第39話 予想外な展開

「目が痛い……」


 ダンジョンコア部屋からリビングに戻ってきた途端、カーテンを開けっ放しにされた窓から日差しが降り注いでいた。徹夜でダンジョンを改変していたから、あまりに眩しく感じられる。


「視界が黄色い……」


 目頭を揉んで解しながら、とりあえず顔を洗いに行く。その後は朝食と軽食作りだ。

 他の三人はギリギリまで作業をするためにダンジョンコア部屋に籠っている。今日は一日中ダンジョンの監視作業になる予定だから、適当に摘まめる物を作っておかなくては。


「交代で休憩とってもらわないとな……」


 根強く眠気は残っているものの、顔を洗うとさっぱりして気分が一新された。適度な休憩はやはり大切だ。

 作業の片手間でも食べやすい物を考えると、メニューは軽食に偏る。サンドウィッチやおにぎりの他は、卵焼きやウインナーなどのおかずをピックで刺して手に取りやすくする。

 疲れた時には甘い物も必要だろうと、フルーツサンドやクッキー、チョコレートなども用意して、準備は万端。


「あ、飲み物も追加しとこう」


 作業の途中で飲み物をダンジョンコア部屋に持ち込んだが、既に空に近かったはずだ。

 少し考えた後に、ピッチャーに紅茶やオレンジジュース、コーヒー、ミント水を入れていく。大量の氷も入れたので、暫く冷たさが続くはずだ。味が薄まるかもしれないが冷たさ重視。眠気覚ましにいいからな。


「今度、それぞれの味の氷を作ろう……」


 隠す気力もなく、大きく口を開けて欠伸をしながら、用意した物をワゴンに詰め込む。流石に一人でこれを運ぶのは、ワゴンがないと無理だ。

 ワゴンを押しながら戻ってきたダンジョンコア部屋では、陽斗たちが鬼気迫った様子で作業を続けていた。


「飯だぞー」

「うあーい、あんがとー」


 欠伸で不明瞭な返答をする陽斗に軽食セットとお菓子をのせた皿、グラスを渡す。飲み物の希望はコーヒーらしい。眠気覚ましの効果を狙ったのだろうが、果たしてどこまで効くだろうか。陽斗の瞼がくっつきそうになっているのを見て、コーヒーを注ぎながら思わず苦笑してしまった。


「私は紅茶……」

「……りょーかい」


 寝不足で充血した目を向けてくる美海にちょっと引きながら、紅茶を入れたグラスと一緒に料理を渡す。一気飲みされたので、すかさずお代わりを注いだ。

 まずは美海に休憩をとってもらうべきだな、と思いながらアイの元に行くと、いつもと変わらない笑みで迎えてくれた。


「美味しそうですね~! 私はオレンジジュースがいいです!」

「はいはい……どうぞ」

「ありがとうございます~!」


 美味しそうにジュースを飲むアイにも食事を渡し、部屋の端の方にワゴンを置きに行った。飲み物のピッチャーを並べて、ドリンクバーみたいに各自お代わりをとってもらおうと思ったのだ。

 自分の分の飲み物と料理を持って、昨日から居座っているソファーに腰を下ろす。ミント水を飲むと、口がさっぱりして心地よい。

 サンドウィッチを食べながら、僕が担当している階層の改変作業に戻った。


「私の担当分はもう終わりそうですが、どこかお手伝いいりますかー?」

「俺ももう終わるから大丈夫だぞー」

「私は……もうちょっとかかるから、手伝いお願い……」

「僕の階層はエリックたちが到達するのに時間がかかりそうだから、美海の方優先で」

「分かりました!」


 アイが美海の作業を手伝いに行くのをなんとはなしに見ながら、担当の階層に罠を設置した。

 僕が担当しているのは七階層だ。アイが三・四階層、陽斗が五階層、美海が六階層を担当している。

 アイが作った三階層は入り組んだ洞窟の迷路で、転移罠で一度違う階層を経由しないと踏破できない仕組みだ。

 七階層に向かう転移罠は、他の階層を経由した後じゃないと向かえない場所に設置されているので、もしかしたらエリックたちは来ないかもしれない。というか、願わくば六階層までで撃退したいところだ。


「あ、エリックたちが三階層に入ってきましたよ」


 アイがそう報告したのは、粗方ダンジョンの設定が終わって、最終確認をしていた時だった。


「……一晩ぐっすり休みやがって」


 多分に私怨が籠められた呟きを零す陽斗に苦笑しながら、僕も監視映像に視線を向けた。

 エリックを先頭にして、騎士や魔術師に囲まれたディック、後方にビリーたち冒険者パーティーが続いている。


『三階層は……行き止まりばかりですね』

『なんだと? そんな構造のダンジョンがあり得るのか?』


 眉を顰めたディックにエリックが険しい表情を返している。


「やっぱり、すぐに構造を見抜かれたね」

「仕方ねぇだろ。チート探知能力なんだし」

「想定内ですね」

「最初に転移罠で行けるのは四・五階層だったか?」

「うん。アイちゃんと陽斗の担当だね」


 軽食やお菓子に手を付けながら、じっと映像に視線を注ぐ。大丈夫だろうと思っているが、絶対とは言えない以上、緊張するのは仕方ない。


『転移罠があるようです。ダンジョンという物は必ず踏破できるようになっているはずなので、転移罠を活用して先に進めということでしょうね。……まるで、私の能力を知って作り上げたダンジョンのようだ』


 小声で漏れた言葉もしっかりと拾い、思わずドキッと心臓が跳ねる。僕たちがダンジョンを作っていることも、監視していることも、知られることはないと分かっているはずなのに、見抜かれた気がしたのだ。


「はあ……ディックって、能力以外も厄介そうよね」

「確かに。これまでにねぇ感じの、頭使うタイプだよな」


 美海たちも僕と同じような感想を抱いていたようだ。アイは苦笑するだけだったので、どう思っているのかいまいち分からない。


『転移の先は分からないのか?』

『無理ですね。魔力を遮断されている感じがするので、もしかしたら別の階層に転移させられるのかもしれません』


 完全に見抜かれてる。冷や汗がこめかみを伝った。


『……撤退だ』


 難しい顔で立ち尽くしていたエリックが重々しく呟いた言葉に、騎士たちだけでなく、僕たちも仰天した。


「はあっ⁉ まじかよ……」

「嘘だろ……?」

「判断が早すぎるでしょ……」

「……想定外です」


 アイが苦々しく呟いたところで、エリックが更に指示する声が聞こえてくる。


『ディック。この階層の地図を書いてくれ』

『分かりました』


 すぐさま荷物から紙とペンを取り出すと、ディックがさらさらと地図を描きだす。ついでに何か書き込んでいるので、罠や魔物の詳細も書き記していると思われる。


『冒険者、お前たちで転移罠の先を調査して来てくれ』

『はっ? ……俺たちだけで、か?』

『ああ。このダンジョンは死なないダンジョンだが、アイテムの喪失が起こる。俺が持っている剣も、ディックが持っている杖も、なくすことが許されない特別な物だ。転移罠の先がどうなっているかも分からん状況で、なんの用意もなく飛び込むことはできん』

『……俺らだって、アイテムをなくしていいわけじゃないんだけどな』

『ふん。価値が違いすぎる。それにお前たちがなくした分の補填はきちんとすると約束しよう』

『……補填だけじゃ、補えないもんもあるんだけどなぁ』


 リーダーがぼやきながらも了承の意を込めて頷いた。ビリーが絶望顔で立ち尽くしているが、そちらは見ないようにしているらしい。アリスとキャリーは不快そうな顔を隠していなかった。


「考えてみれば、当然の指示か……」

「うがぁー! こいつらから、剣と杖取り上げるつもりで頑張ったって言うのに、なんて指示だすんだよっ!」

「チュウ騎士とは違って、冷静ね……」


 徹夜の疲れがドッと押し寄せてくるようだった。

 重い体をソファーに預け、エリックたちの行動を呆然と見守る。


『俺たちは一度ダンジョンの外に戻る。ここまでの報告をして、今後の計画を練りなおすぞ』


 騎士たちが速やかに荷物を抱えて階段を上がっていく。二階層にある転移門を使ってダンジョンの外に戻るのだろう。二階層を踏破している以上、すぐに三階層に戻ってくることができるのだから当然だろう。


「……エリックとディックを倒すのは、時間がかかりそうだな」

「一応攻略スピードを落とすことは成功してるんだから、それで良しとしましょう……」


 四人で疲労感に満ちた顔を見合わせてため息をつく。


「私の見通しが甘かったんです……。計画、考え直しておきますね……」


 落ち込んだアイに慰めの言葉をかけて、一旦休憩をとることにした。ビリーたちだけなら、暫く監視作業をパペマペに任せても問題ないだろう。


「はあ……眠い……」


 皆のトボトボとした歩みが、心情を明確に表していた。

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