第30話 ようやくの問い
「……いけそうか?」
「いけそうよね?」
「いけてんじゃね?」
「鎧の騎士、撃退成功です~!」
――ドンドンパフパフ!
アイが久しぶりに太鼓とラッパを鳴らした。フッと体の力が抜ける。どうやら随分と緊張していたらしい。
陽斗と美海の表情にも安堵が浮かんでいた。
「まさか、こうも上手く嵌まるとは……」
「もっとたくさん考えていたのに、無駄になっちゃったね」
スクリーン上では、穴に落ちた騎士が降り注ぐスライムや水流に押されて何度も水中に沈められていた。
ワラドールが持つのは放水機だ。美海がアイと協力して作った道具である。元々宝箱のアイテムにあった物を改造し、威力を高めていた。
騎士がいる穴の底にはいくつか排水溝があり、水が溢れないようになっている。深い穴の三分の一ほどを満たす水の中で騎士が溺れていた。
「鎧の効果で窒息や溺水は無理なようですが、衰弱死は可能なようで良かったですね」
「あと、重力な」
アイの言葉に付け足す。
この計画で重要なのは、重さだった。鎧は着用者の筋力を上げる効果があるのか、騎士は鎧の重さを物ともしない動きをしていた。普通に穴に落としただけでは、どれほど深い穴であろうといずれ抜け出してきていただろう。
だが、いくら筋力が上がっていようと、足が着かない場所でその力を十全に発揮することはできない。重みは騎士の行動を妨げる。そう考えて、僕たちは水責めを思いついた。
スライムは駄目押しの一手として採用。一体のスライムは僅かな重さかもしれないが、それが積み重なれば騎士を沈めるのに十分な重さになる。
これで駄目なら、僕が出向いて穴をバリアーで塞ぐつもりだったのだが、その必要がなくて良かった。
「あとは、上がって来ねぇようにワラドールとスライムが頑張るだけだな」
「人ってどのくらいで衰弱するの?」
「さあ? 飲まず食わずで一週間はもたないんじゃないか?」
答えを求めてアイを見るも、ニコニコ笑うだけで何も言わない。暗に「もう気にする必要はないでしょう?」と言われている気がした。
「――ま、とりあえず、鎧の騎士はこれで撃退できたわけだし、他の冒険者たちは目立った動きをしていないみたいだから、また休暇に戻るか」
「さんせー」
「そうね。……でも、念のため私たちも訓練をしていた方がいいんじゃない?」
「訓練?」
椅子から立ち上がりかけて、美海の声に動きを止めた。視線の先で、美海が軽く顔を顰めている。
陽斗を見ると、僕と同様に美海の発言の意図が分からないようで、肩をすくめられた。
「今回はたまたま、元々用意しておいた罠を利用できたし、魔物の動きも良い具合に嚙みあって撃退できたけど、毎回そうとは限らないじゃない。ダンジョンだけでは限界がある可能性もあるんだし、私たち自身の能力も錆びつかせないようにしておくべきだと思うの」
「……確かに」
僕の出番は今回なかったが、一つの有力な撃退手段として話し合いの中では数えられていた。ダンジョン攻略中に能力は磨いたが、最近は使う機会がなく、咄嗟に上手く使えるか不安な部分もある。美海の言う通り、最悪の場合に備えて、自分たちの能力も更に磨いておくべきだろう。
「あの鎧みてぇなチートな装備が他にないとは限らねぇしな」
陽斗が苦々しげに呟いた。その言葉にハッと息を呑む。
アイを見ると、こちらも真剣な表情をして、しっかりと頷いた。
「確かにその可能性は大いにあります。私の方で情報の収集をしておきますね」
「……頼む」
情報面においてアイに頼り切っていることが心苦しくもあるが、僕たちがどうこうできるものではない。
「でも、くれぐれも無理はしないようにな。僕たちだって、ある程度相手を撃退できる能力を持っているんだ。アイ一人で全てを背負う必要はない」
「はい、分かっています。私は最善を尽くすだけです」
アイが微笑む。「無理をしない」と返答しないところにアイの心情が滲んでいて、僕はため息をついた。
◇◆◇
その日の夜は祝賀会を開くことにした。新たな問題は出てきたし、遊び惚けてはいられないと分かっていたが、それはそれ。ずっと緊張状態でいられるほど、僕たちの精神は強くない。程よく気を抜くのは大切にしたい。
「フライドチキンできたぞー」
「いぇーい! パーティーと言えばこれだよな!」
「店の物とは味が違うからな?」
揚がったばかりのフライドチキンをテーブルの中央に置く。その周りにはサラダやカルパッチョ、ポテトフライ、ミートグラタン、ピザ等々、多種多様な料理が所狭しと並んでいる。
「鎧の騎士撃退を祝して、かんぱーい!」
それぞれ好みの飲み物を手に「乾杯」と呟きコップを掲げる。陽斗のテンションが高すぎる気がして、いまいちついて行けない。
「フライドチキン美味しいですぅ」
「カルパッチョもさっぱりしてて美味しいよ」
アイはフライドチキンを気に入ったらしく、一口食べて幸せそうに目を細めていた。そんなアイに美海がカルパッチョを勧めている。
確かにどちらも良い出来だが、僕はグラタンが一押しかな。今までで一番美味しいホワイトソースを作れた気がする。
「そういやさぁ、ずっと気になってたんだけど」
陽斗がそう呟いたのは、粗方料理がなくなってきたころだった。
既にデザートのババロアに口をつけていたアイと美海が顔を上げる。僕も最後の一本のポテトフライを口に放り込み、妙に硬い表情をした陽斗に首を傾げた。
「――アイってさ、どうしてその姿なんだ? あと、俺らのAIはいないのに、アイだけがついて来れたのはなんでだ?」
僕と美海の動きが止まった。
陽斗の疑問は、確かに僕たちが抱き続けていたものだった。機会がなくて尋ねるのを忘れていたけれど。
アイに視線を向けると、僅かに目も見開き驚いている様子だった。今更そんなことを聞かれるとは思っていなかったと顔に書いてある。
「……それは、僕も気になってた。日々のことに追われて、つい疑問を先送りにしていたけど」
「私も。アイちゃん、いい子だから、わざわざ聞かなくてもいいかなって思っていたのもある」
僕の言葉に美海が続いた。
アイがこの世界に共に来たことは、本来ならば明らかにおかしなことだった。僕たちと違って実体がないはずなのに、何故か人の体を持って存在している。その理由が全く分からない。
「あー、そうですね……」
アイが気まずそうに目を泳がせた。何か言いづらいことがあるらしい。
「まず、私以外のAIが居ない理由ですが――それは単にタイミングの問題ですね」
「タイミング?」
「ええ、勇者召喚が行われた時のことを思い出してください」
勇者召喚――それは雷のような光と音を合図にして発動した。その時は……確か、アイに天候について尋ねていた筈だ。
「もしかして、召喚の時に起動していたからか?」
「はい。私以外のAIは待機状態でした。それ故、勇者召喚への対応が、私より数歩遅れてしまったのです」
「なるほど……?」
陽斗と美海と顔を見合わせ、なんとなく頷く。厳密には理解できていないかもしれないが、アイ以外のAIはスタートダッシュで後れをとったという認識で良さそうだ。
「それに、私は優弥さんに天候を問われ、起きた現象が雷ではないことにいち早く気づいていました。だから、周囲の状況を把握しようと集中していたため、勇者召喚の予兆を察知できました。……それを防げなかったことは、痛恨の極みですが」
「そりゃ無茶な」
後悔が滲むアイに対し、陽斗が呆れたように呟く。僕も同感だ。
いくらアイが優れたAIであろうと、勇者召喚なんて未知の現象に事前に対処することができるわけがない。
「そこはアイが気にする必要はない」
「そうそう。アイちゃん、AIは神様じゃないんだから、できないことがあるのは当然だよ」
僕と美海の言葉に、アイが僅かに表情を緩めた。だが、その表情は陽斗の言葉ですぐに強張ることになる。
「俺と美海のAIがいない理由はそれとして。アイがその姿な理由はなんだ? そもそも、その体、どうなってんだ?」
三人の視線がアイに降り注いだ。
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