第29話 鎧の騎士顛末(他者視点あり)

 鎧の騎士を倒すためにはどうしたらいいのか。

 物理でも魔法でも攻撃できない。薬品によるダメージも効果がなさそうだ。どう考えてもあの鎧はズルすぎるだろう。

 そこで本気で考えて撃退の策を講じてみたのだが……果たして効くだろうか。


「あれ着て、一人で魔王を討伐に行ってくれよ……」


 罠を物ともせずダンジョンを進む鎧の騎士を見ながら思わず呟いた。


「ほんと、あれなら勇者を召喚しなくても、自分たちでなんとかなったんじゃないの?」


 美海の疑問は、僕たち三人共通の思いだっただろう。

 アイが苦笑しながら口を開く。


「魔王はどうやら特別な存在のようですから。アカシックレコードを探っても、魔王に関する情報は規制がかかっていてなかなか得られないのですが、人間が持っている情報から判断すると、全ての攻撃を無効化する能力を持っていると思われます」

「……規制とか、初めて聞いたんだけど?」

「ご報告が遅れてすみません……なんとか規制を解除しようと試行錯誤を繰り返しているのですが、今のところ成果がなくて」


 眉を下げたアイに肩をすくめる。責めようと思って言ったわけではないんだけど、伝わらなかったらしい。


「あまり無理するなよ」

「はい、私は大丈夫です!」


 言葉を補足すると、僕の心配が伝わったのか、アイがニコニコと笑んだ。アイは僕たちが日本に帰るために重要な役割を担ってくれているけど、それを負担に思ってほしくない。今のところのびのびと生活できているのだから、急ぐ必要はないと僕は思っている。……陽斗と美海がどう考えているかは分からないけど、アイを急かすことはないだろう。


「魔王が攻撃を無効化するなら、俺らが倒そうとしても無理じゃね?」


 話を戻した陽斗に、美海も頷いている。確かに、そんな能力を潜り抜けて魔王を討伐できる気は全くしない。


「勇者召喚された者は魔王を含む魔族に特攻の能力があるそうですよ」

「特攻って、魔族への攻撃力が上がるってことでいいの?」

「そうですね。魔王の攻撃無効化の能力を無効化して攻撃できますし」

「……それもチートだな」


 思わず呆れた声を出してしまった。この世界、色々とパワーバランスが狂っている気がする。


「あ、鎧の騎士がに辿り着きそうですよ!」


 スクリーンに目を向けたアイの言葉で、一旦思考を打ち切った。今は魔王や世界のことを考えるより、鎧の騎士を撃退できるかどうかの方が重要だ。


「上手いことやってくれるかしら……」


 不安と期待が入り混じった表情の美海。僕は陽斗と顔を見合わせ、肩をすくめた。


「あいつらはしっかり鍛えてあるんだ。なんとかやってくれるよ」

「そうそう。勇者を舐めんなって見せつけてやろうぜ」

「ここで撃退したところで、ダンジョンに負けただけだとしか思わないだろうけどな」


 陽斗の意気込みに水を差すと、ちょっと睨まれた。僕は間違ったことは言ってないんだけどな?



 ◇◆◇


<鎧の騎士視点>


 このダンジョンは本当に鬱陶しい。俺は騎士だから、ダンジョンの攻略をするのは数えられるほどしかないが、ここまで罠があるのは初めてだぞ。


「チッ、ここも外れか」


 再び現れた行き止まりに舌打ちしながら踵を返す。俺がこんなに苦労しているのも、ろくに情報を得られない屑どものせいだ。これは領主に伝えて、減俸処分をしてもらわんとな。

 通ってきた道は既に粗方罠が発動し解除されている。再起動するまでには時間がかかるのだと屑どもが言っていたから、戻るときは罠を気にしなくてもいいだろう。


「邪魔だっ!」

「おっと……」


 向かいからやって来た屑どもを押しのける。この道は俺が調べ終えたというのに、なんでこいつらこっちに来てんだよ。仕事をしているフリでもしようってのか⁉


「――これも報告だな」


 壁や天井を探りながら進む屑どもの背中に毒を吐く。その怠惰ぶりを咎められろ。


 暫く進むと、来た時には見かけなかった道があった。どうやら壁に隠されていた扉があり、それがいつの間にか開いていたらしい。報告では扉の先に魔物が潜んでいることが多いらしいが、覗いても何もいないように見える。


「ふんっ、魔物如き、俺の障害にはならないからな!」


 道があるなら確かめるべき。俺に臆する理由などなく、扉を大きく開け中に進む。

 中は廊下より一段暗くなっていて、入り組んだ作りになっているようだ。先を見通せずイライラする。

 廊下で探索を続ける者たちの物音が聞こえなくなり、鎧が床板を踏みしめる音と俺の息遣いだけが大きく響く。


「どこまで続くんだ、この道は」


 既に先ほどの廊下よりも長く歩いている気がする。だが、見える景色が一向に変わらず、罠や魔物が現れることもないため、時間の感覚が失われてきた。

 少し頭が冷えてくる。鎧の素晴らしさに舞い上がっていたが、ダンジョン内で遭難するのはさすがに不味い。俺は人間なのだから、飲まず食わずで生きられるわけではないのだ。


「――戻るか」


 足を止める。ここまで一本道だった。戻るだけなら簡単だろう。ここは罠もないようだし、屑どもに調べさせればいい。

 そう決めて踵を返して歩き出すが、一向に入り口に辿りつかない。景色も変わることがなく、気が狂いそうだ。


「くっそ、もしかして、これが罠か⁉」


 一本道だということすら間違いだったのだろうか。不安を打ち消すように喚いてみるも、ただ己の声が反響するのみ。世界で一人ぼっちになってしまったような孤独感がやって来る。


「違う違う違う。俺は最強だ。この鎧がある限り、俺は常に勝者なんだ」


 言い聞かせるように呟きながら、ふと出発前に領主に言われたことを思い出した。


 ――いいか。その鎧は我がフンドル家の宝だ。絶対に失うことは許されん。必ず生きて戻ってこい。さもなくば……分かるな?


 俺はそれに確信を持って答えた。「何を当然のことを言うのですか」と。鎧がある限り俺が死ぬことなんてありえない。そのはずなのだ。

 忍び寄る不安を振り払い歩き続ける。


「……俺は生きて帰る」


 ダンジョンを進む目的が既に変わってきている事実から目を逸らす。


 ――カタッ。


 振り返る。ここに来て初めて、俺以外がたてる音を聞いた。


「どこだ、どこだ、どこだぁあ!」


 手を振り回し、壁を蹴り、音の出所を探る。


 ――ぺちょ。


 何かが鎧に落ちてきた。ああ、これはスライムだ。このダンジョンの魔物は同じことしかできないのか。


「馬鹿めっ、この鎧をスライム如きが溶かすことなどできるわけがないっ!」


 剣を抜きスライムを叩き潰す。俺自身に剣が効くことはないから、容赦なくスライムを攻撃した。ぽとんと落ちるアイテムを無視して進む。


「ふんっ、雑魚どもめっ」


 魔物を倒すことで少し精神が安定した。ちょっと道に迷ったくらいで取り乱したのは恥ずかしいな。


「ここは来た道ではないのか……? どこかに抜け道があるはずだ」


 両側の壁に手を当てながら進む。これならば、道を見逃すことはあるまい。


 ――ぺちょ。

「またスライムか! 鬱陶しいぞ!」


 剣に手を伸ばし引き抜こうとしたところで再び音がした。僅かに嫌な予感が襲ってくる。


 ――ぺちょ。……ぺちょ。……ぺちょぺちょぺちょぺちょぺちょぺちょ!


「なんだ⁉ スライムの大群か⁉」


 衝撃はそれほど感じない。だが、確かな重さがのしかかってきていた。無数のスライムが鎧を這っている。隙間を探しているのかもしれないが、この鎧完全に隙間が塞がれている。どういう原理か分からないが、呼吸は普通にできるらしいがな。


「ふん。このくらいの重さ、気にする必要もない」


 潰してもその倍の速度で増え続けるスライムに嫌気がさし、進むのを優先することにした。

 一歩、二歩、三歩……。視界がスライムにより狭まっているため、慎重に歩く。


「鬱陶しいな……っ!」


 四歩目の足が宙を彷徨った。着くべき床がない。

 慌てて引き戻そうとするも、スライムの重さで体が傾きだしていた。手を振り摑むところを探すも、宙を搔き乱すのみ。


「ぐっ……ああっ!」


 鈍い衝撃が体を襲う。頭から落下することはなんとか避けたが、体はひんやりとした穴の中にあった。落とし穴だ。地面も壁も、つるつるとした石が敷き詰められ、足を掛けられそうな所がない。相当深い穴だから、鎧の力をもってしても、一息で飛び上がることはできそうになかった。

 落下の衝撃でスライムはだいぶ死んだようで身軽になったのは良いが、これからどうするべきか。穴の深さを目算で測り、思わずため息が零れた。


「……勢いをつければ、壁を駆け上がれるか」


 両腕を広げても壁に手が着かない。垂直の壁を駆け上がるなんてしたことはないが、この鎧の力があればきっと可能なはずだ。

 覚悟を決めたところで、ふと頭上に気配を感じた。

 見上げた視界に暗い影。何故か鮮明に見える不気味な笑み。そいつは、何やら筒状の物を俺に向けているようだ。


「は? ……や……やめろよ……?」


 何をするつもりかは分からない。だが、嫌な予感が襲ってきて体が震えた。


 ――ぺちょ。……ぺちょ。……ぺちょぺちょぺちょ!


 再びスライムが降り注いでくる。避ける隙もないほど大量に。


『永久入水の始まりでーす』


 だが、そんなスライムを気にすることさえもできないまま、俺は襲い来る大量の水に目を見開いた。

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