AIさんとダンジョン
AIさん、改良する
第33話 新たな刺客
澄みきった青い空。燦々と降り注ぐ日光は砂浜を白く輝かせる。
「優弥さーん!」
「おっと……あ、悪い」
飛んできた赤いビーチボールを打ち返す。狙いを外してしまったそれを、アイがニコニコと追いかけて行った。
「ちょっと優弥、なによそ見してるの。アイちゃんを走らせるなんて」
「そう言うなら美海が取りに行けよ」
咎めてくる美海に肩をすくめる。
「今のアウトだよな? そしたら、俺らの負け?」
「……そうだな」
陽斗に頷きながら点数を確認すると、ちょうど勝負がついてしまったようだ。肩を落とす陽斗と満足げな笑みを浮かべる美海を見比べて苦笑する。
「負けた方が何するか覚えてる?」
「……一週間家事全般する」
「僕はいつも料理してるわけだし、あんま変わらないな。アイが一人で作るご飯も食べてみたいと思わないでもないけど」
「いつでも作りますよ~」
ビーチボールを抱えて戻ってきたアイが嬉しそうに請け負う。最近料理のアシスタントをするようになったアイは、メキメキとその腕を上げている。まだ僕が教えた料理しか作れないだろうけど、さらに上達するのが楽しみだ。
「うがぁー! 損なの、俺だけじゃん!」
「共用スペースの掃除も結構疲れるから、助かるわ~」
呻く陽斗に近づいた美海が、ニヤニヤと笑いながら陽斗の背中を叩いていた。楽しそうで何より。
――ピーピーピー!
「ん? パペマペからの通信だ。珍しいな」
「また鎧野郎的なの来たんじゃね?」
「えー、折角バカンスを楽しんでるのに、無粋な連中ね」
ダンジョンの監視を頼んでいるパペマペたちには、異常があればすぐ通信してくるよう命令している。
僕たちは軽口を叩きながらも、砂浜に設置している携帯用モニターに集まった。口調のわりに、誰もが緊張感を漂わせた表情であることは、注視せずともよく分かる。
異世界に来てダンジョンマスターになって暫く経ったが、元々僕たちは普通の高校生だったのだ。どんな状況にも冷静に対応できると自負するにはまだほど遠い。
「騎士たちが駐屯している廃村に動きがあったようですね」
アイが真剣な表情でモニターを見つめる。その言葉を聞いて、僕たちは顔を見合わせた。
「ダンジョン内じゃないのか」
「今すぐ危機的な状況になるわけではなさそうね」
「ほー、とりあえず、ダンジョンコア部屋行くか?」
「……そうだな。流石にこの格好で考えることじゃなさそうだ」
お互いの格好を見て苦笑する。海で泳いだり砂浜で遊んだりしていたので、皆水着姿だ。この姿で真剣に話し合うのは、ちょっとコメディっぽい。
「では、着替えてダンジョンコア部屋に行きましょう! トロピカルフルーツジュース飲みたいですね~」
笑うアイの表情を見るに、あまり深刻に考える状況ではなさそうだ。
「バカンス継続させようとしてるだろ」
「水分補給は大切ですよ~。宝箱にフルーツをセットしておきましたから、後は絞るだけです!」
「準備が良すぎる」
どれだけジュースを飲みたいのかと苦笑し、広げていた荷物を皆で集めて家に戻った。
◇◆◇
トロピカルフルーツジュースを携えてやって来たダンジョンコア部屋では、パペマペたちが何か作業をしていた。
首を傾げながらそれぞれの椅子に座る僕たちの前でスクリーンの映像が切り替わる。
「あ、もしかして映像の編集をしてくれていたのか」
「私が頼んでおきました!」
「アイは気が利くな」
「えへへ……」
アイが照れたように笑うのを見て微笑み、僕はスクリーンの映像に集中した。
「アイちゃんはほんと流石のサポート力よね」
「ウルは何の役にも立ってねぇけどな」
「癒し要員だからこれでいいのよ!」
美海が座る椅子の横で尻尾を振って甘やかされているウルを、陽斗が揶揄して怒られていた。映像に集中できていない二人に苦笑する。
『なんと怠慢な!』
不意に大きな声が響き、僕たちの動きが止まった。スクリーンの映像から流れた音声だ。
廃村を映したスクリーンには、随分と生活環境が整った騎士たちの駐屯地が映しだされている。そこに普段とは違う装いの者たちが大挙して訪れていた。
「こいつらの格好、どこかで見たことあるな?」
「城の騎士じゃね?」
「あ、そうか」
「この怒ってる人、あのボケ王子の側近じゃない?」
「……そう言えば、そうか?」
美海が指さして示すが、正直僕は顔を覚えていなかった。勇者召喚の場にはたくさんの人がいたし、自分たちのことを考えるのに精一杯だったのだから、仕方ないと思う。陽斗も覚えていないようで首を捻っているし。
「ようやく城の騎士たちも合流したみたいですね。予想より遅かったですが」
アイの言う通り、あまりにも遅い到着だった。近くの領からやって来た騎士や冒険者たちは、何度も死に戻りを経験してだいぶ疲弊している感じだし、良いタイミングでの交換要員なのかもしれないけど。
『ダンジョンの一階層すら調査が終わっていないとはどういうことですか! あなた、勇者謹製の鎧すら失ったらしいですね⁉』
『クッ……申し開きのしようも、ございません……』
側近に怒られているのは、チートな鎧を着てダンジョンに来た騎士だった。
僕たちは最近こいつをチュウ騎士と呼んでいる。厨二病な話し方をしていたからだ。領主家の大事な鎧を失ったことで、地位が落ちて平騎士とも言えない扱いをされているようだが、人目がないところでは相変わらずの言動なので観察していると面白い。
チュウ騎士と側近から誰もが距離をとっているのを見ながら苦笑する。どうやらチュウ騎士は側近の鬱憤の捌け口として差し出されたらしい。地位が落ちて周囲から疎まれているのは当然で、むしろ家宝を喪失させたにしては罰がぬるいなと思っていたが、こういう役割で使うために残していたようだ。
「チュウ騎士、だいぶ悔しそうな顔ねー」
「そりゃ、こんな若い奴に、公衆の面前で怒鳴られたらなー」
笑いが滲む声で評す陽斗と美海。
『まったく、これだから私まで駆り出されることになったのです。まあ、私が来たからには、勇者確保は当然のことですが。さっさと私たちの滞在場所に案内しなさい』
『……こちらです』
長々と説教した側近は、引き連れてきた騎士たちと共に駐屯地を乗っ取るらしい。領主家の騎士や冒険者たちがこれまでの滞在場所としていたテントや調理場から追い出されていく。
「これは……こいつらどう生活するんだ?」
「また一から造るか、滞在人数を減らすのでしょうね」
思わず呟いた疑問にアイが映像の端を指さした。広げていた荷物をまとめて抱えた一部の集団が、廃村から離れるために動き出している。その数は元々の騎士や冒険者たちの半数に及びそうだ。残ることを命令されているらしい者たちは泣きそうな顔で森の開拓を始めていた。
「大変そうだなぁ」
「人間関係での摩擦が増えそうね。元々一体感のない人たちだったけど」
「それで自滅してくれんならありがてぇけどな!」
陽斗の言葉に苦笑しながら頷く。
僕たちは相手を撃退することを楽しんでいるわけではない。僕たちに構う余裕をなくし、放っておいてくれるならそれが一番ありがたいのだ。その方が日本への帰還が早まりそうだし。
「城の騎士か……これまでより、厳しい戦いになる……のかな?」
「そうですね……。やはり優秀な魔術師の数は段違いですし、騎士たちの装備の性能も同様です。暫く油断せずに監視するべきでしょう」
「バカンスは中断ね」
「ま、仕方ねぇだろ」
顔を見合わせため息をついた。そんな僕たちを見ていたアイが、不意に手の平に拳を打って声を上げる。
「あ、私の方からご報告することがあったんでした!」
「……なんだ?」
アイの様子から悪い報告ではないようだと判断するも、少し警戒してしまったのは反射だ。だからそんなにしょんぼりした顔をしないでほしい。
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