第26話 楽しい夕食会

「そういや、ビリーの死に戻りの代償、今度は何だったんだろうな?」


 用意した夕食を食べながら放たれた陽斗の言葉に、僕は箸を置いた。


「その話は、今じゃないとダメなのか? 食事、勿体ないだろ?」

「……確かに」


 笑って噴き出しでもしたら、勿体ないし汚い。興味津々そうだった美海も、何も言わずに食事に戻った。

 今日の夕食は和食だ。豚の生姜焼きと味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、揚げ出し豆腐、白飯。完璧なメニューだと自負している。カフェ的なメニューも美味しいけど、やっぱり和食は僕たちの基本のメニューだよな。


 遠隔でダンジョン内を監視するためのモニターがリビングに設置されている。今もダンジョンを進んで死に戻りしている人々が映し出されているんだが、もう気にせず食事できるようになってきた。ダンジョンコア部屋でも軽食持ち込んでるしな。


「皆さん気にされると思って、しっかり録画して残してありますから、後で鑑賞会しましょうね!」


 にこにこ笑顔のアイは、ビリーの映像を娯楽とでも思っているんだろうか。……思っているんだろうな。なんなら、僕もそう思ってきてるし。


「――とりあえず、生姜焼き美味い……さすが僕」

「確かに美味い。お代わり!」

「ありません」

「あ、私のちょっといる?」

「美海はちゃんと食べなさい」

「優弥は私のママなの?」

「ママじゃなくても注意します。あなたは食べなさすぎです」

「……だって、一日動いてないのに、たくさん食べたら太るじゃない……」


 食事しながら会話を楽しんでいる途中、美海の言葉に納得させられた。確かに今日一日、ずっと監視ばかりしていてろくに動いていない。しかも、見ているのは人が死に戻る映像ばかりだ。あまりに不健康である。


「ちょっと、やり方考えるか?」

「どういうこと?」

「監視を交代制にして、気分転換的に動く時間も必要だろってこと」


 僕の提案に全員が頷いた。みんな薄々同じ考えを抱いていたらしい。


「交代制というか、専用の魔物を配置して緊急時だけ知らせてもらうという方法にもできますよ? 現状、ダンジョンを大きく改変させる必要もなさそうなので、優弥さんたちがダンジョン内の様子を事細かに把握する必要はないのでは?」

「一階層だけで今のところ十分撃退できてるしな。彼らが火の一掃を越えられて、二階層への道を見つけられたら、ダンジョン改変を考えようか」


 アイの意見に同意して、監視用の魔物の召喚はアイに任せることにした。魔物の訓練の時にワラドールを即座に呼び出したくらい、アイは魔物に関する情報も十分熟知しているのだろう。僕たちが口を挟む必要はなさそうだ。


「空き時間ができるのかぁ。何すっかな~」


 くわえ箸をしている陽斗を視線で注意する。行儀が悪いし危ないだろ。


「私はウルちゃんと遊びたいし、後はせっかく自然を作ったから満喫したいかな。海とか山とか、遊ぶ場所たくさんあるし」

「確かに、普段そういうとこ行くことあまりなかったからな。こういう機会だし、自然で遊びつくすか」


 自然で遊ぶといえばなんだろう。

 海なら海水浴、山ならキャンプとかか? バーベキューしたいな。魚釣りとか果物狩りもできるだろう。そういう設定を初期にしておいたし。

 宝箱で大体の食材を得られるとはいえ、そういう体験を楽しむのは別物だ。


「楽しむのは俺も賛成なんだけどさぁ……。アイ、今んとこ、日本への帰還ってどのくらいでできそうなんだ?」


 不意に陽斗が真剣な目をアイに向けた。思わずハッと息を呑む。陽斗の問いは僕も気になっていたことだった。ただアイからの報告がなかったし、もし無理だなんて言われたらどうすればいいのか分からないから、聞く勇気がなかったのだ。


「私たちが召喚された【勇者召喚魔術陣】を応用することで、地球への帰還は可能だと判断できてはいます」

「え⁉ じゃあ、もう帰れるの⁉」


 美海が期待に満ちた声を上げた。僕の胸も高鳴る。

 だが、アイは残念そうに首を振る。申し訳なさそうでもあった。


「まだ、地球の座標設定、時間軸設定の方法が不確かなのです」

「座標と時間軸?」

「もしかして、俺らが召喚された時間にそのまま帰れるってことか?」


 驚愕の目がアイに集まった。

 正直、僕たちはここで過ごした時間分だけ日本で行方不明扱いになっている覚悟をしていた。生きて戻れるなら、それくらいの代償は仕方ないと。

 だが、アイの言葉を考えると、あの日あの時の教室に、僕たちは戻れる可能性が見えてきた。これに驚かないはずがないだろう。


「はい。そもそも、世界を越えてきている時点で、地球とこの世界の時間にはズレが生じています。時間の設定を考えなければ、日本に帰還することができない以上、わざわざ違う時間を選ぶ必要もないでしょう」

「……よく分からないんだけど」


 困惑の表情の僕たちに、アイも困り顔だ。説明が難しいことらしい。


「転移魔術だけじゃなくて、タイムスリップもしないと駄目って感じです」

「……そうか」


 結局あまり理解できなかったが、アイがそう言うならそうなんだろう。その方法を見つけるのはアイなんだから、理解できなくても問題ないし。


「日本に帰るまで、まだ時間はかかりそうってことだな」

「そっかぁ……そう上手いこといかねぇよな」

「行方不明扱いされないって分かっただけでも良かったね」


 それぞれ納得したところで、元の議題に戻ることにした。日本に戻ってからも休みを満喫できると分かったとはいえ、こっちで遊びまわったらダメってことはないからな。むしろ他の同級生より長く休みがあるって考えたら、ちょっと楽しくなってきた。


「明日からの予定を立てましょ。私は海に行きたい! 海水浴!」

「俺もそれでいいぞー。釣りしてぇな。釣り竿とか、宝箱で出てくるか?」

「出てくるんじゃないか? 僕も釣りかな……海水浴も楽しそうだけど」

「どっちもすればいいんですよ!」


 全員一致で明日は海で遊ぶと決まった。

 魚釣りをするなら、バーベキューの用意がいるな。釣ったばかりの魚を食べるなんて、最高の贅沢だろう。それに、海の家なんてないから、それ系の軽食を用意したら気分が盛り上がるかもしれない。


 わいわい話しながら夕食を食べ終え、片づけを始めたところで、アイが拳を手の平に打ち合わせた。前にも見た動きだ。何か思い出したらしい。


「あ、言い忘れていましたが、日本への帰還のための魔術陣を使用する際に、非常に大量の魔力が必要とされると予想されます。ダンジョンコアは魔力を溜められる機能もあるので、寝る前に限界まで注いで地道に溜めていきましょう!」

「え、そんなに溜めないといけないんだ?」

「はい。普通は侵入者から魔力が得られて溜められていくんですけど、不殺プログラムの関係で取得量が少ないので。私たちの魔力を溜めていかないと、帰還方法を見つけられても実行に時間がかかることになるかと。……あとは効率化のために、撃退した人からの魔力取得量の設定を増やすこともできますが?」


 思わず陽斗と美海と顔を見合わせた。

 言われてみれば世界を越える転移魔術が簡単に使えるわけがなかった。賢者や勇者の魔力保持量でも足りないくらいだとは思っていなかったけど。

 まあ、ダンジョンコアに日々溜めていけばいいなら問題ないか。


「取得量の設定を増やしたら……どうなるの?」

「死に戻りの際に、奪う魔力量とアイテム数が増えますね」

「それは相手に悪い影響は出ねぇのか?」

「魔力は自然回復しますから大丈夫でしょうが……アイテムはそうではありませんから、それは悪い影響と言えるかもしれません」


 美海と陽斗が次々と質問する。どうやら設定を多少変えても大きな影響はなさそうだ。僕たちの魔力だけじゃなく、せっかくならたくさんいる侵入者たちも有効活用したいよな。撃退するっていう手間をかけているわけだし。

 どうやら三人とも同意見のようだったので、アイに設定の変更を頼んだ。……今度から、ビリーの喪失アイテムがどうなるかが秘かに楽しみだ。


「あ、ビリーの映像見ましょ!」


 どうやら美海も僕と同じことを思い浮かべていたらしい。確かにもう食事は済んだし、ビリーの本日の喪失アイテムが何か知りたいな。死に戻った時の反応も。


 そして再生されるビリーたちの死に戻り映像。

 本日ビリーが失った物資は、靴下と――パンツだった。

 このダンジョン、パンツ好きすぎじゃないか? 冒険者たちに変なイメージ持たれるの嫌だぞ。

 なお、ビリーの悲鳴とそれに対するリーダーたちの反応はとても笑えた。二度目なのに、さすがのリアクションだったから。リーダーたち、思わず吹き出して笑ってたもんな。

 ビリーの「パンツ、あと一枚しかないんすけどぉおおっ!」の叫びの威力は凄かった。次に死に戻りしたら、まさかノーパンでのダンジョン攻略を始めるのだろうか。……笑える。


 せめてもの慈悲として、ビリーたちが行きそうな道に、パンツ入り宝箱を設置しておこう。このくらいの魔力消費は許されたい。

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