第27話 海で遊ぼう
輝く太陽。遥か彼方まで続いているように見える海。白い砂浜。押し寄せる波の音は、不思議と気持ちを高揚させる。
「う、み、だー!」
陽斗が砂浜を駆け抜け、そのまま海にダイブした。テンション上がりすぎだろ。お前、釣りするんじゃなかったのか。なんでバッチリ水着を着てるんだよ。
「楽しそうですね~」
「ああ。……モニターはこの辺でいいか?」
担いでいたモニターを砂浜に下す。画面にはダンジョン一階層の映像が流れていた。監視を魔物に任せると決めたとはいえ、完全に目を離してしまうのも些か不安になる。だから、いつでも確認できるようにモニターを持ってきたのだ。
「はい! お気に入り冒険者たちの映像は録画するように設定しましたし、何か問題があればパペマペから報告がくるようにしていますから問題はありませんね」
白い水着を着たアイが輝くような笑顔を浮かべる。さりげなく視線を逸らし、モニターの位置を調整した。
パペマペとは監視を頼んだ魔物だ。ウサギとカメのぬいぐるみっぽい見た目で、ワラドールのように思念を伝える能力を持っている。戦闘面で役立つ力はないが、たくさん召喚しても場所を取らない小ささが利点だ。
現在ダンジョンコア部屋に二十体召喚し、ほぼ全ての冒険者の動きを監視してくれている。
「紫外線カット設定をしておいて良かった~。私も早速海行ってくるね! ほら、アイちゃんも一緒に遊ぼ!」
「え、わ、私は、優弥さんとっ――」
――わうっ!
浮き輪を抱えた美海が満面の笑みでアイを連れ去っていく。ウルも尻尾を振りながらついていった。
遊びに行ってくれていいんだけどさ、なんで美海は僕を一瞬睨んだんだ? 冗談めかした感じではあったけど、理由が分からない。
首を傾げながら、持ってきた荷物を広げていく。
大きなパラソルを立て、テーブルセットを設置。氷を入れた桶に飲み物のボトルを入れ、いつでも摘まめるように軽食も置いておく。
トウモロコシを焼くのは、昼頃がいいだろうか。というか、陽斗は釣りをするつもりがあるのかが重要な問題だ。獲れたての魚を昼ご飯にするつもりなのに。一応焼きそばセットや肉・野菜も持ってきているけど、どうせなら新鮮な海産物を食べたい。
「……僕が釣りすればいいか」
砂浜に置いていた釣り具セットを肩に掛け、砂浜から少し離れた岩場に向かった。
太陽の日差しはあるが、肌を痛めそうな強さはない。日焼けを気にせず海を楽しめるのは快適だ。日焼けをすると赤く爛れる肌質なので、僕にとって夏は紫外線との戦いの季節なのだ。
座るのにちょうど良さそうな場所を見つけて腰を下ろし、早速釣りを始める。ぼぉっと水平線を眺めたり、魚影が近づいてくるのを見つめたりと、時間がのんびりと過ぎていった。……つまり、全く釣れていないわけなんだけど。なんでだろう。
「よう、優弥! どんな感じ?」
「……ぼちぼちでんなぁ」
「ぼちぼちっつうか、全然じゃん!」
海水で濡れた髪を搔き上げながら近づいてきた陽斗が、桶を覗いた後に呆れの濃い眼差しを向けてきた。
これは釣りという時間を楽しんでいるだけで、成果は気にしてないんだ! なんて心の中で言い訳してみるけど、完全な負け惜しみだとは自覚してる。
来たばかりの陽斗が釣りを始め、次々と魚を釣り上げるのを恨めしげに見つめてしまった。
「優弥さーん、貝もありますよ!」
「見て見て!」
岩場まで泳いできたアイと美海が、片手に持った網いっぱいに貝を詰めていた。アサリ、ハマグリ、サザエ……ウニとアワビも入っているように見えるんだけど、二人はいつ海女さんにジョブチェンジしたんだ?
全然釣れていないのが悲しくなってくるんだけど。
犬かきしているウルが心なしか馬鹿にした目で僕を見ている気がする。
「……貝は美味いからなー。後で美味しく調理するからなー」
思わず平坦な口調で返してしまうと、アイと美海が顔を見合わせる。
「もしかして」
「釣れてない……?」
うん、二人で台詞を分け合わなくていいからな。というか、貝はもう十分獲れたみたいだから、遊びに行ってきていいんだけど。僕は釣れるまで粘ると決めた。
「優弥、ちゃんとエサついてるのか?」
「つけた。このアジの切り身」
「……どんな大物狙ってんだよ」
宝箱産の刺身用アジを魔力収納から取り出したら、陽斗に呆れた顔をされた。どうやら、この場での釣りには相応しくないエサだったらしい。陽斗の餌を見せてもらったら、なんかウニョウニョしてた。……僕には無理。
「――まあ、いつか釣れるはず……?」
竿の先がクイッと動く。首を傾げてそれを見つめていたら、急激に糸が引かれていった。慌てて巻き取ろうとするが全然動かない。
「っ、無理……!」
「うっそだろ! おい、優弥、頑張れ! 絶対大物だ!」
竿を必死に支える僕に陽斗が手を貸してくれた。さすが勇者は力があり、少しずつ糸を巻いていく。
「大物? ……ああ、なんか影が見えてきたね」
「優弥さん、頑張ってくださーい!」
美海が目の上に手を翳し遠くを見ている横で、アイが両手を振って応援してくれた。
「この場合は……氷かな?」
ふと美海が何か呟いて、銃の形にした手を糸の先に向けていた。僕が不思議に思った瞬間に、美海の指先から何かが放たれる。
「――おわっ!」
「あぶねっ!」
竿が急に軽くなった反動で尻餅をついてしまいそうになるのをなんとか回避した。岩場に打ち付けるとか、もれなく大けがだ。尻の治癒を美海に頼むのは、男として悲しすぎるので避けたい。
「……なるほど、美海が倒してくれたんだな」
糸を巻くにつれて見えてきたのは、薄く氷で覆われた魚体だった。どうやら海面近くに浮いてきた魚体めがけて氷の弾丸を放ったらしい。助かったんだけど……釣ったという達成感が得られなかった。
「美味しそうですねぇ。マグロですか?」
「マグロね。こんなの岩場から釣れるものなのね」
「いや、普通は無理じゃね? ここがダンジョンだから可能なだけだろ」
「そうなのか。マグロ……捌くの難しそうだな」
岩場に上がってきた二人を交えて魚を見下ろし話す。こんな大きな魚を捌いたことがない。これは特殊な包丁が必要な気がする。
「まあ、なんとかなるか……?」
いざとなったら、美海に魔術でぶつ切りにしてもらおう。食べられれば形は気にしない。
◇◆◇
昼食は豪勢な海鮮尽くしになった。
貝類は醤油やバターで網焼きにし、小さめの魚は簡単に処理して塩焼きにしたり揚げたり。それより大きな魚は刺身だ。食べきれない分はそのまま魔力収納に仕舞ってある。
海の家にありがちな焼きとうもろこしや焼きそばも用意したら、如実にみんなのテンションが上がった。海水浴と言えばこの感じだよな。醬油やソースが焼ける匂いが食欲を誘う。
「うっまあ!」
「アワビのバター醤油焼きってこんなに美味しいんだね~」
――わうっわうっ!
「私はこの小魚の塩焼きが好きです!」
「僕はやっぱり刺身かな。揚げてるのも美味しいけど」
食べながらモニターを見ると、ちょうどビリーたちがいた。今日は昼から攻略らしい。今のところ順調に進んでいるようだ。――最初の部屋の罠に気づいていないから二階層には一向に進めないけど、彼らの目的の一つは地図を完成させることなので問題ないんだろう。
「お、ビリーだ。あいつ、ちょっと魔術師に気がありそうな感じだよな」
トウモロコシ片手に陽斗が言うと、ひたすら貝を食べていた美海が頷く。どうやら、ビリーの恋心に僕以外も気づいていたらしい。アイだけが今気づいたという風に目を見開いているけど、AIだから仕方ない。人間の感情の機微には若干疎い感じだからな。
「でも、このままパンツ喪失事件が起き続けると、可哀想な結果になりそうだよね」
「確かに……僕だったら、心折れてる」
好きな人の前でノーパンだと知られるとか、情けなさすぎるだろう。
同情気味にビリーを眺めていたら、廊下の端に置かれた宝箱に気づいたようだ。パペマペに設置を頼んでいたのだが、上手くビリーに届いたようだ。
警戒しながら宝箱を開けたビリーから表情が抜け落ちる。その後ろから覗き込んだリーダーたちが、口を押えてくの字になった。笑いを堪えているらしい。
『――よ、良かったな……! ふはっ!』
『さ、最後の一枚って、言っていたものね……っ!』
『神様からの、祝福ですよ~っ……ブハッ!』
全然笑いを堪えられてなかった。爆笑する三人に、ビリーが虚無の目を向けている。その内心を考えると、僕も笑えてきてしまった。
可哀想だと思うんだけど、やっぱり面白いんだよな。他にもいいキャラがいないか探してみたい。絶対、お笑い担当はビリーだけじゃないはずだ。
食事を終えて片づけをする頃には、ビリーたちは死に戻っていた。どうやら、今回は飛び出すスライムにやられたらしい。矢の代わりに大量のスライムが降り注ぐ仕掛けに引っ掛かったのだ。
まあ、廊下を張り巡らされた糸に付けられた鈴を鳴らさずに通り抜けるっていうのは、罠があると分かっていてもクリアが難しいから仕方ない。
「あ、ビリーさん、今回もパンツ没収されてます。あと、靴下と肌着」
「なんでビリーは衣服縛りで没収されるんだろうな?」
他のヤツは普通に武器とか食料とかを喪失するパターンなのに。ダンジョンの悪戯心が発揮されている気がする。そんなんものがあるのかは知らないけど。
「今回はリーダーも没収されてますよ。――パンツ」
「……ふはっ!」
全員から堪えきれない笑いが溢れだした。パンツ喪失被害者増えたな。
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