第35話 チートは増える
今日は朝からダンジョンコア部屋での監視作業。どうやら城から来た騎士たちがダンジョンに来るらしいのだ。側近と騎士団長たちがダンジョン攻略計画を立てているのをバッチリ聞いていたから、心構えは既にできている。
「今日は罠探知の魔術が得意な魔術師が同行しているのよね」
「ああ。もしかしたら、すぐに二階層への道に気づくかもな」
「それはそれで仕方ねぇだろ。むしろ、一層でこんだけ足止めできたのが幸運だって」
「そうよね。私たちの想定では、もっと早くに二階層に進むと思っていたし」
肩をすくめた美海が、ドライフルーツを摘まんで口に放り込む。セミドライなので程よく水分が残って美味しいはずだ。砂糖を結構かけているから食べすぎ厳禁だけど。
「からくり的な罠はこの世界では一般的ではないですから、彼らが苦戦したのもしかたないですよ」
アイが苦笑を向ける先、スクリーンに映っているのは見慣れた冒険者集団だ。死に戻る度に何故かパンツを奪われるビリーと、時々それに伴うリーダー、それを冷ややかに見るようになってきたアリスとキャリー。
彼らは新たにやって来た騎士たちの案内役に抜擢されてしまったようで、死んだような顔をしてダンジョン前で佇んでいる。
『――リーダー、俺、この依頼はもう降りたいって言ったっすよね?』
『仕方ないだろう。俺らが一番一階層に詳しいって言われてしまったんだから。……俺だって帰りてぇよ』
『詳しいって言っても、二階層への道は見当もつかないけど』
『冒険者の中では、わりと慎重に進んでるって評価されてしまったみたいですね~』
『……死に戻ったら、男の尊厳が削られるって分かってんすから、そりゃ慎重に進むに決まってるっすよ……』
相変わらずビリーは悲哀に満ちている。こんなお笑い要員扱いだが、斥候役として一流であることは間違いないようで、今回騎士たちと共に進むことになったのだ。
『冒険者四人を加えて、騎士三名、魔術師三名、計十名に先んじて入ってもらいます。一階層は罠の先以外の道は探し尽くしたと思いますので、二階層への道を見つけるのが優先任務です。死に戻りも可ですが、成果なしは許しません』
側近の言葉に空気がピリついているように見えた。前の指揮役の騎士団長もなかなかな人柄だったが、この側近も好ましい性格には思えない。
「なんか、上から指示するだけのくせに偉そうってみんな思ってそう」
「こういう上司いたら大変そうだな」
「先輩でも、こういうウザい人、そういえばいたな」
去年の文化祭。じゃんけんの末に文化祭委員になってしまった記憶が蘇る。委員会活動は口だけ達者で自分では全然動かない先輩のせいで、苦痛極まり日々だった。違うクラスで文化祭委員になった美海と陽斗も同じ経験をしているので、揃って遠い目をしてしまう。
「……私も、文化祭、体験してみたかったです」
一人記憶を共有できなかったアイが寂しそうに呟いた。
「戻ったら、次の文化祭はアイにも見せてやるから」
「本当ですか⁉ 楽しみです!」
パッと浮かんだ笑顔に目を細める。見せてやるとは言ったものの、どうやってするかは要検討だ。……このまま人型で帰れるならいいのに。
「ほらほら、青春してないで、監視がんばろ」
「青春するってなに?」
「アイちゃんとイチャラブ」
「そんなこと、今してないだろ⁉」
「えー? 陽斗どう思う?」
「俺に振るな!」
美海たちと言い合っていたら、どうやら騎士たちがダンジョンに入ってきたらしい。
『ここがダンジョンですか……』
『ディック、罠探知は随時頼むぞ』
『分かってますよ、エリック』
ディックと呼ばれた長髪の魔術師が杖を構えながら興味深げに辺りを見渡している。そこはまだからくり屋敷の地下部分だ。
エリックと呼ばれたのは、全身鎧を纏った騎士だ。ディックとは兄弟らしい。今回選ばれた騎士たちのリーダーだ。
「いよいよ来たな~」
「上がった先で罠っていうか、二階層への道に気づくかどうかだな」
固唾を飲んで監視を続ける僕たちに気づきもしないまま、騎士たちが階段を上がっていく。ビリーたちは手持ち無沙汰な雰囲気で後方についていた。
『うん? ここは、罠の確認がされてませんね』
階上の部屋を見渡したディックが首を傾げる。
「お、気づいたみてぇだな!」
「発動させるかな?」
選抜されたのに相応しく、罠探知魔術はこれまで気づかれなかった罠を見抜いたようだ。遠くに目を凝らすように固まった後、何度か頷いたディックがビリーたちを呼ぶ。
『あなたたちでこの罠を発動させてください。水が溢れたあと、天井のあの灯りの部分が外れるようになっています』
当たり前のように告げるディックに誰もがポカンと口を開けていた。それは僕たちも同じだ。
「えぇ……? そんなにすげぇのかよ……」
「ちょっと、これはマズイね」
「罠、全く意味を成してないな……」
罠探知魔術の予想以上の効果に思わずため息混じりで呟いてしまう。
「これはもしかして――」
何かに気づいた素振りを見せたアイが、ピタリと固まった。アカシックレコードに接続して情報を得る時は大体こんな感じだ。
嫌そうな顔のビリーたちを残して騎士たちが階下に戻るのを見ながら、アイの報告を待った。
「やはり、勇者が関わった装備でしたか……」
「アイ、何が分かったんだ?」
再び動き出したアイの呟きに嫌な予感が募る。強張った顔の僕たちを見たアイが苦笑した。
「ディックが持っている杖、過去の勇者が作成し使用していた物のようです。効果は魔術威力増大と装備者の最大魔力保持量増加。元々探知系の魔術が得意だったようなので、その威力は賢者が使う場合に匹敵するかと思います」
「賢者に匹敵……」
美海に視線を向けると、難しい顔をしていた。
「……それは、レベルを上げた状態と比べてのこと?」
「そうですね。美海さんよりディックの方がレベルは断然上ですし、探知魔術に限っては今の美海さんより威力があるかもしれません」
「うわぁ……俺ら、レベル上げは中途半端で終わってるからなぁ……」
呻く陽斗と顔を見合わせた。日々鍛錬はしているものの、魔物を倒してはいないので、レベルはダンジョン制覇時から変わっていないはずだ。自分のダンジョンの魔物を倒してもレベルは上がらないはずだとアイに言われたので仕方ない。外に出るつもりはないし。
「さらにまずいのは、ディックの探知魔術を駆使すれば、階層をすべて見て回らなくても、その階層に私たちがいるか把握できる可能性があることです」
「それは、つまり……」
思わず口ごもった僕に、アイが真剣な表情で頷く。
「間違いなく、攻略スピードが上がります。彼らは、ひたすらこの深奥に向かってくるでしょう」
三人ともが言葉を失った。
一階層だけで予想以上に時間を稼げたのは、二階層への道を分かりにくくしていたことと、追手たちが攻略よりも僕たちの捜索あるいは地図作成に重点を置いていたからだ。
ディックにより罠があっさり見破られてしまうことに加えて、脇見もせず進むようになれば、十階層程度の距離は一週間もあれば踏破してくるかもしれない。
「……でも、二階層は罠重視の造りじゃないから、多少足止めはできるんじゃない?」
「いえ……このエリックという男が持っている剣も、過去の勇者の遺物のようですから、普通の魔物でどこまで止められるか……」
「剣もかよっ⁉」
続けられたアイの報告に、叫んだ陽斗はもとより、僕も美海も苦い表情を隠せなかった。
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