第25話 ワラドールの献身(他者視点有)

<ビリー視点>


 このダンジョン、これまで攻略してきた中でもダントツに意地が悪いっす。昨日の死に戻りでのパンツ喪失とか、マジ恥ずかしかったっす……。

 それだけじゃなくて、設置されてる罠の数とか驚くほど訓練されてる魔物の動きとか、常識が覆されることばかりっす。自信まで喪失しそう……っす。語尾まで喪失することは、断固拒否っす。


「ビリー、他のパーティーとかなり離れてしまったが、大丈夫か?」

「大丈夫っす。元々、一階層の地図を完成させなきゃいけないんすから、全ての道を調査するって決めてた筈っす」

「まあ、そうだな。……キャリー、地図はちゃんと書けてるか?」

「任せてください~」


 このパーティーの地図製作担当はキャリーっす。のんびりした口調だけど、すっげぇ細かく正確な地図を書けるから、ギルドからも評価が高いっす。


「……ねぇ、気づいてる?」

「後ろのヤツ、だろ?」


 小声で話しかけてきたアリス、マジ可愛いっす。俺が答えようとしたのに、先に言っちゃうリーダー、マジ空気読めって感じっす。昨日のせいで、アリスからの俺の評価急落中なんすから、ちょっとは気ぃ遣えって話っす。


「あれは魔物っすよ。バレてないつもりみたいっす」

「なんか、見覚えのあるフォルムなんだよな……」


 俺たちの後をつけてきているのは、恐らくパペット系の魔物っす。火に弱いから、アリスの火魔術が有効なんすけど……ここのダンジョン自体が火に弱くって、使ったら自爆になるらしいっす。昨日リーダーたちはそれで死に戻ったらしいっすけど、俺はその時点でもう意識がなかったっす……。


「不気味な顔の魔物さんですよね~。アリス、くれぐれも火魔術は使わないでくださいよ~」

「分かってるわよ!」


 キャリーに釘を刺されて不貞腐れるアリスの表情も可愛いっす。そろそろ関係を進める一手を打ちたいところっす。……でも、そのきっかけがなかなかないっす。ここでの活躍で漢を見せたいところっす。


 こんなこと考えながらも、次々に罠を見つけて魔物を退けられる俺、凄いと思わないっすか? アリス、惚れてくれてもいいんすよ。

 ――あ、背後のヤツ、動き出すつもりっす。

 リーダーたちに目配せしたら、すぐ気づいてくれたっす。マジ仲間、最高っす。


『これでもくらってくださ~い』


 一斉に振り返った俺たちに向けられていたのは、鉄の筒っぽいやつっす。構えている魔物が泣きそうな不気味顔なのはなんでっすか?


「ウィンドバレット……ッ?」


 アリスがすかさず放った風の魔術が熱に呑まれて消えていくのを、呆然と眺めてしまったっす。だって、そんな、こんなこと、あるっすか――?


「うぎゃあああぁああっ!」

「きゃあぁあっ!」


 赤い灼熱が襲ってきた。



 ◇◆◇



 ダンジョンコア部屋には沈黙が満ちていた。何が起きたのか、把握するのに時間がかかったからだ。


「――自爆オチなんて最低よー?」

「なんでオネェ口調になってるんだ」


 棒読みで呟いた陽斗に思わずツッコむ。思考停止しているのは僕も同じだけど。


 ビリーたちの背後をついて回っていたワラドールは、その手に巨大な鉄の筒を携えていた。それが何か僕には最初分からなかったのだが、ビリーたちが行き止まり――実は隠れた道が続いている――まで来たところで、正体が明かされることになった。

 鉄の筒。それは超強力火炎放射器だったのだ。


 ワラドールから放たれた火は、風の魔術を吞み込んでさらに威力を増し、廊下ごとビリーたちを焼き尽くした。もちろん、ワラドールも心中である。南無。

 この一階層はとても火に弱い造りにしていて、一か所で火の手が上がると、全体が延焼するようになっている。つまり、その時点でダンジョン一階層にいた全員が火に巻かれて死に戻りした。

 ダンジョン自体は魔力ですぐに修復されるし、それで使われる魔力の量は僕たちの保持量を考えたら微々たる量なので、こういう仕組みにしておいても問題はないのだ。


「ああ、ワラドール、お前は良い奴だったよ……」

「勝手に死んだことにしないでよ」


 遠い目をして呟く陽斗に、美海が呆れた声を掛けた。


「え、死んでないのか?」

「そもそも、一階層で火に巻かれて死んだ子は、自動的に蘇生されるように設定しておいたじゃない。全焼したときに魔物までいなくなったら、訓練をつけるの大変だからって」

「そう言えば、そうだったな……」


 うっかり忘れていた設定だった。つまりワラドール以外の魔物たちも、再設定の必要はないってことだな。昨日の時点で気づくべきことだった。


「あ、スライムさんたち、火耐性を獲得したみたいです」

「そんなのがあるの?」

「ええ。人間はそういうスキルを得られにくいようですが、魔物は環境適応能力が高いですから」

「へぇ~、じゃあ、今後も火での一掃、積極的に取り入れましょ」


 美海が鬼畜なことを言ってる気がする。いいのか、これ。このまま認めたら、ダンジョンの二階層に進まれる可能性が更に低くなるぞ。ヤバくなったらどこかで火の手を上げればいいとか、最高の攻略妨害手段じゃないか。こんなことあっていいのか。


「――美海、アイ……グッジョブ!」

「イェーイ! こりゃ、攻略される心配なさそうだな!」


 僕は長い物には巻かれる主義なんだ。力こそ全て。僕たちの身の安全が保障されるなら何度も火で死に戻りする冒険者とか気にしないし、魔物は火耐性を獲得できるし問題なし。


「あれ、ワラドールは火耐性獲得できなかったのか?」


 ふと気づいた事実にアイを見ると、首を傾げられた。


「ワラドールは、最初に訓練した時点であらゆる耐性を獲得していましたよ。たぶんこのダンジョンに配置した魔物の中で、一番レベルが高いですし」


 思わず黙り込んで陽斗と視線を交わした。

 スライムに溶かされ、とある魔物に火を吹かれ、他の魔物に毒を吐かれ……。あらゆる手段での罠の訓練相手をさせられたワラドールは、どうやらダンジョン内最強になっていたらしい。訓練での苦労を考えると、涙が出そうだ。よく頑張ったな、ワラドール。


「そうなんだ! じゃあ、考えたけど使い道ないかなって思ってた武器、ワラドールに持たせて使わせてみましょ!」

「いいですね! 美海さんの考えた武器、ワクワクしますが誰に使わせても自爆になりそうだから使い道迷ってましたもんね!」


 意気投合している美海とアイから思わず身を引いた。同じようにしていた陽斗と顔を見合わせる。思うことはきっと同じだ。


「――殺意、高すぎ。ワラドール、哀れ……」


 強く生きてくれ、ワラドール。ついさっきもこんなこと思っていた気がするけど。

 僕たちが遠い目をしていると、不意にダンジョンコア部屋の扉が開かれた。


『ワラドール、ただいま戻って参りました……』


 所々が焼けたワラドールが現れた。煤けて顔の布に描かれた表情さえ判別がつかない。


「あら、生きていたなら戻って来てとは指示していたけど……本当にまた死に戻らなかったのね」

「美海さんが治癒魔術の手間をかけないといけなくなるんですから、普通に死に戻っていいんですよ?」


 美海が治癒魔術をかけて、ワラドールが回復する。情けなく歪んだ表情をしていた。いつから顔のバリエーションが増えたのか疑問だ。まさか、それはレベルアップで得た能力なのか。


「――って、え、どういうことだ?」


 美海たちが言っている意味が分からず戸惑う僕にアイが微笑んだ。


「このワラドール、体力がありすぎて、一階層の火で重傷を負っても逃げてここまで来れるんですよ。死なないと、死に戻りによる回復もできませんからね」


 ああ、確か魔物専用の避難路を一応作っていたな。それを使って、ワラドールは逃げてきたらしい。その途中で死に戻ることもなく。


「……体力がありすぎるのも、大変なんだな」


 火傷を負って逃げるより、一瞬で死に戻って苦痛が無い方が幸せな気がする。思わず労しげにワラドールを見つめたら、情けない表情に見つめ返された。


『ぴえん超えてぱおん』


 ……そのノリ、どう対処するべきか答えが見つからないからやめてくれないかな。というか、なんで魔物が日本の昔の流行語知ってるんだろうな? 悲しみを表す言葉はもっと他にもあると思うんだけど。

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