第32話 定まらない思い
いつの間にかニコニコと笑みを交わしていた僕とアイの世界は、咳払いによって打ち破られた。
我に返って音の発生源を見ると、呆れた表情の美海がいる。その横で陽斗が苦笑していた。
「ここまでの話を総合すると、アイちゃんは、元々持っていた月野アイナの身体データで体を構築したってことでいい?」
「詳しいデータを持っていたから、急な状況でも構築できたってことだろ?」
「は、はい! その通りです」
ピシッと姿勢を正したアイが慌てて頷く。
「これで疑問は大体解消されたかな……?」
「おう。理解できねぇところもあったけど、まあ、十分だろ」
視線を交わして頷く二人。僕は未だに気まずい思いを隠せないのに、全く気にしていないようだ。
「さて、そろそろ夜も更けてきたし、今日はこれでお開きにする?」
「そうだな。もう寝ようぜ」
僕に意見を求めず二人が立ち上がる。そのまま颯爽と部屋に戻っていこうとしているのだが、このテーブルの上の状況はどうするべきか。
たくさんの皿やグラスが置かれたまま。料理を作るのは好きだけど、片づけはあまり得意じゃない。とはいえ、アイと二人の世界を作ってしまっていたことへの気恥ずかしさから、二人を呼び止めるのは躊躇われた。
「わ、私がお皿洗いますね!」
「いや、僕がするから、アイももう休んで……」
「いえ!――」
暫くアイと同じやり取りを繰り返したところで、ふと顔を見合わせた。パチリと合った目が、当たり前のように笑みで細まる。
AIのままだったら、Vtuberのままだったら、こんな表情を見ることはなかったのだと思うと、不思議な感慨が心を満たした。
「一緒に片づけてくれるか?」
「……はい!」
パッと笑み崩れるアイの顔。
いつの間にかに陽斗も美海もいなくなっていたけど、アイと話しながら手を動かすのは思っていた以上に楽しかった。アイと同じくらい、僕も微笑んでいることに気づいたけれど、取り繕う必要性は感じない。
「アイ、あれ歌って」
「あれ……一番最近の歌ですか?」
「うん」
アイが照れた表情で口を動かす。聞き慣れた月野アイナの歌声が部屋に響いた。
◇◆◇
鎧の騎士の撃退から、ダンジョン内で異変は生じていない。日々罠や魔物にやられて死に戻る冒険者に騎士が紛れる程度の変化はあるが、結果は変わらないのだから気にすることではない。
自分たちの能力を鍛えたり、自然を満喫して遊んだり、たまにダンジョン内を観察したりして過ごしていた僕たちが、その知らせを受け取ったのは僅か三日後のことだった。
「――鎧の騎士が死に戻った?」
ダンジョンコア部屋に集った僕たちの前に、ずっと稼働し続けていた罠の映像が映されていた。穴の中にいたはずの鎧の騎士の姿は既になく、スライムとワラドールたちが粛々と撤退準備をしていた。
スライムとワラドールの達成感に満ちた雰囲気に苦笑しながら、アイにダンジョン外の映像を映してもらう。
「……上手くいったみたいだな」
「これで憂いがなくなったね」
「ま、こいつには可哀想な状況かもしれねぇけどな」
ホッと息をつく僕たちの前。スクリーン上では、少し痩せたように見える騎士が呆然と座り込んでいた。その身に纏っていたはずの鎧はない。
これこそが僕たちが仕込んでいた撃退法の仕上げだった。
「上手くプログラムが起動したようで良かったです!」
アイが満足げに笑う。僕たちもそれに頷いて、思い思いにアイを労った。
「ランダム仕様の不殺プログラムに、奪うアイテムを指定するプログラムをつけるの大変だっただろう?」
「やっぱ、情報チート様様だなー」
「アイちゃんのおかげで完全撃退できたし、ありがとね!」
「いえいえー、このくらいお安い御用です!」
胸を張るアイの表情は誇らしげだった。
アイが不殺プログラムを弄り、死に戻りの際に奪うアイテムを指定できるようにしたことで、僕たちは勇者謹製鎧というチート装備を敵から奪うことに成功した。
そのまま魔力に溶かしてしまうのは勿体ない気がして、鎧はこの部屋に回収済みだ。見た目がいまいちなので誰も装備する予定がなく、このまま放置されるのもどうかとは思うが。
『鎧が……鎧が……』
スクリーンの向こう側では、蒼褪め呟く騎士を周囲の者たちが遠巻きにしていた。嫌われている人物のようだったからさもありなん。気遣う言葉をかける者は一人もいない。
慌てた様子で廃村のように駆けて行った騎士風の男が映ったが、あれは伝令役だろうか。死に戻り、鎧を失った騎士のことを領主に報告しに行ったのかもしれない。
『なぜ……なぜ……あぁあっ! 俺のせいじゃないっ! 鎧を失ったのは、俺のせいじゃないんだ! 全部ダンジョンが悪いんだっ! こんなところに逃げ込む勇者が悪いんだっ! 俺のせいじゃないっ!』
発狂したように叫びだす姿を冷めた気分で眺める。
これからこの男がどうなるかなんて分からないが、あれほどの装備を失って今まで通り威張れる地位にあれるとは思えない。勇者を奴隷にして使おうとしていたんだから、撃退されて落ちぶれるのも自業自得だろう。
「さて、面倒事は片付いたし、今日はどうする?」
結果を見届ければ、もうこの映像に用はなかった。
気分を切り替えた僕に、他の三人も同調する。
『ああああっ! ――――』
映像を閉じる瞬間の嘆きの声から意識を逸らし、今後の予定を話し合った。
「今日は森で果物狩り!」
「お、いいな。んじゃ、俺は川で魚釣りしよかな」
「僕も――」
「優弥はどうせ釣れないんだから、別のことしなよ」
至極当然と言いたげな美海の言葉に沈黙する。確かに僕は釣りが得意じゃないが、そこまで言うことはないだろう。不満を表情で示したが、美海は意に介せずダンジョンマップを示した。
「この辺、たくさん果物採れそうだから、一緒に行こう」
「……ああ」
「私も、果物狩りしたいです!」
不満を呑み込み頷くと、アイがニコニコと笑って言う。その笑顔を見ていると、不機嫌になっていることが馬鹿らしく思えてきた。
「……たくさん果物採ったら、一緒にスイーツ作るか」
「はい! 優弥さんと料理するの楽しみです!」
僕の提案に瞳を輝かせるアイは可愛い。美海が呆れた目で見ていたけど気にしない。
「……まったく、自覚あるくせに、言葉にしないのは怠慢じゃない?」
「なんのことだ?」
「優弥は馬鹿ってことよ」
「うるさいな」
美海が言いたいことは分かっているけど、僕の中で定まっていない思いを軽々しく口に出せるわけがない。それすら察しているだろうから、美海がそれ以上追究してくることはなかった。
「お、優弥が美海と言い合うの珍しーな!」
「陽斗はさっさと釣り行ってこい」
「……俺一人だけ釣りってのも、ちょっと寂しいな?」
冷たく言い放つと、納得しがたいと言いたげに首を傾げていた。だが、すぐに陽斗が素直に歩き出す。その後を僕たち三人も追った。果物が生る木は川の傍にあるのだから、わざわざ別行動をする必要もないし。
「――このまま、平穏のうちに日本へ帰れたらいいんだけどな……」
ちらりと振り返ったスクリーンにはダンジョン内の様子が映っている。パペマペが監視してくれているからこのまま任せていればいい。
再び前を見ると、三人の後ろ姿が少し離れて見えた。
「日本に帰ったら……アイはまた、ただのAIに戻るのか……」
自分のこの気持ちが分からない。日本への帰還を望んでいたはずなのに、それに躊躇いが生まれている気がする。
「優弥さん? どうかしましたか?」
足を止めていた僕に気づいたアイが、心配そうな表情で近づいてきた。僕は首を振ってこたえる。
「いや、なんでもない。――果物で何作るかな?」
「……シンプルにパフェとか良いですね!」
「パフェって本格的に作るの結構大変なんだぞ?」
「え、そうなんですか⁉」
一緒に歩きだす。不思議そうにしていたアイだったが、僕が答えないと分かったのかそれ以上のことは聞かず、僕の話に乗ってくれた。その表情は楽しそうに笑んでいて、なんだか眩しく思える。
先のことはまだ分からない。だけど、限られた今という時間を大切にしたい。そう強く思った。
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第一部『AIさんと勇者召喚』完!
お付き合いありがとうございました。
引き続き第二部もよろしくお願いいたします……!
第二部は6/21(火)から開始、週三回(火、木、土曜日)更新になる予定です……(。・ω・)ゞ
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