第31話 アイの姿

「えぇっとぉ……」


 アイが視線を逸らして口ごもった。どうやら答えにくい問いだったようだが、その理由が分からない。

 首を傾げる僕たちの前で、アイが人差し指をちょんちょんと触れ合わせている。


「――優弥さんたちは覚えていないかもしれませんが」


 漸く話し始めたアイの躊躇いがちな言葉に、僕たちは真剣に耳を澄ませた。


 勇者召喚により僕たちが意識を失った時、アイはその状況を緊急事態と捉え、生じたエネルギーの渦に自身の意識を投じたらしい。この時点で僕たちには理解ができなかったのだが、実はアシスタントAIに元々付けられた機能により、AIはエネルギー解析や干渉が可能らしい。


「なんでそんな機能がAIに付けられているんだ……?」


 あまりにも現実離れしている気がしたのだが、アイはきょとんと首を傾げた。


「マスターの安全を確保するためです」

「いや、エネルギーに呑まれるっていう事態が起きると想定されていることが不思議なんだけど」

「ああ……言われてみればそうですね? それを考えたことはありませんでした」


 アイも分かってないらしい。アシスタントAI開発者たちは何を考えてこんな機能を作ったんだか。まさか、勇者召喚的なエネルギーの干渉が僕たち以外にも当たり前に行われているのだろうか。

 何か納得できないものを感じて顔を顰める僕と同様に、陽斗と美海も困惑の表情を浮かべていた。

 だが、アイでも知らないことに僕たちが頭を悩ましたところでどうしようもないので説明の続きを促す。

 

 アイ曰く。

 人格を保持したまま僕たちと一緒にエネルギーに呑まれたアイは、そこで出会ったに自身を人間だと思い込ませた。このモノとは、神などの高次元のエネルギー体と考えても良いそうだ。人間よりも機械的なモノに近いらしいが。

 人間ならば体が必要である。幸いにもエネルギーの渦の中は混沌としていて、秩序も理も曖昧。アイは周りにある莫大なエネルギーを利用して、自身の体を構築することにした。


「また、ウルトラパワー(概念)が出てきたぞ……」


 呟く陽斗は既に理解を諦めた顔だった。


「うぅん……? ダンジョンのシステムを構築したみたいに、自分の体も構築したってこと? え、そんなことできるの?」


 混乱している美海にアイが微笑んだ。


「AIですから」

「いや、そんな機能があるなんて、僕たち知らないからなっ⁉ AI、どんだけ万能に作られてんだよ! なんでそんな機能作った⁉」


 過去に国家事業としてアシスタントAIが推進されたことは知っているが、開発者も開発を許可した者も馬鹿じゃないだろうか。そんな機能を開発して付けたところで、それを使う機会は一体どのくらいあるんだ。……僕たちは助かったけど、絶対に開発費に見合っていない気がする。


「そんなことを私に言われましても……?」


 首を傾げるアイを見て少し冷静になった。確かにアイに開発者たちの考えを聞いたところで答えは出ないだろう。理解できないことが多すぎて気分がざらつくが、アイに当たったところで仕方がない。


「……まあ、その話は置いておこう。今の話でアイが人の体を持った経緯は分かったけど、どうしてその見た目なったのかは教えてもらえるか?」


 とりあえず聞きたいことをすべて聞いてしまおうと口にすると、アイが如実に狼狽えた。この質問が一番聞かれたくないことだったらしいが、その理由が分からない。勇者召喚の時に月野アイナの映像をバックグラウンド再生していたから、咄嗟にその姿をかたどったのだと予想していたのだが、どうやら違う様子だ。

 同じ予想をしていたのか、陽斗と美海もきょとんとして首を傾げていた。


「……人の体を構成するのは、AIでも簡単なことではないのです」


 長い沈黙の後に、アイが躊躇いがちに口を開いた。ちらちらと向けられる視線は、どうやら僕の顔を窺っているようだ。親に怒られるのを恐れている仕草にも見える。


「アイちゃん、優弥、そう怒りっぽい性質じゃないから、正直にサクッと吐いちゃおう?」

「そうだぜ、早く楽になれよ。かつ丼いるか?」

「なんで刑事ドラマに持っていこうとしてんだよ」


 アイの緊張をほぐすように声を掛ける美海と陽斗に呆れる。ここはそんなに茶化す場面ではなかった気がするのだが。


「……本当に怒りませんか?」

「え、怒られるようなことしてたのか?」

「怒られるような気がするような、しないような……」


 向けられた上目遣いに首を傾げる。アイが何を言いたいのか全く分からない。それにアイが何かをしたとして、僕が怒る状況が思い浮かばなかった。

 ぽつぽつと言い訳のような言葉を続けたアイを見守っていると、漸く踏ん切りがついたのか、グッと拳を握って僕を見据えてくる。その強い眼差しを受けて少したじろいでしまった。


「優弥さんに謝ります。私――副業していました!」


 ガバッと下げられた頭。プラチナブロンドの髪と青いリボンが揺れた。


「……は?」


 僕は言われたことを一瞬理解できずに固まる。


「副業?」

「AIが、か?」


 美海と陽斗が困惑の顔を見合わせているのを視界の端に捉えながら、僕はアイをジッと見つめた。とりあえず、頭を上げるよう言うと、泣きそうな目が僕を見上げた。


「副業と言われても分からないんだけど、詳しく説明を頼めるか?」


 困惑も露わに言うと、アイがウロウロと視線を彷徨わせながら口を開く。


「あの……AIは基本的に自発的行動を禁止されています。人間の社会を不用意に侵食してはいけないのです……」

「そうだな」


 むしろAIに自発的行動という概念があることすら、この世界に来て初めて知ったんだけど。そう言いたい気持ちを抑えて淡々と頷く。


「でも、私は、望んでしまいました。……優弥さんの、目に留まりたいって……」


 消え入りそうな言葉。


「望んで、実行してしまいました……。優弥さんがVtuberを応援していることは知っていましたから……これまでの経験から優弥さんの好みを割り出して、目に留まるようなキャラクターを生み出したのです……」

「……え、えぇっと、……つまり?」


 僕の好みのキャラクターを生み出した。その言葉が頭の中をグルグルと駆け回り、僕は何を言うべきか分からなくなった。


「……まさか、アイちゃんの副業って、Vtuber⁉」

「アイが月野アイナだったってことかよ⁉」


 驚く美海と陽斗の言葉が不思議と遠くに聞こえた気がした。

 申し訳なさそうな眼差しが僕に向けられている。


 アイが月野アイナ。

 淡いプラチナブロンドで青い瞳の女の子。

 一目見た瞬間から惹かれるくらい、僕の好みに合致していたのは偶然ではなかったということか……?


「怒ってますよね……?」


 美海と陽斗の騒ぎには一切目を向けず、アイが一心に僕を見つめていた。


「……いや、驚いたけど……うん、そっか……」


 まだどういうことなのか理解しきれていないと思う。だけど、アイに怒るようなことではないはずだ。まあ、AIが副業するということに関しては、法から外れているから咎められることだが、それは僕がしなければならないことではない。そういう職業の人に怒られることだ。


「――僕に自分を見てもらいたくて、月野アイナをつくりだしたのか」

「はい……AIが望んではいけないことでしたが」

「僕が応援している姿も、バッチリ見ていたわけか……」

「はい。とっても嬉しくて嬉しくて……!」


 アイが控えめに俯きながらも、幸福を煮詰めたような笑みを浮かべた。

 その表情を見て、これはどうしようもないな、と苦笑が零れてしまう。

 一切咎める気にならず、むしろそこまで幸せな表情をされることに照れてしまうのだから、僕の気持ちなんて深く考えなくても分かっているのだ。応援している相手に、全て知られていたというのは途轍もなく恥ずかしいが。


「そっか……。うん、分かった。僕はアイを怒らないよ。そこまで好いてもらっていて、怒れるはずがないな」

「優弥さん……!」


 見開かれた青の瞳は画面越しに見ていたものよりずっとリアルで美しかった。

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