AIさん、翻弄する

第40話 三階層先遣隊

 一度仮眠をとってダンジョンコア部屋に戻ってくると、一足先にアイが映像を眺めていた。


「アイ、早いな」

「色々考えていたら、あまり休めなくて……」

「あまり休憩がいらないのかもしれないけど、気になるからちゃんと休めよ?」

「……気をつけます」


 しゅんと項垂れるアイの隣に座る。美海と陽斗は起きている気配がなかったから、今も熟睡中だろう。


「ビリーたちはどうだ?」

「三階層の転移罠で四階層に転移し、現在攻略中です」


 アイが指さした先で、死んだ目をしたビリーが川を流れていた。……意味が分からない。どうしてそうなった?


「なんだ、この間抜けな感じ……?」

「魔物に川に突き落とされたんですね」


 アイの言葉で、川の上流の崖上に視線を移すと、魔物と戦闘中のリーダーたちがいた。大量の虫型魔物がリーダーたちに集っている。蚊のような小さな魔物から、頭文字Gの虫を巨大化させたような魔物まで多種多様だ。

 ……ゾッとする。僕が彼らの立場だったら、バリアーに閉じこもって現実逃避するだろう。特にGが無理。


「……この川、どこに行きつくんだ?」

「一応、滝で落ちるようになっています。その時点で即死認定なので、その先はありません。まあ、滝に行く前に死に戻る可能性が高いですが」

「滝に行く前? 川にも何か――」


 疑問は途中で途切れた。

 囂々と音を立てる川で揉まれるように流されていたビリーに、何やら背びれが近づいている。それに気づいたビリーが血の気が引いた顔で必死に泳いで逃げようとしているが、正直溺れているようにしか見えない。背びれは着実にビリーに迫っていた。


「これは、まさか……」

「ふふふ……効果音付けたいですねぇ」


 非常に楽しそうなアイの表情。こういうスリル系が好きとは知らなかった。


『っ……やめっ……!』


 溺れながら叫ぶビリーの背後で、大きな口が開く。ギザギザな歯がビリーの足をみ、川を赤く染めた。


『ぎゃああっ!』


 足を食ったのは味見のつもりだったのだろうか。再度開けられた口は、一瞬でビリーを飲み込んだ。何度か開閉される度に聞こえていた悲鳴が途切れ、どこか満足げな雰囲気を漂わせた魔物が悠々と泳いでいく。


「……ここ、川だよな?」

「川ですね」

「……なんでサメがいるんだっ⁉」

「ダンジョンですから」

「ダンジョンなら何でもアリじゃないからな⁉」

「……魔物ですから?」

「魔物も言い訳にならなっ――いこともないか……」


 あまりに川とは思えない光景にアイを問い詰めてしまったが、魔物だからサメでも川にいると言われてしまえば「そうなのか……」としか言えない。


「――このサメ、どのくらいいるんだ?」

「うじゃうじゃですね」

「……そっか」


 もうノーコメントでいいだろうか。崖にいる魔物も最高に嫌だが、川にいる魔物も嫌だ。恐怖を煽るようなBGMが流れてきそうな映像だった。


「あ、リーダーも落とされました」


 巨大なGに崖から落とされたリーダーが、上手く着水しようと空中で体勢を変えている。その真下に背びれが迫っていた。顔を引き攣らせたリーダーを待ち受けるように、ギザギザな歯を持つ口が大きく開かれる。


「これは、無理だろう……」


 人間が空中を自在に移動できるか、と聞かれたら、十人中九人は無理だと言うだろう。あとの一人は魔術でいける、というかもしれないが、アイ曰くこの世界ではそれほどの力を持つ魔術師は極めて稀らしい。


『うわあああぁああっ』


 響き渡る叫び声を残し、リーダーが魔物に呑み込まれた。その悲鳴が聞こえたのか、魔物と戦いながら川を覗き見たアリスとキャリーが顔を引き攣らせている。


『……キャリーなら、どっちがいい?』

『……どっちも嫌ですぅ~』

『……この虫は、毒で殺すタイプよね』

『……死ぬまで苦しみますね~』


 そこまで言って顔を見合わせた二人。もう生き残ってダンジョンを攻略する気合いはなさそうだ。魔術師と剣士はバランスがとれたペアだと思うが、二人は実力的に無理だと悟っているらしい。


「あ……」


 一体どうするつもりかと眺めていたら、一瞬の隙をついて蜂の毒針がアリスとキャリーを刺した。瞬く間に腫れ上がるアリスの腕とキャリーの脚。その痛みは凄まじいらしく、悲鳴が上がった。


『もう……無理っ!』

『ひと思いで、お願いします~っ!』


 キャリーが叫んだ瞬間、大量の虫型魔物たちを巻き込んで爆発が起こった。あとに残されたのは大量の死骸と抉れた大地である。死骸はすぐに消え、大地もすぐに以前同様の姿に戻った。


「……自爆を選んだか」

「そうですね……解毒薬を使うことすら思い浮かばなかったんでしょうか?」

「解毒されたところでどうなるって思ったんじゃないか? 二人だけじゃ先に進める自信がなかったんだろうし」

「う~ん……、三階層に戻る転移罠に辿り着くまで時間がかかりそうですね……」

「いいことじゃないか」


 首を傾げるアイに肩をすくめて答える。攻略の足止めができるなら万々歳だ。


「エリックたちは、まだ戻ってこないつもりでしょうか……いつ来るか待つのも、ちょっと疲れますよね」

「それはそうだな……。今三階層を攻略中の面子はいないんだし、外の様子も確認しとくか」

「そうですね! 情報収集は大切ですしね!」


 気合いを入れ直したアイがスクリーンを操作し、ダンジョン外の映像を映しだした。

 真っ先に出てきたのはダンジョン門の傍の映像だ。死に戻った者が転移させられる場所でもある。死に戻ってくる者のために簡易の屋根や防壁が作られ整備されていた。


『二人の治癒終わったぞー』

『……あざっす』


 絶望顔のビリーがリーダーと並んで壁際にこじんまりと座っている。その二人に慈愛の微笑みを浮かべた男が何かを手渡していた。


『ほら、これ履いてきな。支援物資として、たくさん仕入れて来てくれたらしいからな!』

『……うぅ……情けないっす』

『なんで、俺まで……』


 パンツだった。支援物資として用意されるくらい、ビリーたちが死に戻る度にパンツをとられることは知れ渡っているらしい。

 目尻に涙を滲ませるビリーと、重い空気を漂わせるリーダーに、憐れみや嘲りを含んだ視線が送られている。

 『もしかして、あいつらパンツとられるのが趣味なんじゃ……?』なんて呟いている者もいて、思わず吹きだして笑ってしまった。この映像、絶対に後で陽斗たちにも見せてやろう。


『アリス、キャリーももう大丈夫よー』


 隅にある簡易の着替え場所に入ったビリーたちと入れ違うように、治癒されたアリスたちが疲れた表情で一画にある休憩スペースに腰かけた。


『ああ、酷い目にあった……。なんで川にサメがいるのよ……』

『私たちは虫にやられたんですけどね~……』


 愚痴っている二人に男が近づく。どこか見覚えのある男は、多分エリックの部下の騎士だろう。


『帰って来たか。何か持ち帰ってきた情報はあるか?』

『……ここの転移罠の先は、大地に深い溝ができていて、崖下に川が流れているところだったわ。一通り見て回ったけど、溝を越えないと先に進めないのだと思う。何本か大木が生えていたから、それを切り倒して橋にするか、魔法で対策をとるか……』

『なるほど。魔物はどうだ?』

『……基本は虫型の魔物ね。ポイズハニーやゴキブラーとか……本当に大量の虫』

『川にはジョーンズラブがいましたよ~。川が流れる先がどうなっているかは分かりません~』

『分かった。他に報告はあるか?』

『……私たちはないわ』


 疲れた顔を見合わせた二人が肩をすくめると、騎士はメモを仕舞ってニコッと笑った。


『お疲れ様だったな。他の冒険者や騎士たちも三階層に送り込むことが決まったから、これからも頑張ってくれ』


 どうやら総力を挙げて三階層の探索を始めるらしい。一・二階層に僕たちがいないことは分かっているのだから当然か。


『安全に攻略できると分かったら、ディック様やエリック様が再度ダンジョンに入るからな』


 そう言って去っていった騎士に、アリスたちが冷たい目を向けている。


『……何よ。いくら強い装備があったって、使わないんだったら意味がないじゃない』

『そうですよね~。偉そうな人たちです~……』


 疲れたため息を零す二人に僕も心から同意する。ディックやエリックたちがやって来ないのは有り難いことだけど、な。


「……早いとこ、あの杖と剣を奪いたいなぁ」

「そうですね」


 アイと顔を見合わせて思いを分かち合った。

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