第36話 計画の幕開け前
エリックが持っている剣は全斬剣と呼ばれているらしい。その言葉通り、全てを斬り裂く剣だ。
「はあ……また厄介な物が出てきたな……」
思わずため息をつく僕に、陽斗と美海も渋い表情で頷く。
「罠の類はディックが見抜くし、強い魔物はエリックが瞬殺? ……え、ヤバくね?」
「どう考えてもまずいよね。ちょっと、各階層の設定を見直しましょ」
「だな。早めに対策を練っとこう」
真剣な表情で話し合う僕たちと違い、アイはスクリーンの方を凝視していた。それに気づいて僕もスクリーンに視線を向ける。
「あ、もう罠を突破しそうだな」
「早ぇ……」
「あそこを抜けてすぐ二階層に辿り着くわけじゃないけど……」
激しい渦巻状の水流に呑まれて溺れそうになっているビリーが、天井の明かりの一つに必死に手を伸ばしていた。ガタッと外れた明かりが水底に沈んでいくのと同時に少しずつ水の勢いがなくなっていく。
天井に空いた穴に全員が手を掛けて上ったところで、少しずつ水が引いていった。それと同時に水が排出され消えていく。
『おお、マジでここ上がれるのか! すげぇな、魔術師の罠探知魔術っていうのは』
リーダーが感嘆しているのに対し、魔術師に罠探知能力で負けたビリーは憮然とした表情だ。魔術師であるアリスも、不満そうに唇を尖らせている。
『どうせ、私はこんな凄い魔術使えないですよーだ……』
『アリス、落ち込むことないですよ~。誰しも得意分野というものがありますから~』
キャリーが衣服や髪の水分を払いながら慰めている。どうにも適当な言い方に感じるのは僕だけではないだろう。
『濡れたままの状態で進むのは厳しいな。アリス、頼めるか』
『……まあ、それくらいのことは私だってできるからね』
アリスが何事か呟いて杖を振ると、ふわっと風が彼らの髪や衣服を濡らす。乾燥させるための魔術を使ったようだ。
『それで? ここからどうするの?』
『入ってきた穴は……もう閉まってるな。罠にかからないと進めない道らしい。下から合図があればいいが』
そうリーダーが言うのを待っていたように、トンッと何かがぶつかる音がする。
二画面にして下の部屋を映すと、対比していたディックたちが部屋に戻って来ていた。先ほどの音は剣で天井を叩いた音らしい。
『お、声は聞こえてるのか? いや、下の声聞こえてこないし、無理なのかもな。こっちからも叩き返すか』
リーダーが剣で床を叩いて暫く静止する。
「なんかアナログなやり方だな。通信端末とかないのか?」
「この世界にはありませんね。遠方との通信はたいてい伝書鳩ならぬ伝書魔鳥によるものが一般的ですし。転移魔術を使うこともありますが」
「へぇ……魔術とか便利なものあるのに、意外とその辺は発展してないんだな」
僕たちがこの世界の技術について話している間に、スクリーンの向こう側に動きがあった。
踏み台をいくつか持ち込んだかと思うと、それを使ったエリックが剣を天井に向けたのだ。軽く動かしただけでバターのように斬り裂かれる天井。
「はあ⁉ そんなんありか⁉」
「なんでも斬れるんだから、天井も斬れるのよね……」
「うわぁ、罠を無視するつもりか……」
「こういうやり方をされると、困っちゃいますね……」
四人で顔を見合わせため息をつく。
だが、すぐに思考を切り替えた。ここで思考を停止していたら、彼らはあっさり僕たちの所に辿り着くだろう。すぐさま対策を練らねばならない。
そう考えると、早々に剣の能力をこの目で確認できたのは良いことだったかもしれない。
「このままあいつらは一階層を踏破するだろうし、二階層に手を掛ける暇はない。この際二階層はもう諦めて、三階層以後を改装しよう」
「ああ、早くしねぇとな」
「二階層、普通の冒険者なら十分に足止めできたはずなのにね……」
基本の設定をした美海が無念そうに呟くのに肩をすくめる。慰める言葉を探したが、何も思い浮かばなかった。
「では、三階層以後のダンジョン設定画面を開きます」
アイの言葉と同時に、新たにスクリーンが浮かぶ。先ほどまで観察していた映像はパペマペたちに監視を頼み、僕たちはダンジョンを改築する作業を始めた。
「探知魔術とチート剣か……結局、どう対処する?」
「ディックは戦闘面の能力はどうなのかね? 今のとこ、戦闘時はただ見てるだけみてぇだけど」
「さすがに最低限戦う能力はあると思うわよ? 魔術師なんだし」
「んじゃ、魔物で不意打ちとかは無理か。ディックだけでも倒して杖を奪っとけば、多少は安心かと思ったけど」
各個撃破を狙えば良いのではと僕も思ったが、常に騎士や他の魔術師がディックを守るように警戒しているのを見るに、それは難しそうだ。
「エリックの方は……やっぱりあの剣が厄介だよな。あれさえなければ、そう大した相手じゃなさそうだけど」
「チュウ騎士と同じで、剣の能力が飛び抜けてたけぇだけで、あいつ自身はそこまで強くなさそうだもんな」
僕と陽斗がぽつぽつの所感を話している横で、美海は真剣な表情で考え込んでいた。その顔を心配そうに覗き込んでいるウルの姿も目に入っていないらしい。
陽斗と顔を見合わせ、どちらからともなく肩をすくめる。美海が真面目なのは元々だが、少し根を詰めすぎな気がする。
「……美海は何か思い浮かんだか?」
「え、あ……まだ……」
声をかけるとすぐに顔を上げたが、申し訳なさそうに首を振られた。僕たちだって何もアイディアが出ていないのだから、美海がそこまで気にする必要はないのに。責任感というか、一人で背負いこもうとしてしまうのは、美海の悪いところだな。
なんと言葉をかけようか考え口を閉ざしたところで、アイが不意に動き出した。これまでアカシックレコードに接続して情報を探っていたようだったのでそっとしておいたのだが、漸くなんらかの成果があったらしい。
「アイ、なんか分かったか? というか、何を調べてたんだ?」
「えぇっと、これまでの彼らの仕事ぶりです」
「仕事ぶり?」
「はい。彼らはこれが初仕事ではありませんから。何らかの弱点があるのではないかと探っていました」
「なるほど。それで、見つけられたのか?」
僕の問いかけに、アイが満面の笑みでニコリと笑う。満足のいく成果を上げられたらしい。
「はい、もちろんです! この情報を元にダンジョンを構築すれば、きっと彼らを一網打尽にできますよ!」
「ほう、それは期待大だな」
「よっ! 流石アイ様、頼りになる~!」
「気になるけど、なんだか嫌な予感がするのは私だけ……?」
アイの断言で安心したのか、茶化しだす陽斗に対し、美海が腕をこすりながら首を傾げている。先ほどまでの追い詰められたような表情は薄れていた。
「ふふふ……名付けて『苦手なものを集めちゃお!』作戦です!」
「いや、その名前じゃ、全然内容が分からないから」
何故かテンションを上げているアイに、こちらは困惑だ。そんなに楽しめる要素がどこにあったのか。
陽斗と美海と顔を見合わせ、誰からともなく苦笑した。
とにかくアイに詳しい話を聞かねばどうしようもない。アイが倒せると断言してくれたおかげで、心に多少のゆとりが生まれたから、ゆったりとした気持ちでアイの言葉に耳を傾けた。
全てを聞き終えた僕たちの結論。
アイはどう考えても殺意激高。そして、大変えげつない。
美海の嫌な予感は間違っていなかったのだと、血の気が引いた顔を見合わせることになった。
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