第22話 先遣隊(他者視点有)
一夜明けて、アイに呼ばれた僕たちは再びダンジョンコア部屋に集まっていた。どうやら今日からダンジョン攻略、もとい勇者捕獲作戦が本格始動されるらしい。
スクリーン上に映される、ダンジョンの入り口前に集っている冒険者たちを固唾を飲んで見つめる。
「今日は先遣隊って感じなんだろう?」
「そうですね。これまで確認した限りでは、ダンジョン内部の情報を集めながら少しずつ進む計画のようです。古い情報しかなかったようですから」
「そうこうしている間に、私たちが転移で逃げたらどうするのかな?」
美海がぽつりと呟く。それは僕も思っていたことだ。僕たちを捕まえに来た人々は、転移で逃げられるとは一切考えていないように見える。
「既に国全体に手配書が出されているようですよ。懸賞金まで掛けられているので、人里に行くのは無理でしょうねぇ。冒険者たちの
「うわぁ、無駄に仕事が早い……」
アイの言葉にドン引いていたら、冒険者たちに動きがあった。初日は四人組がダンジョン内部を偵察するらしい。
装備から判断すると、剣士二人、魔術師一人、斥候一人だろう。元々同じメンバーで依頼をこなしているようだ。男の剣士がリーダーらしく、他の三人に指示を出している。男女二人ずつのメンバーとか、僕たちと同じだな。
こいつら、勇者に出会った場合の懐柔法なんかも話しているんだが、それを聞いてしまった僕たちは些かげんなりとした気持ちになっている。
だって、魔王討伐で得られる名誉とか褒美とか言われてもいらないし、言うことを聞かないようなら麻痺毒を打ち込んで隷属化の魔道具使うとか聞かされたら、会いたくないなって思っても仕方ないだろう。
「聞かれてるとは思ってないんだろうけど、これで撃退するのに躊躇いがなくなったね」
「ああ。まあ、グロいのは無理だろうけど」
「俺的には、結構映画見てる気分になってきたから、いける気がする」
陽斗の手元にはポップコーン。香ばしい香りが漂ってくる。朝これを頼まれた時には、『こいつ、正気か?』と思ったけど、映画気分にするためのアイテムだったらしい。それなら許そう。というか僕も食べたくなってきた。
「あ、ダンジョンに入るようですよー」
「私の設置した罠、どう対処してくれるのか楽しみになってきたかも」
「……うん、結構えげつないのあった気がする」
少し前のめりでスクリーンに視線を向ける美海から目を逸らす。流石マッドサイエンティスト好きという凝り具合だったから……ほんと、グロさはないといいな。
◇◆◇
<先遣隊リーダー視点>
ダンジョンの門を通り抜けるとそこは洞窟。小さな広場になっていて、上に向かう階段があった。
「――情報と違うな」
ぽつりと呟くと、斥候役のビリーが緊張した顔つきで頷く。周囲を見渡し、罠がないか探しているようだ。
「洞窟っていうところは合ってるんじゃない?」
「う~ん、そもそも貰った情報がうん十年前のものらしいですし~。当てにならないと思った方がいいのでは~?」
魔術師のアリスと剣士のキャリーが話す声を聞きながら、俺も周囲を観察した。俺たちパーティーの役割は、勇者捕獲の本隊を送る前の情報収集だ。少しでも情報は多い方が良い。
運良く勇者に会えたら、早々にこの依頼を終えられるんだが、そう上手いこといかないか。
「ここに罠はないっす。階段にも魔物の気配はないっすね」
ビリーの報告を受けて、先に進むことにする。先行するビリーに続いて歩きながら、勇者のことを考えた。
国の全ての人里に捕獲のための手配書が出されているらしく、勇者たちは転移という魔術を使えるにも関わらず、ダンジョンに籠るしか術がなくなっているようだ。その境遇に憐れみを覚えるが、それはそれ。この仕事で食っている以上、下手な同情心は禁物だ。
「リーダー、そこ罠っす」
「ん。どんな罠だ?」
「たぶん上から矢が降ってくる感じっすね」
「分かった。アリスたちも気をつけてくれ」
階段を上っている途中で壁の一部を指したビリーは、斥候役として一流の罠発見能力を持っている。日々勉強を欠かさず、全てのダンジョンの罠情報を研究しているらしい。心強い味方だ。
「……急に建物になったっぽいっすね」
階上に上がったビリーの声に警戒感が滲んだ。俺も階段を上りきって周囲を見渡す。
どうやら木造の建物のようだ。それほど広くない部屋で、奥に一つだけ扉があった。他に目立つ物はなく、ガランとしている。
ダンジョン内では様々な景観があることは知っていたが、こういうのは初めて見る。事前情報は全く当てにならないようだ。放置されていたダンジョンのはずだが、ここまで構造を変えられる力があったとは予想外だ。
「油断なく進むぞ」
「了解っす」
「ええ」
「は~い」
ビリーが扉を開く。肩越しに窺うと、長い廊下が続いているようだ。
慎重に歩くが、床板が軋む音がする。これは魔物に位置がバレてしまうな。魔物が向かってくるのも分かりやすいから、利点でもあるだろうが。
ここはやけに暗い。基本的な行動に支障はないが、細かい部分が見づらいのは問題かもしれない。しかも、廊下は狭く、長剣を振るえるほどの広さがない。短剣でいくしかないか。
そう考えていると、ふとビリーが足を止めた。周囲を見渡し警戒を強めている。
「リーダー、この辺不思議な気配がするっす。罠も魔物も、十分注意してほしいっす」
「ビリーでも正体がつかめないのか?」
「……経験がない感じっすね。魔物はスライムっぽいんすけど、なんか違和感あるっす」
「そうか」
俺には何も異常はつかめないが、ビリーが言うなら信じるべきだろう。警戒しながら進んでもらう。
ふと、壁の一部が動いた気がして、足を止めて凝視した。
壁に隙間ができて、何かが俺たちを見つめている。不気味な笑みが浮かべながら――。
「罠の気配が多すぎて、位置がつかめっ――」
「戦闘っ!」
ビリーの声が途切れたことに意識を向けるより先に、不気味なモノへと短剣を突き立てた。だが、壁の隙間は既になく、俺の短剣はただ空しく壁板に刺さるのみ。
「ビリーッ⁉ どこから、スライムが⁉」
「スライムに剣は効きにくいです~! アリス、どうにかしてください~!」
ハッと気づいた時には、ビリーの頭がスライムに覆われていた。なんとか剝がそうと藻搔いているが、物理攻撃に強いスライムを手で引き剝がすのは至難の業だ。
キャリーがスライムの表面を削るように短剣を動かすが、効果がなくてすぐに泣き言を吐く。アリスは杖を構えているが、どの魔術を使うべきか迷っているようだ。ビリーを傷つけずにスライムだけを倒すのは非常に難しい状態だ。
「ビリーッ! 今助けてやるからな!」
俺も壁に刺した短剣を抜きキャリーの作業に加わる。だが、そうしている間にも、ビリーの動きは弱々しくなっていった。スライムが赤く濁っていく。これはなんだ。もしや、ビリーの血か? 生きながらに溶かされていると言うのか……?
あまりにも無残な仲間の死の予感に、手が震える。
「リーダー! 横!」
ビリーに集中していた俺にアリスから鋭い声が飛んできた。
慌てて横を向いた時にはもう遅かった。鋭いモノが眼前に迫っている。
「ファイアーニードル!」
「アリス、ここは木造っ!」
俺が最後に聞いたのは、語尾を伸ばすことさえ忘れたキャリーの悲鳴のような声だった。
◇◆◇
一部始終を見終えた僕たちは暫く沈黙していた。
「――色々言いたいことはあるけど」
「俺も、ちょっとツッコミたいところが」
「私に言わせて」
複雑そうな顔の陽斗と美海。アイはきょとんとしていて、僕たちの思いは全く察することができていないようだ。
僕と陽斗の言葉を遮った美海が、アイに視線を注ぐ。目力も語気も強い。
「――映像にモザイク入りすぎでしょっ⁉ なんなの、むしろ想像が搔き立てられて怖いよっ!」
僕たち三人の一致した感想だった。
そう。四人組の攻略風景を観察していたら、ビリーの頭上にスライムが見事に降り立った辺りから、映像の一部にモザイクがかけられていたのだ。予期しないことだったので、そっちの方に驚いてポカンとしてしまった。
「そんなに驚くことですか……?」
アイは首を傾げているけど、そんなに驚くことである。
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