第34話 これからの方針(他者視点あり)
「この状況での報告ってことは、こいつらの撃退に関してか?」
スクリーンを指さして聞く陽斗に、アイがしょんぼりとしたまま頷く。
「撃退、と言いますか、ダンジョンのシステムに関してなのですが――」
「システム?」
「はい。これまで十階層までしか作れなかったのですが、新たに十階層増やせるようになりました。また、宝箱のアイテムや設置できる罠についても増やしています」
「それはありがたいけど……なんで急にそんなにできるようになったんだ?」
首を傾げると、アイがちょいちょいとスクリーンを操作し、何かの画面を映しだした。スマホの電池マークのような図がある。色がついているのは五パーセントほどだろうか。
「こちら、これまでに溜めた魔力総量です」
「ああ、毎晩寝る前に溜めてるやつな」
日本への帰還のためには莫大な量の魔力が必要だと言われ、僕たちは毎晩寝る前に魔力をダンジョンコアに込めている。寝ている間に消費した魔力は回復するので、この方法が一番普段の活動に支障が出ないのだ。
「私が試算したところ、これが九十パーセント以上になれば、帰還のための魔術を使えるのですが」
「……なかなか気が遠くなるわね」
「そんなにいるのか……」
美海と陽斗が遠い目をしている。思っていた以上に魔力が必要だと分かり、僕もちょっと気が遠くなった。
「……そうですね。ここまで溜まったことで、ダンジョンの改良が可能になったのです。階層を増やすことが主ですが、私がこれまでに集めたこの世界の情報から、アイテム等を増やすこともできました」
「なるほど……階層を増やすには、結構魔力を使う感じかな?」
五パーセントほどしか溜まっていない魔力を見つつ苦笑する。
「残念ながら、その通りです」
「じゃあ、今のところは増やす必要性はなさそうだ」
言いながら陽斗と美海を見ると、二人とも当然と言いたげに頷いた。
現在、追手たちはダンジョンの一階層すら踏破できていない。帰還のための魔力を溜めているのだから、その魔力を消費してまで今ダンジョンの階層を増やす必要はないだろう。
「あいつらがどこまで来たら、階層を増やすか?」
「う~ん、九とかじゃね?」
「それはギリギリすぎない? せめて八か七でしょ」
「僕も七くらいが良いかなって思うけど」
美海の言葉に同意すると、陽斗が肩をすくめて「じゃあ、それで」と呟いた。こだわりはなかったようですんなりと決まる。
「それぞれで増やす階層の内容については考えておきましょ」
「そうだな。冒険者とか騎士とかの動きを見て、良い対処法を考えないと、階層を増やしても意味がないし」
「ま~た考えるのかぁ。やっぱ、チート装備とか能力とか、考慮しねぇとダメだよな……」
陽斗が嫌そうに呟きながら部屋の隅を見る。そこに鎮座しているごつい鎧は、騎士から奪取したチート性能の鎧だ。
「それを言うなら、今のうちに二階層も改良してた方が良いんじゃないか?」
人がいない階層なら、既に設定し終えた場所でも変更できる。二階層に冒険者たちが来る前にと提案すると、陽斗と美海が顔を見合わせた。
「そうは言っても、現状で対処しきれないような人は来てないしね」
「だよな~。言うて、あのチュウ騎士だって、罠とワラドールたちだけで撃退できたわけだし」
「特別に能力が高い者を観察して、弱点をみつけて対処する方法が良さそうですね」
彼らの言葉も一理ある。結局、場当たり的に対処するのが適当ということだ。
「じゃあ、新たに来たやつらの実力を見極めるか」
スクリーンは再び駐屯地の映像を映し出していた。動き回る騎士たちと新たにやって来た冒険者。彼らがどういう能力を見せるのか、少し楽しみだ。
◇◆◇
<側近視点>
これまでのダンジョン内探索の結果レポートを読みながらため息をつく。一階層の探索はほぼ終えているが、どうやらトラップを発動させて乗り越えた先にも探索すべき道があるらしく、足踏み状態になっているようだ。
ここの連中はなんと不甲斐ないのか。ちっぽけなダンジョンの攻略すらままならないとは、あまりに頭が悪すぎる。
「所詮、烏合の衆ということですか……」
レポートを持ってきた後、テントの隅に控えていた男がビクリと体を震わせるのを視界の端に捉えて嘆息する。この男を見る度に嫌気がさすのだ。
領主からの信任を得る騎士だったにも関わらず、数日ダンジョンに潜っていたかと思えば、まさかの死に戻りをして外に出てきた男。そして、領主家の家宝である勇者謹製鎧を喪失した男。
こいつが私への対応を任されている時点で、領主の思惑は容易に察せる。勇者を追うなんて面倒事を押し付けてきた王城への鬱憤と家宝を喪失してしまったという取り返しのつかない過失への悲嘆、全ては国のせいだと八つ当たりじみた憤り。
私がここに来てから一度も顔を見せないことを考えるに、国からの離反すら考えているのかもしれない。
「魔王の脅威に晒されている現状を知っているにも関わらず、なんと呑気な男だ」
頭の中で、領主に対して辛い点をつけてしまうのも仕方ない。国から離反した時点で領地が魔王の陣営に吞まれてしまうのは分かりきっているのに、馬鹿なことを考えるものだ。
「いつ
王太子への報告を考えながら羽ペンを揺らす。
国を裏切る算段をつけている領主なんて、既に私たちにとって外敵同然である。さっさと命を刈り取って、操りやすい奴を当主に据えるべきだろう。
さて、領主の一族に良さそうな者がいただろうかと脳内の貴族名鑑を手繰っている私の目に、こちらを窺っている男の顔が映った。
「なにか言いたげですね?」
この男に丁寧に話しかけるのも馬鹿らしいが、貴族たるもの粗い言葉遣いは見苦しい。とはいえ、声音が冷たくなったのは自覚している。
私の声に体を揺らした男が、媚びるような眼差しを向けてくる。
「……私をお使いください」
「なんですって?」
思わず耳を疑った。この男、まさかこれまで仕えてきた領主を討ち取ると言うのだろうか。
「挿げ替えるならば――邪魔でしょう?」
ニヤリと笑う男。大変醜悪である。
心の内で盛大にため息をつきながらも、表情は一切変えずに男を見据える。
「何を言いたいか分かりませんね」
「……貴方様に挨拶にも来られないあの男に、苛立っておられるのでしょう? 私が排除します。……もちろん、見返りはいただきますが」
賢しらに私の心情を察しているつもりらしい男に、つい冷たい目を向けてしまいそうになる。
「……私に、貴方の行動を縛る権限はありませんが、素晴らしい働きには正しい評価が下されるのが、当然の事でしょうね」
私の言葉の裏なんて気づきもしない愚かな男。喜色満面で誇らしげに頷くのを見るに、やはり誤解してくれたらしい。
「機を見て、ただちに――」
手を振って退出を促すと、
「機を見て、なのか、ただちに、なのか……言葉すら不自由のようですね……」
一人きりになったテントに、私の呆れた呟きが響く。
あの男、散々私に説教をされておきながら、馬鹿みたいに媚びを売ってきた。そこに騎士としてのプライドは全く見られない。それだけ現状での扱いに嫌気がさしているのかもしれないが、私からしてみれば、むしろ領主からの罰は軽すぎると思う。
騎士団長として長く務めてきた者への情があったのかもしれないが、あまりに悪手であったと言うしかない。
「あっさりと裏切る者を信用するなど、愚かしい」
領主はその愚かさゆえに弑されるかもしれないが、私には関係ない。精々手続きが楽になったと思うだけだ。当然、あの男を重用するつもりは一切ない。裏切り者を傍におくなんてありえないことだ。
もしあの男が領主を弑したとして、私は素知らぬ顔をする。あの男が何を訴えてこようと、私は何も指示していないし約していないと言うだけだ。勝手に勘違いしただけなのだから、私が気にする必要はない。
「――まったく、ここにいる者たちは、本当に馬鹿ばかりですね……」
勇者捕獲という大任を得たのは誇らしいことだが、馬鹿たちの管理をしなければならないというのは、非常に面倒なことだ。
ここに着いてから幾度目か分からないため息が零れ落ちた。
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