器を餌に、三階層に誘い込むんだ。つまり、倒すのは結局ダンジョンでってことだな」

「はー……? 面倒くさいな。あいつらが逃げなきゃ、こんなことしなくてすんだっつうのに」


 ため息をつく陽斗に同意して苦笑する。それでも、こうして早々に対処できる可能性が生まれただけでも、少しは気が休まるだろう。


「――よし、ストレッチオッケー。対戦行くぞ」

「つっても、優弥、バリアーで逃げるだけじゃん」

「逃げるのも訓練だから」


 陽斗が剣を構えつつ不満そうにする。ここで鍛錬を始めてから毎度のことなのだが、一切攻撃を加えられないという状態は不完全燃焼で嫌らしい。だけど、僕だって無駄に怪我をするのは嫌だから、全力で逃げるに決まってる。いくら美海が治癒魔術を使えるとはいえ、怪我をした痛みは感じるからな。



 ◇◆◇



 鍛錬後は、ダンジョンコア部屋に赴いて、監視作業をしてくれていた美海に計画への了承をもらった。「他に思いつくような策もないしね……」と消極的な同意だったが構うまい。


「では、私は魔物たちに策を仕込んできますね!」


 美海と共に監視をしていたアイが意気込んで席を立つ。一番計画の手順を理解しているのはアイだから、順当な役割だろう。

 美海がその背を見送ってから、ぽつりと不安を零した。


「――そんなに上手くいくかな……」

「やってみなきゃ、分からないだろ。失敗しても、駐屯地での警戒感が高まれば、それだけ相手の精神を消耗させることにも繋がるし」

「それもそうね……。それで、重要な時機っていうのは何なの?」


 些か楽観的かと思える言葉を掛けたが、和らいだ表情になったのだからこれで良かったのだろう。詳しい作戦を聞いてきた美海に微笑んで、スクリーンを操作した。


「これ、今の駐屯地の様子な」

「いつもと変わりない、よね?」

「ん? チュウ騎士は何やってんだ?」


 僕が何を言いたいのか分からず美海は首を傾げたが、陽斗が目敏くスクリーンの端で動く人物に気づいた。

 チュウ騎士がテントの陰に隠れ、きょろきょろと周囲の様子を窺っている。


「どうやら、チュウ騎士は領主を暗殺しようと隙を窺っているらしい」

「……ああ、そんなことあったな」

「側近に唆されたやつね」


 陽斗と美海が呆れ顔でため息をつく。僕だって同じ気持ちだ。

 パペマペたちからの報告を受けて、録画していた駐屯地の様子を確認して知った事態に、僕たちは揃って呆然としていたのだ。分かりやすい引っ掛けで賢しげにする側近に呆れ、あっさりと引っ掛かるチュウ騎士に「そりゃないだろ、頭使え……」と呟いてしまった。

 とにかく、仕えていた筈の領主に、安易に牙を剝く決断をしたチュウ騎士だが、アイはこいつを思い出して作戦に使えると確信したらしい。


「こいつの暗殺、どう考えても失敗する。だけど、騒ぎは起こるだろう。領主暗殺未遂は騎士たちにとって一大事だろうし、駐屯地で休んでるディックたちも多かれ少なかれ意識を割くことになる。そこに生じる隙を突くんだ」

「……行き当たりばったり感があるけど、まあ、やって損はないかもね」

「う~ん、上手くいけばいいな?」


 何とも言い難い表情の二人に、僕も苦笑する。それでも、何もやらないよりは良いだろうと思うのだ。

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