第38話 大まかな方針
騎士たちを監視しているパペマペたちから、明日には三階層に突入してきそうだと報告を受けた僕たちは、急ピッチでダンジョン改変作業を行っていた。
できるだけ早い段階で足止めしたいので、三階層をどう変えるかは大変重要だ。
元々、三階層は森を主体にした環境だった。洞窟と違い空が開けているので、飛行タイプの魔物を設定していたのだ。地を歩くしかできない人間にとって、空からの攻撃は脅威だろうと思って魔物を選んだのだが、アイから厳しい顔で首を横に振られた。
「ディックの探知魔術を使えば、森は最短距離で踏破できてしまいます。また、エリックの剣の攻撃力を考えると、空からの攻撃はさほど利点を生みません。彼ら、攻撃魔術を得意とする魔術師もつれていますし」
「なるほど。……その点、二階層は時間稼ぎには良い構造だったんだな」
「はい。不幸中の幸い、というところですね」
何となくで設定していた二階層の迷路洞窟の思いがけない効果に苦笑する。そのおかげでこうして一日の猶予を得たのだから、過去の僕たちを称賛してもいいだろう。
「アイちゃんが言う、彼らの弱点を考えると――」
美海が呟きながら、ダンジョンの環境設定画面を動かしている。
「一番良いのはこれかな?」
指が止まったのは、【溶岩地帯】という表記の場所だった。灼熱地獄は騎士たちの弱点を突くには最適だと僕も思う。彼らは探知技術と攻撃力チートの剣はあるが、ごく普通の人間だからだ。アイが指摘した弱点は、環境への適応力の低さと防御力が人並みであることだった。
「良いんじゃないか?」
「う~ん……なあ、もし俺らでダンジョンを攻略してたとして、次の階層が灼熱地帯だったら、どうする?」
すぐに美海に同意した僕と違い、陽斗は顰めた顔で環境の説明文に視線を注いでいた。その真剣な声音に美海と顔を見合わせる。アイは陽斗の言いたいことをいち早く察したようで、何度か頷いていた。
アイほど察しが良くなかった僕たちは、真面目に陽斗の言葉について考える。
「次の階層が灼熱地帯だったら……まずは、攻略法を考えるだろうな。僕のバリアーで熱を遮断する……のは、難しいか……。完全に密封したら、酸素が足りなくなる」
「私の魔術で周囲を急冷しながら進むとか? 魔力消費量が多そうだけど」
「バリアーと魔術による急冷を合わせて使ったら一番効率が良さそうだな」
僕と美海の能力があれば、できないことではないだろう。そう思って頷き合う僕と美海に、陽斗が肩をすくめた。
「俺たちは、まあ、結構凄い能力貰ったからできるけど、あいつらはそうじゃねぇだろ? RPG系のゲームやってたら分かるけど、普通、自分の能力の弱点はアイテムで補うんだよ。攻略する場所の環境ごとに装備を変えたり、特殊アイテムを使ったりしてな。……それで、こいつら、そういう装備持ってると思うか?」
「……ないな」
「ないわね。……そうなると、溶岩地帯を確認したら、すぐに撤退する可能性が高いね」
「なるほど。灼熱環境に対応可能な装備を用意してから攻略し直すわけか」
漸く陽斗が言いたいことが分かり、思わず顔を顰める。美海も難しい顔をしていた。
ダンジョンとは一度踏破した階層はスキップして再突入できる造りになっている。これはダンジョンシステムの基本構造で、アイでも改変が難しいらしい。帰るには莫大な時間がかかるので現実的ではないと以前言われた。
「実際、そういう装備は用意可能なのか?」
アイに向かって尋ねると、当然と言いたげに頷かれた。
「この世界ではダンジョン攻略が盛んです。ダンジョンの中に様々な環境があり、それに対応するための研究もアイテム開発も行われています。灼熱の環境に対応するためのアイテムもあります。彼らが持ち込んでいるかは分かりませんが、手元になくても一度撤退して装備を整えて出直してくる可能性が高いでしょう」
「アイがそう言うなら、そうなんだな。じゃあ、【溶岩地帯】の設定は悪手か」
候補の一つが消えて、改めてダンジョン環境一覧を眺めたが、適当と思えるものが見つけられない。一度撤退させるだけでも、時間稼ぎには良いのかもしれないが、いつ突破されるか分からない状態は、精神的に落ち着かない。
「ディックの探知能力があるし、途中から環境を変えていても、すぐにバレるよなぁ」
「そうよね……。でも、アイちゃんはそういう環境による攻撃を提案してきたじゃない。どうするつもりなの?」
アイが語った計画を思い出した美海が首を傾げて尋ねる。
アイはディックやエリックたちが苦手な物を集めて撃退すると語った。その中には灼熱環境に放り込むことも含まれていたのだ。ならば、アイはそれが可能だと考えていた筈だ。
僕と陽斗も自然とアイに視線を向けていた。
「【溶岩地帯】だけでやろうとするから難しいんですよ! これを見てください」
にこりと笑ったアイが、罠一覧を呼び出し、その内の一つを示す。
「【転移罠】? これをどうするんだ?」
「……あ! もしかして、迷路の応用かな?」
何も考えずにアイに答えを求めた僕と違い、美海はすぐに何かに思い至ったようだ。陽斗もそれに頷いている。
……僕だけ分かっていないのは悔しい。口を開きかけたアイを目で止めて、猶予をもらって考える。
「迷路の応用……転移罠……」
「ダンジョンが階層ごとに空間が遮断されることもヒントですよ! 階層が異なると、ディックが事前に次の階層を探知することができません!」
呟きながら考える僕に、アイが小声でヒントを寄こす。両手を握って、目で「頑張って! 優弥さんならきっと答えに辿りつきます!」と応援しているのが分かった。
秘かに応援しているつもりのようだが、それは陽斗と美海にもあっさりと伝わっている。おかげで生温かい視線を頂戴することになり、僕はソロッと視線を逸らした。
「……転移で別の環境に飛ばすのか。転移罠にかからなければ先に進めないと分かれば、ディックたちはそれが罠だと分かっていてもかからざるをえない」
「その通りです! さすが優弥さん!」
アイが満面の笑みを浮かべて拍手しながら褒めてくるのだが、あまりに甘い対応だと思う。美海と陽斗はアイからのヒント無しですぐに気づいていたのだし。
「アイちゃんは、優弥に甘々だねぇ」
「そんなこと続けてたら、優弥が調子に乗るぞ? 何もできない子になるぞ?」
「僕はアイに多少甘やかされたところで堕落しない!」
「そうですよ~。優弥さん、頑張り屋さんですから!」
「……そこまで言われるのも、ちょっと面映ゆいけど」
「え、どうしてですか? 私、本当のことしか言ってませんよ?」
アイに真正面から褒めれると少し困ってしまう。そんな僕の思いに全く気付かないアイが、きょとんとした顔でさらに追い打ちしてくるので、口ごもって顔を背けた。
「――で? 結局、三階層は二階層と似た感じの迷路ってことで良いのよね?」
美海が据わった目で言い放つので、思わず背筋を伸ばして何度も頷いた。
「行き止まりにいくつか転移罠を置いて、四階層以後に転移されるようにすればいいんじゃね? ……三階層を行き止まりだけにするってできんのか?」
「転移罠で別階層に誘導し、再び三階層に転移できるようにして、三階層を踏破できるようにすれば、ダンジョンのシステム上問題はありません」
アイの答えにそれぞれ頷く。
ダンジョンは絶対に先に進めない構造というのは許されていないらしい。頑張れば踏破できるというのが大前提なのだ。
方針が固まったところで、視界の端でパペマペが跳び上がっているのが見えた。彼らが監視している映像を見ると、エリックが洞窟の壁を豪快に破壊している姿がある。
「……迷路の壁は壊せないくらい厚くすべきだな」
苦々しく呟いた僕の言葉に、他の三人から間髪を入れない同意が返ってきたのは当然のことだった。
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