第37話 二階層<他者視点>

 優弥たちがアイの提案に戦々恐々としていたころ、騎士たちは順調にダンジョンを進んでいた。


<エリック視点>


 天井の上ということで、狭い屋根裏みたいな場所を想像していたが、下と同様に罠がたくさんある屋敷の中だった。馴染みのない仕掛けが盛りだくさんで、これまで冒険者や騎士たちが悪戦苦闘した理由がよく分かる。

 とはいえ、ディックがいる限り俺たちがそれに惑わされることはない。俺たち兄弟はやっぱり最強だ。


「ディック、この辺は罠があるか?」

「あります。そことそこ……。この階層には勇者たちはいないようなので、さっさと次の階層を目指しましょう」


 ディックが示した場所を避け、次々現れる魔物を剣で斬り裂きながら進む。後方の警戒は冒険者たちに任せているが、事前情報に違わず、良い働きをしてくれているようだ。


「エリック様、先頭代わりましょうか?」

「いや、俺が倒した方が早いだろう」


 部下の騎士が声を掛けてくるが、それに目を向けぬままただ前進した。俺の剣は最強なのだから、どんな魔物が来ても問題ない。ならば弱い者を守るのは強い俺の役目だ。騎士らにはディックの守りを徹底してもらいたい。俺がいる限り、万が一もないだろうが。


「エリック、二歩進んだ右側の壁に回転するドアがあります。中に二階層への階段があるはずですよ」

「分かった」


 ディックが示した壁を押すと、くるりと回転して新たな部屋があった。中央に下へ続く階段。天井の上に上がってきたのだから、下ったら元の階に辿り着くだけなのではと思わなくもないが、ディックが二階層への階段というのだから間違いないのだろう。


「階段、あったぞ。罠はどうだ?」

「階段にはないようです。ただ、階段の先はまだ読み取れません。なるほど、ダンジョンというのは、階層ごとに空間が遮断されているから、魔力が通らないのですね……」

「今はダンジョンについての考察はいらん。階段を下りてすぐ立ち止まれば問題ないな?」

「……ええ。次の階層については探知魔術が使え次第報告します」


 不満そうに僅かに頬を膨らませるディックに苦笑する。思考を遮って悪かったとは思うが、こっちだってさっさと先に進みたいのだ。思考の深みにはまったディックのせいで足を止めていては、帰ってからあの宰相補佐官殿にどやされる。

 ダンジョン前で厳しい言葉を投げつけてきた、騎士団を率いて廃村にいるだろう男の姿が脳裏に浮かび、自然と顔が歪んでしまう。


「エリック様?」

「なんでもない。じゃあ、進むぞ」


 動かない俺を心配したのか、顔を窺ってくる騎士に手を振り下がらせる。すぐに階段へと足を向けた。


 階段はほの暗い場所だった。一段ずつ高さが多少異なっているのか、慎重に歩かないとすぐに転びそうになる。

 仕方なく時間をかけて下りていると、不意にディックが「あっ……」と声を上げた。


「どうした?」

「次の階層の情報が分かりましたよ。この階層にも勇者はいないようです。どこまで進んだんでしょうね」

「そうか。下りてすぐ罠はあるか?」

「いいえ。広場になっているようですから、少し休憩をとりましょう」


 勇者がいないという報告に顔を顰め、ため息をつく。

 こんな複雑なダンジョンを、異世界から来たばかりの子どもが先へ進めたというのは少々疑問に思う。勇者の仲間に賢者もいたらしいから、ディックと同様に探知魔術を駆使したのなら不可能ではないだろう。だが、その魔術に関する知識をどこから得たのか分からない。

 余計なおまけが二人いたが、意味の分からない能力をどうやって活用できたというのか。


「――まったく、城でさっさと隷属させておければ、こんな苦労もなかったのに」


 階段の先に広がるのは洞窟だった。見張りを立てて短い休息をとりながらぼやいていると、横に座ったディックが苦笑する。


「またそれですか。賢者が転移魔術を発動できるなんて思わず、油断していたんでしょう」

「お前があの場にいれば、なんとかなったかもしれないのに」

「それも耳にタコができるほど聞きましたよ。……仕方ないでしょう。召喚魔術を使うために、魔力を搾り取られていたんですから」

「……そうだったな」


 苦々しそうに続けられた言葉に、口を噤む。

 勇者を召喚するためには莫大な量の魔力が必要らしい。そのために国は魔力を持つ者を魔力タンクに集めていた。多くの魔術師や魔力持ちの平民どもが、魔力を搾り取られ動けなくなって、漸く召喚魔術が発動したのだ。

 魔力を搾り取られ過ぎて、命を落とした者もいたらしい。後遺症で魔術を使えなくなった者や、身体に異常が出た者も多いと聞く。

 ディックは元々魔力量が多かったからそこまで異常は出なかったようだが、暫く寝込んでいたのは事実だ。こんな優秀な魔術師を燃料扱いするなんてと俺は憤慨したが、どうしようもなかった。


「――エリック様、この先、どういたしますか?」


 不意に騎士に尋ねられて顔を上げる。周りを見ると、もう十分に休息をとったようで荷物をまとめだしていた。


「ディック、この階層にはどのくらい時間がかかりそうだ?」

「そうですね……入り組んだ作りになっていますから、一日歩き通して次の階層に進めるか、怪しいところですね」

「……面倒な」


 思わずため息が漏れる。ディックのおかげで進むべき道は分かるのに、時間がかかるということは、それだけ広い空間だということだ。


「エリックの剣でいくつか薄い壁を壊していけば、途中を省力して進めそうですよ」

「お、そうか? じゃあ、その方針で行こう。道案内と壊す壁の指示を随時頼む」

「分かりました」


 穏やかに笑って請け負ったディックと手を打ち合わせ、騎士を率いてダンジョン攻略を再開した。


 洞窟は、ディックが言った通り入り組んだ作りだった。襲ってくる魔物も一階層より遥かに強い魔物が多く、そしてやけに頭を使った戦い方をしてくる。


「……まるで人間みたいな戦い方をする魔物だ」


 何度目かの休憩でそう呟いた俺に、ディックも渋い表情で頷いていた。


「これまでのダンジョンの常識とかけ離れた部分が多いですね。一階層でも、スライムや藁でできた魔物なんかが、頭を使った攻撃をしかけてきたらしいですし」

「……まさか、魔王か魔族がここのダンジョンを作ってるんじゃないだろうな?」

「……魔王は魔物を率いる者とも言われますからね。魔物がこうも訓練された動きをするのを見ると、その可能性は捨てきれません」

「それなら……勇者たちはそれを知ってここに討伐に来たのか……?」

「役割を放棄したわけではないと? 一体、そんな情報をどこから得られたというのです。偶然でしょう」

「それもそうか……」


 ディックとのそんな会話を思い出しながら進み続け、次の階層へ続く階段を見つけ出した頃には、夜更けになっていた。途中壁を壊して道のりを短縮したにも関わらずこれだけの時間がかかってしまったのだから、酷く面倒な階層だったと言えよう。


「――今日はここで休もう。明朝、三階層に進む」

「次はもっと簡単に踏破できるといいですね……」


 疲労が濃い表情を浮かべている面子がホッと安堵したように顔を緩めるのを見て苦笑する。騎士の癖に体力が足りない。ディックを含めた魔術師たちは……まあ仕方ないが、今後の為にも多少の鍛錬を提案しておこう。

 冒険者が「まだパンツとられてないっす……奇跡っす……」と呟いているのはなんなのか。このダンジョンには男のパンツを狙いとる魔物でもいるのだろうか。

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