第28話 鎧の最強病罹患者(他者視点あり)
海に行ったり山に行ったり。自然を満喫して過ごしていた僕たちの元にその報告が届いたのは本当に急なことだった。急いでダンジョンコア部屋に向かうと、たくさんのパペマペが出迎える。
「――おかしな鎧を着た騎士?」
パペマペのウサギが口をパクパク動かし、その隣でカメが首を揺らす。それと同時に伝わってきた思念に思わず皆で首を傾げた。
スクリーンを見ると、確かに異様な鎧を纏った者が映っっている。
「どうやら冒険者ではダンジョンの攻略が進まないからと、騎士の投入が始まったみたいです」
いくつかの映像を戻して過去の情報を精査したアイが報告してくれる。
「って、今まで出てこなかった方が不思議じゃね?」
「入ってくるの、冒険者ばかりなのはなんでかなと思ってはいたけど……今更? それにこの変な鎧、なんだか気味が悪いんだけど」
美海が言う通り、鎧は見るからに不吉な雰囲気が漂っていた。全身を覆う甲冑で色は黒一色。所々に棘がありパンクロックっぽい。
それを纏っているのは一人だけで、自信満々にダンジョンを進んでいる。仲間がいないのは何故だろう。まさか仲間外れか? ……それを納得できるくらい、近づきがたい見た目なのは確かだけど。
「あ――」
騎士が落とし穴に落ちた。堂々と仁王立ちしたまま落ちた。
「えぇっと、どういうことなの……?」
「こいつもお笑い担当か……?」
「ビリーを越える逸材現るってか?」
思わず三人で顔を見合わせた。見た目の厳つさに対して、あまりにも早すぎる脱落だったので気が抜けてしまったのだ。突然の呼び出しで緊張していたのに、こんな終わり方があるだろうか。
「っ! 見てください! 死に戻ってないですよ!」
だが、アイの張り詰めた声で一気に緊張感が戻ってくる。
示されたのは落とし穴の中の映像。鎧の騎士が底に敷かれた槍の上で立っていた。槍の刃は完全に無力化されている。
そして、落とし穴から先に続く道に気づいたのか、鎧の騎士は身軽に槍から降り立ち横に空いた洞窟を進んでいった。
「嘘だろ……どんな防御力だよ」
「なんっつうか……騎士よりこの鎧が凄いのか?」
「でもあれを纏っていて身軽に動けるだけでも凄いと思うよ?」
いつか罠を軽々突破する能力者も現れると思っていた。だが、こんな装備によるごり押しは予想していなかった。
「アイ、こういう装備、その辺にごろごろ転がってる物なのか? それならダンジョンの構造を考え直さなきゃならないんだけど」
苦々しい思いで問いかけると、アイが静かに首を横に振る。
「これは、領主の家に伝わる家宝のようです。昔の勇者が遺した物みたいで、この世界に二つとありません」
「それなら……まあいいか」
昔の勇者。僕たちを召喚した者たちの口ぶりから、勇者召喚は初めてのことではないだろうと分かってはいたが、こんなところでその足跡を知ることになろうとは思わなかった。
「それで、これどんな効果なんだよ?」
陽斗が眉を顰めて鎧の騎士を凝視しながら呟く。
鎧の騎士は仕掛けられている罠を力尽くで軽々突破して歩を進めていた。矢が飛んでも一切刺さらないし、ギロチンのような刃さえも跳ね返す。硫酸のような液体が降り注いでもものともせず、ただひたすらに前に前に。
思わず恐怖さえ抱いてしまいそうになるほど、何物も恐れない不屈の闘志が漲っているように見えた。
「――効果は『魔術・物理攻撃無効』ですね」
「はあ⁉ どんなチート装備だよ!」
「ちょっと、そんなのどうやって倒すの……?」
声を荒げる陽斗と不安そうな表情になる美海。僕もこの騎士を撃退する方法が全く思い浮かばなかった。
「暫く観察して対策を考えよう。幸い、今進んでいる道は行き止まりになるわけだし」
そう言うだけしかできないのが悔しいけど。
苦みを含ませた僕の言葉に、同じくらい苦い表情で陽斗たちも頷いた。
◇◆◇
<鎧の騎士視点>
まさかこの鎧を纏う日が来るとは思わなかった。
領主の元で代々受け継がれている勇者謹製の全身鎧。普段は領主邸の一番目立つところに置かれたそれは、領主の権力の象徴とも言える物だった。そして、その見た目も機能も普通の鎧とは一線を画す素晴らしい物だ。
俺は初めてこれを目にした時に心を奪われた。この鎧をいつか身に纏ってみたいという一心で領主に仕えているようなものだ。そのおかげで領主直属騎士団で団長を務めるまでになれた。
「勇者どもが逃げたと聞いた時はどんな腰抜けかと思ったが……これを着る機会を与えてくれたことには感謝してもいいな」
至る所に罠が仕掛けられた洞窟を軽々と歩む。
このダンジョンは得ていた情報とは全く異なり、人を拒む殺意に溢れた仕掛けが数多設置されていた。そのせいで勇者捜索は遅々として進まない。冒険者たちがあまりに馬鹿で無能なことも理由の一端ではある。
進まない状況に焦りを抱いた領主は、ついにこの鎧を持ち出してきた。念のためにと用意していた一手を早々に打つことになったのだ。
それは俺にとって何よりも幸いなことだった。絶対に着る機会はないだろうと思いつつも憧れてやまなかった物に手が届いたのだから。
鎧を着てダンジョンを進む役割を俺が買って出たのは当然の帰結だ。
「成果を急かしてくる城の連中にも感謝するか。俺が勇者を捕えて、むしろ感謝されるかもしれんがな……ははっ」
思わず笑いが零れる。この鎧を纏った俺は何者にも負けない。もしかしたら魔王だって倒せてしまうかもしれない。
「――そうだ。俺が魔王を討伐に行くと提案してみるか。勇者を奴隷にして使えば楽々勝てるだろうな。俺が栄誉を独り占めできるかもしれん」
元々俺はこんなちっぽけな領地に留まるような騎士じゃない。鎧に魅了されたからいただけで、実力で言えば騎士の頂点に立てるだろう。ああ、それに、魔王を討伐したら、魔王が支配している土地が空くな。そこを俺が治めてやろう。みんな泣いて喜ぶだろうな。
「――はは……はははははっ! 皆俺にひれ伏すんだ! 泣いて土下座して慈悲を願うウジ虫どもをしっかり躾てやろうじゃないか!」
向かって来た矢を片手で振り払う。俺は無傷だ。この鎧がある限り、俺は常に勝者だ。
どんどん進んだ先は行き止まりになっていた。どうやらこの道には勇者はいなかったらしい。全く手間をかけさせる無能どもだ。さっさと媚び
来た道を戻る。冒険者たちがまだ進めていない道はたくさんある。あいつらに任せておけばいつまで経っても終わりが見えないが、俺が行けばすぐ終わるさ。馬鹿で無能なくせに反骨精神だけは一人前な屑どもめ。金食い虫ってのはあいつらのことを言うんだろうな。
「ダンジョンに物を盗られたって金をせびるなんて面の皮の厚い連中だ。死に戻るのが悪いんだろ! いっそ死んだまま戻ってくんじゃねぇよ!」
ブツブツ呟きながら漸く落とし穴まで戻ってきた。鎧の力で身体能力も向上しているので、足に力を入れたら軽々と穴を上がれる。本当に俺って最高だ。
「次は……向こうか。おい、そこどけ!」
「は……?」
道を塞ぐ屑どもを押しのけ先に進む。ポカンと口を開けている姿が間抜けだ。この鎧の素晴らしさに怖気づいてしまうのは、弱いお前らにとっては仕方ないがな。
俺がここにいる以上一人で十分なのに、領主は冒険者たちも動かし続けている。こんな無能に何を期待してるんだか。
「まったく、屑勇者どもめ、この俺の手を煩わせたこと、後悔させてやるからな。はーはっはっはっ!」
歩いている時間も勿体ない。罠も魔物も俺にとっては障害になりえないんだから、いっちょ走って進むか。
疲労を一切感じずに走るのは非常に爽快な気分だった。
◇◆◇
「なんというか……」
「近づきたくない感じが漂ってるね……」
「きめぇな、中二病かよ」
僕たちの表情は無になっていた。声の感じだと、鎧の騎士は領主の陣営で指示役だった騎士らしい。領主騎士団の団長だったか。
まさかこんなに頭のおかしい奴だとは思っていなかったけど。もう勝手に魔王倒しに行ってくれよ。僕たちを巻き込むんじゃない。
「ぜってぇ、こいつ倒したい」
「無性に腹が立つしね」
陽斗と美海が口々に文句を言う。それを聞きながら、僕はアイに視線を向けた。難しい顔をしていたアイがきょとんとして見つめ返してくる。
「こいつ、全力で倒してやろうな」
「……はい! まずはどういう手を打ちますか?」
アイの問いに、僕たちは暫く計画を話し合うことになった。
打倒、鎧の騎士! 僕たちの全力の撃退計画開始だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます